第15話弱くて惨めな女の子 5 ≪せせらぎ視点≫

≪せせらぎ視点≫

 結局、あの日の騒ぎは叔母さんが「仕事もせず、人様のところで騒ぐなんて良いご身分だね」と言ったことで、村人たちはすぐさま逃げ去った。


 それは叔母さんに図星を突かれたと感じたのか、それとも長いお話をされるのが嫌だったのかどうなのかはわからない。


 何とか終息したと、ほっと胸をなでおろしていたら、叔母さんに声をかけられた。叔母さんは何か覚悟を決めたような表情をしていた。


 「■■、あんた、その水やりが終わったら居間に来な。話がある。あと、今日遥は来ないよ。大事な話をするから今日は来るなって言ったからさ。」


 そう言って母屋に戻っていく叔母さんの背中はどこか寂しさが漂っていた。叔母さんはかなり前から考えていたんだろう。こ


 れからどうなってしまうのか、なにか起こってしまうのではないのかという不安が漠然とあった。


 私はいつもよりも早く、花の水やりを終わらせてから居間に行くと、叔母さんが神妙な顔をして正座していた。


 居間についてからはお互いにしばらく黙り込んだままだった。叔母さんは1つ息をついてからゆっくりと話し出した。


 「お前、次、あの子従兄弟たちが帰ってきたら、一緒に東京の方に行きな。」

 「……どういうことですか?」

 「…………。」


 叔母さんはすごく苦々しい表情をしていた。私を見つめる目には焦りが見られた。それは、初めて見た叔母さんが座敷牢のところで泣いていた時と重なって見えた。


 「もしかして、母の死と関係あるのですか?」


 叔母さんは一瞬目を見開いてから、顔を伏せた。まるで『どうしてお前が知っている』と言いたげな顔だった。


 「お前は、お前の母とそっくりだ。生まれ変わりかって思うぐらいにさ……」


 それから叔母さんはぽつりぽつりと優しい思い出を語るかのように話し始めた。その姿はどこか懐かし気で、悲しげだった。悔しさに打ちひしがれた少女のようにも見えた。


 「お前の母さんは優しくて純真だった。だからと言って決してバカなわけじゃなかった。そして、お前と似た水を操る力を持っていたのさ」


 衝撃的だった。まさか、この力は母から継承されたものだったとは思いもよらなかった。でも、意外にもその事実をすんなり受け入れることができた。


 叔母さんは気づいていないのかもしれにけれど、たまに私のことを『姉さん』と呼ぶことがあった。


 きっと、私の姿には母の面影があったのだろう。


 「ある時、‘’黒木‘’という男がこの村にやってきた。それが私たちの運命を狂わせた。さえいなければ、姉さんはきっと生きていた。」

 「黒木って……まさか」

 「あぁ、あの姿を見たときは驚いたさ。まさかあそこまで姿なんて思わないだろう。」

 

 どこか、そうなのではないかと思っていた。黒木が現れるときは、たいてい私が水やりをしている時だ。そのことに気づいてからはじょうろを使って水をやるようになった。


 そして、そうしているときは「どうして、そんな手間のかかる方法で行うんですか?」と言い、私に術を使わせようとしていた。


 「だから、お前に力があると知ったときは絶望した。また、私は弔わなければならないのかと。私は、それが嫌だった。お前を隠したのはそういうわけさ。……いくらでも憎んでもらって構わない。」


 今更憎めるわけがなかった。大きくなっていくにつれ、自分の力が周りにどう影響するのかを理解してからはなおさら無理だ。叔母さんの本心を知ったらもう憎むことなんて不可能だった。


 「憎む?憎めるわけなんてない‼……確かにいきなり座敷牢に閉じ込められたときは『どうして、こんなことするの?』って思った。けど、あそこで過ごしていくうちにって気づいた。叔母さんのやさしさに甘えて何もできなかった自分の方が……憎い。だから、そんなこと言わないで……お願いだから。」


