第13話  弱くて惨めな女の子 3 ≪せせらぎ視点≫

≪せせらぎ視点≫

「■■は大人になったら何がしたいの?」

「私は……。」


 遥と初めて出会ってから3年、彼女が私の家に入り浸り始めて2年が経った。この期間で私の身の回りは大きく変わった。

 ――――

 まず、従兄弟たちが私のいる座敷牢に、たびたび訪ねるようになった。


 ある日、遥が帰ってから、晩御飯を食べようとして障子を開くと、そこには晩御飯を置いている従兄弟たちがいた。お互いに顔を見合わせた瞬間叫びかけそうになったけど、上の従兄弟に「話がしたい」と言われて落ち着いた。


 「すまなかった。」


 部屋に入ってから開口一番、今にも泣きだしそうな顔をしながら上の従兄弟にそう言われた。その姿はあの頃見ていた漢らしい彼の姿からかけ離れていた。


 「俺ら、なんとなく気づいていたんだ。でも、家の周辺だから大丈夫だと思っていたんだ。それなのに、油断したから……。」


 彼らは私自身が自覚する前から水の腕水を操る力を持っていることに気づいていたようだ。それでも、私に言わなかった……言えなかったのはこの事実がいかに残酷なものかと考えてしまったらしい。


 正直言いたいことは山ほどあった。なんで、今更知っていたって伝えるの?なんで、あの日叔母さんに引きずられながら帰った時、何も言わなかったの?


 考えれば、考えるほどきりがなかった。この思いを叫びだしてしまいたかった。でも、それはできなかった。


 だって、目の前にいる従兄弟たちが裁きを待つような顔をしていたから。私を愛おしいかのように扱うから。


 「俺たちのことを許さなくてもいい。恨んでもらってもいい。だけど、これだけは忘れないでほしい。俺たちは家族だから、君のことを守りたいって思っているんだ。」


 彼らは私の存在のせいで村の中で立場が悪くなったのに恨み言1つ言わなかった。恐らく、私が物心つかない頃に暴走していたこともあったのだろう。


 私のせいでいっぱい傷ついたのにそれでもまだ、家族だと思ってくれている。

 

 「ごめん、なさい……。ごめんなさい。」


 私は酷く自分がおろかに感じた。勝手に絶望して、手を差し伸べてくれる人のことを勝手に違うと決めつけた。そんな自分がひどくばかばかしく感じた。


 その日は、3人で川の字になって寝た。朝起きたら従兄弟たちはいなかったけれど、机の上に一枚の手紙が置かれていた。


 『また、遊ぼう』


 たった、一言だけ書かれたそれは私にとっての宝物になった。


 「そんなことがあったんだ。よかったじゃん。こうして、外に出られるのは従兄弟くんたちのおかげだし。ひょっとして今、キテルかもね。」


 もう1つは家の敷地内限定だけど、外へ出られるようになった。

 ――――

 私は遥を筆頭に周りの人間に助けられてばかりだった。だんだんと自分でもこの状況を変えたいと思うようになった。


 ある朝、叔母さんが私のいる座敷牢の様子見に来ることがあった。いくら、叔母さんが私のことを心の底から嫌っていないことを知っていても、どこか声にするのをためらってしまいそうになった。


 でも、ためらい続けても何も変わらないことを、私は知っていた。


 「お、叔母さん。お、お願いがあるのですが……。」

 「……なんだい?」


 私が恐る恐る聞いてみると、叔母さんは肩眉を上げて怪訝そうな表情をしていた。けど、唇の片端がほんの少しだけ上がっていた。


 臆病な私はたった一言を口から出すだけでも、心臓がまろびでそうな感覚だった。


 「外に、外に出たいです。」

 「今、なんて言った。もう1回言ってみな?」

 「外に出たいんです。この家の敷地から出られなくてもいいから、外の世界を見たいんです‼……わがままなのはわかっています。でもお願いします。」


 私は知らない。叔母さんがどんな思いで泣いていたのか、なぜあの日私を引きずったのか、どれもこれも分からなかった。


 それでも1つだけわかる。叔母さんは不器用ながらにも私と向き合おうとしてくれていたことがあったこと。


 みんなのやさしさを拒絶し続けた私が言うことでもないけど、知ってほしいんだ。私が少しずつ前へ進もうとしていることを、少しは大きくなったことを。


 私の心臓の音は酷く嫌な音を出していた。この沈黙がひどく恐ろしく、逃げ出したくてたまらなかった。

 

 「……お前、水を出せるんだろう?どれくらいんだい?」

 「植物に水をやるぐらいなら、普通に……。」

 「そうかい、なら明日から庭の花に水をおやり。それが私の答えさね。」


 叔母さんはぶっきらぼうにそういうとそそくさと去って行ってしまった。


 こうして、私は庭の花に水をやるという名目のもと、敷地内だけだが外へ出られるようになった。

 ――――

 「ねぇ、さっきの質問に答えてよ。大人になったらどうしたいの?」

 「それは……。」


 遥がじょうろで水をやりながら突然聞いてきた。私は力の制御をするために、自分で水を操っていた。だから一瞬どういうことなのかを理解できなかった。

 

 ほんの少し前の自分なら、大人になった自分について考えることなんてありえなかった。


 どこか生きたいと思っていても、死を渇望し続けていた毎日だった。未来について考える余裕なんてなかった。


 そんな私が『大人になったとき、どうしたいのか』なんて、思い浮かばなかった。


 「遥は、遥はどうなの?」

 「ふふん、よくぞ聞いてくれました。私はね、いろんなところを写真撮りながら旅をするの。それでね、東京の美術館で写真の展示会をするのが私の‘’夢‘’なんだ。」


 遥の大胆不敵な性格を表したような、壮大な夢だ。彼女のその豪快な気性なら本当に成し遂げてしまうんじゃないかと期待した。


 「世界はね、■■が思っているよりもさ、ずーーっと広いんだよ!」


 そうだった。彼女の語る世界は、彼女の想像したものだけじゃない。実際に存在している世界なのだということを思い出した。


 彼女はこの村に来る前は家族で旅をしていたのだという。そこで見てきたものが今の彼女を形作ったのだろう。

 

 「だから大人になったら、いろんなところに行こうね。■■ちゃん」


 彼女のまぶしい笑顔を見ていると私もその世界に行けるのかなと思った。彼女の前だとどうしても本音が出てきてしまう。


 「私は、学校の先生になりたい。先生になって私みたいに一人ぼっちになってしまった子に、手を差し伸べられるような人になりたい。」


 今は、臆病で、自分で何かを進めていくのが苦手な私だけれど、遥みたいに自分の手を誰かのためにさし伸ばせる。そんな立派な人間になるのが私の夢。


 「すごい!先生か……■■頭いいし、優しいし、いい夢じゃん。そのためには、やることいっぱいじゃん。」

 「……そうだね。まずは、をもっとうまく扱えるようにならなくちゃ。」


 なんで、私にが宿ったのかは知らない。それでも宿ったことに何かしらの意味があると思う。


 そんなことを考えながら術を使いながら水やりをしていた私は思いもしなかった。


 「遥……叔母さん……どうして、」

 

 私の箱庭があの男に壊れるまであと……。

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