第11話 弱くて惨めな女の子 1 ≪せせらぎ視点≫
《せせらぎ視点》
私は元来、神様だなんて高尚な存在なんかじゃない。
確かに私には水を操る力によって、全てを呑み込み破壊しつくす、だなんてことは赤子の手をひねるように簡単だ。でも、それしかできない。
大切な家族の尊厳を守ることだって、誰かのささやかな願いを叶えることだって、何もできやしなかった。
私のこの力は本当に守りたかったものをすべて取りこぼしてしまった。
私は所詮、醜く、誰にも望まれやしない化け物なんだ。
「また、この娘が雨をこんなにも降らせたのかい?このままじゃ、何も育ちやしないじゃないか……」
一人の妙齢な女性が鬱陶しげに、暗い座敷牢に座りこんでうつむいている私に向かって言った。
「本当に世話の焼ける子だねぇ、母親にそっくりだ。」
私が物心ついたときには、すでに両親はいなかった。気づいたときには、母方の叔母家族に引き取られていた。
叔母家族と暮らし始めて最初のうちは、ささやかながらにも幸せだった。
5歳になったばっかりの頃だった。一人で木の実とりをしていると、近所の悪ガキと呼ばれる男児達が、逃げる私を追いかけてきた。
いつもなら、少し歳上な従兄弟達に助けを求めれば、彼らから逃げ切ることができた。
だけど、その日従兄弟達は風邪を引いていて、私は一人で日課である木の実とりをせざるを得なくなった。
この日、私が一人で木の実とりをしていると、突然悪ガキ達が私の周りを取り囲んだ。彼らはいつも私を追いかけるときとは様子が異なっていた。
「やーい、泣き虫■■!!」
「ワァ‼……いきなりなに⁉……あつい……それ、なぁに?……こっちにむけないで、いたい」
いきなり彼らが現れたかと思えば、ぼぅぼぅと燃えている松明を私に当てようと躍起になっていた。幼かった私は彼らのとっていた行動の意図を理解することができなかった。
ただ、ニタニタと嗤いながら、自分たちが善だと疑わずに松明の火を当てようとしている姿が、ひどく恐ろしくてたまらなかった。
「やめて、こわいよぉ。……おばさん、おにいちゃん……いやだよぉ。」
私がどれだけ泣き出しても彼らは松明の火を押し付けるのをやめてはくれなかった。それでも、できる限り逃げ続けた。
ドサッ‼
逃げていた途中、道端に落ちていた石に躓いて転んでしまった。それを彼らは好機ととらえたのかその松明を持った腕を大きく振り下ろした。
「な、何なんだよ、これ‼は、離せって‼」
「……?」
松明が私に向かって振り下ろされた瞬間、いきなり雨が降り始めた。その雨は松明を振り下ろそうとした悪ガキの主犯格に向かって
「なにが……おこったの?」
「離せ……離せって‼ごめんなさい、ごめんなさい。」
彼が泣きながらそう謝ると、水の腕は拘束していた体をやっと離した。そして、その腕は私に近づいた。私も彼のように、急に拘束されると思って身構えた。思っていた衝撃は来なかった。
その腕は私の頭を撫でていた。その感触は少しひんやりとしていて、柔らかかった。
「もしかして、あなたはわたしをまもってくれたの?」
私がその腕に触れた瞬間、水の腕は崩れ私の体の中に入ってきたのだ。その光景を誰もが呆然として見ていた。私自身も、悪ガキたちも、……そして、なかなか木の実取りから帰ってこない私を心配して探しにきた叔母もそうだった。
「■■‼あんた、ちょっとこっち来な‼」
初めてだった。何か私がドジをしても笑って励ましてくれていた叔母さんが、あんな金切り声をあげながら、私の腕を強引に引っ張る。
「おばさん、腕が、痛い……痛いよぉ。どうして、こんなことするの?」
「いいから、早く帰るよ‼大人しく、動きなさい‼」
恐ろしかった。昨日も私を優しく抱きしめてくれた叔母さんは、今は私を強引に引きずっている。
どうして、どうしてこうなったの?私は一体何をしてしまったの?
叔母さんに引きずられながら、家に帰るまでの間、ずっと考えていた。ただ、叔母さんがひどく恐ろしいものに感じられてたまらなかった。
「今日から、あんたの寝床はここだよ。いいかい、あんたはここから絶対出ちゃいけないよ。絶対にね‼」
家に帰って早々、叔母は外が見えないただ小さな格子がある部屋に私を連れてきた。その部屋は今までいた部屋とは大きく離れていた。
それから、私は座敷牢で一人孤独に過ごすようになった。
ご飯を食べるときも、寝るときも、いついかなる時も私は一人で過ごした。叔母家族が楽しんでいる声を聴きながら。
外界から得られる情報は自分の手が届かない位置にある小さい格子から聞こえる声だけだった。
その話の中では、私が化け物だというものだった。
あの日、家に帰った悪ガキ達が親に水の腕に捕らわれ、痛めつけられた話をしたらしい。自分たちが、最初に私に対して松明を当てようとしていたことを棚に上げて、自分たちが被害者であるというように言っているようだ。
私が全部悪いの?と、有り余っている時間で自問自答する。私はただ傷つけられたくなかった。死にたくなかった。……ただそれだけなのに。私にはそれすらも許されないの?
外ではずっと、雨音のみが響き渡っていた。
そうやって泣き続けていたある日、障子の外から誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。声の主は私がもう寝ていると思っているようだった。
「■■、ごめんね。ダメな叔母さんで、でもこうするしかなかったのよ。こうするしかあなたを……
胸の張り裂けそうな心地がした。叔母さんは、私が座敷牢に入る前はずっと笑っていて、泣いているところなんて見せたことがなかった。
そんな、叔母さんが今泣いている。初めて見た。あの様子から見るに定期的にここにきては私にずっと謝り続けているようだった。
叔母さんが不器用ながらにも私を想ってくれているだけでも嬉しかった。一方で自分では何も変えることができない自分が憎たらしくてたまらなかった。
結局それからも自分では何も変えることができないまま、無為に時間を過ごした。その頃には、村中で私の存在を化け物と認識するものがほとんどだった。
「ねぇ!あなたはどうしてこんなじめじめとした所にいるの?私と一緒に外で遊びましょ!」
声が聞こえる方を向くと、一人の少女が格子にしがみついていた。彼女は太陽のような髪を揺らし、鈴が鳴るような声をころころと奏でながら、楽しそうに笑っていた。
それは座敷牢に閉じ込められてから、10回目の春のことだった。
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