 もう、胸が張り裂けそうでたまらなかった。叔母さんは今まで私のことをどんな気持ちで見ていたんだろう。多分すごく複雑だったんだと思う。


 それでもそれを私の前では押し込めて接していたと考えると涙が出る。


 「……そうかい。でも、に見つかってしまった。あのクソガキどもが言ったんだろう。私はお前には生きていてほしい。だから、この話を吞んでくれ。」


 『叔母さんも一緒に東京へ行こう』だなんてこと言えなかった。叔母さんの顔はここで死ぬ覚悟を決めた顔だった。それを無下にするなんて私にはできなかった。


 叔母さんは私が思うよりも一人で長い時間、考え、苦しみ悶えてきたのだろう。その孤独な時間がどれだけつらいのか身に染みて理解していた。


 「わかりました。叔母さんの願い、しかと胸に刻みます。」


 それからは『いつ、東京に向かうのか』、『東京に行ったらどうするのか』について夜まで話し合った。そして、夜ご飯は叔母さんと食べた。とても幸せな時間だった。


 その翌日、遥と会ったら遥も一緒に行くらしい。これも、叔母さんが遥を守るための根回しだったようだ。

 

 「やったね、■■と一緒に東京へ行けるなんて夢みたい。」


 でも、その些細な願いが叶う機会は永遠に来なかった。


「――‼」 


 村を出て、東京に行く日――


 なぜか、従兄弟たちは村に帰ってこなかった。それでも、この機を逃すと長い冬に入ってしまう。だから、今日村を出るしかなかった。


 私たちが村から出ようとした瞬間、化け物たちが私たちに一斉攻撃を仕掛けてきた。あまりに突然のことだったから、反応が遅れてしまう。


 その時、遥の体が貫かれるのを目にしてしまった。


 「はる、か……?」

 「い、痛い。……■■ごめん。」

 「いま、喋らないで。……治す、治すから。」


 遥の腹から出る血はとどめなく流れていた。彼女はきっと苦しいはずなのに私に対して笑いかける。


 いつもそうだ。辛くても、嫌なことがあってもいつも笑っている。


 「、治らないから、諦めて」

 「え?」

 「呪い、だと、思うから。しかも……解呪が……不可能なもの……だから。」


 嫌だ、嫌だ、なんでこうなってしまったの?私が知る限り、傷を治せそうな術をもってしても、傷が治るどころか、血が流れ続けている。

 

 いつの間にか振り出した雨が私の涙の代わりに頬を濡らす。彼女は私の方に手を伸ばす。


 「幸せになって、■■」

 「なんでそんなこと言うの‼何か方法があるはず」

 「聞いて、私は……あなたを……騙してたの。」

 「どういうこと?」


 いつもよりも大人びた声だった。まだ幼い子供を諭す先生のように私の頭をなでていた。その手にはまだ温度が残っていた。


 雨は私から遥のぬくもりと、満たされていた心を流していく。そして、私の目からとどめなく流れる涙と混ざり合っていく。


 「私は、本当は大人なの。でも、仕事中、事故にあって……少女になったの。あなたとの……日々は……かけがえのないものだったわ。……あなたならきっと、いい先生になれるわ。だから……生きて……」

 「一緒に、生きる、道は、ないの?」

 「私、事故に、あったとき死んだと……うぅ、……思ったわ。……でも、生きていた。きっとあなたと、出会うためだったのね。」


 遥が大人と偽っていたと知っても嫌いになれるわけなかった。どんなに年が離れていても、あの日あの場所で出会った遥とはきっと友達になっていたと思うから。

 

 雨は私の感情と共鳴するように強くなっていった。彼女は今際の際だというのに幸せそうだった。それがすごく悲しくて、やるせなくてたまらなかった。


 「顔、こっちに見せて」

 「……」

 「やっぱり、あなたは優しい子ね。水鞠」


 彼女は雨の中、静かに息を引き取った。ひどく満足げだった彼女を私は抱きかかえることしかできなかった。


 泣き叫んでしまいたかった。後を追ってしまいたかった。でも、託されたから生きるしかなかった。


 どうして、私の大切な人たちは私を置いて行ってしまうのだろう。雨は軽快に音を鳴らすが答えてはくれない。誰も、私に教えてはくれない。


 「さっさと、私のところへ来ていれば、弔わずに済んだのに」


 気づけば、目の前には黒木が立っていた。この男が憎くて憎くてたまらなかった。母を、親友を、殺したこの男が憎くてたまらなかった。


 私は自分よりも大きい水の腕を怒りのままに複数行使した。それらは木々をなぎ倒していった。

 

 「なぜ、こんなことをした‼……私を殺したかったのなら直接私を殺ればよかっただろう。」


 私が激昂すると、男はさも当たり前かのように言った。


 「なんでって、邪魔だったからに決まっているじゃないですか?そこで死んでいる弱者も、あなたのお母さんもみんな、みんな。私の大義の前ではごみなのです。さぁ、あなたも人間を超越しましょう。」


 その言葉が聞こえた後、私はどっと力が抜けたかと思うと意識を失った。

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