白の従者、黒の魔王に拐われる

甘塩ます☆

序章 白の国王と従者

 この世界には、男女の性別の他に、アルファ、ベータ、オメガという第二の性が存在する。

 人口の多くはベータで、全体の2パーセントがアルファ、1パーセントがオメガだ。

 オメガの男性は子供を身籠ることができ、アルファの女性は子を孕ませる能力を持つ。

 アルファは男性に多く、オメガは女性に多い。 

 そのため、女性アルファや男性オメガは希少な存在だ。

 中でも、男性オメガは珍しく、高値で人身売買されるなど犯罪に巻き込まれることが多かった。




 煌びやかな装飾が施された城の大広間には、着飾った人々が集まり、楽しげな会話が外まで漏れ聞こえていた。

 人々は音楽を聴き、ダンスを踊り、食事を嗜んでいる。


 今日は、この国の王の誕生日。

 そして、妃を選ぶための特別な日だ。


 この式典には、他国の王たちも側室を選びに訪れていた。




 ここ、白の王国は「常春の楽園」と呼ばれるほど気候に恵まれ、実り豊かで資源に溢れていた。

 国民性はおおらかで、他国よりもオメガの誕生率が高いことが特徴だ。

 しかし、その反動か、アルファが極端に生まれない。

 そのため、白の国民は武力に乏しく、魔法も使えない者がほとんどである。

 白の王国は周囲の国と同盟を結ぶことで、自国を守ってきた。


 周囲を取り囲む大国、赤の国は武力、青の国は魔法、そして緑の国は産業に秀でている。

 この三つの王国の王たちは、白の国から側室を選び、同盟関係をより強固にすることで、白の国は確かな権力を維持してきたのである。


 今日は、その大事な日だ。


「本日お集まりいただき光栄です。僕が白の王国の王、白亜です。この国で唯一のアルファです」


 最初に自己紹介したのは、白の王国の王、白亜だった。 

 純白の正装に身を包んだ彼は、その名の通り、白髪に透き通るような水色の瞳を持ち、白の国民らしい、どこか儚げな美青年である。

 一見すると、アルファというよりも愛らしいオメガのようだ。


 白亜に続いて、各国の王が挨拶を述べる。

 赤国の王は武力に優れた国らしく、体格も良く勇ましい。

 燃えるような赤い髪に褐色の肌、瞳は鮮やかなグリーンだ。

 青国の王は「変人」と噂されている。

 長く美しい青い髪を持つが、その顔はベールに隠され、表情を窺い知ることはできない。

 緑国の王は、産業に秀でた国とは対照的に、どこか古風な雰囲気を纏っていた。

 緑の髪を一つに結わえ、細められた瞳の色までは判別できない。

 ただ、物腰は柔らかそうだった。

 もちろん、ここにいる王は全員がアルファだ。

 目を見張るような美しい王たちの挨拶に、招待された花嫁候補ならびに側室候補たちは、期待に胸を膨らませ、うっとりした表情を浮かべている。


 大広間には、白の王国で選りすぐられた美女二十人と、アルファの美青年が十人集められていた。

 候補者たちの挨拶が滞りなく終わると、王たちは自由に候補者たちと会話やダンスを楽しむフリータイムが始まった。


 会場の警備から司会進行まで、全てを取り仕切る従者、裏柳は、あたりを慎重に見回していた。

 今のところ、滞りなく式典は進められている。

 警備からの報告にも問題はなかった。

 裏柳はひとまず胸を撫で下ろし、白亜の姿を探す。


 良いオメガを一人や二人見つけただろうか。


 裏柳の視線の先、白亜は会場の隅で壁の花と化していた。


「お好みの者は見つかりませんか?」


 さすがに見かねて声をかけると、白亜は裏柳に笑顔で答えた。


「僕はね、もう決めているから大丈夫だよ」


 その言葉に、裏柳は驚きを隠せない。


「お早い決断ですね。以前から決めていらしたのですか?」


「うん」


「……全く気づきませんでした」


 穏やかに話す白亜に、裏柳は複雑な気持ちになる。

 決まっていたのなら、なぜ教えてくれなかったのかと。


 この大事な日を目前にしても、白亜に女性の影が全くないことを、裏柳は心配していたのだ。

 本来、好みの女性や男性オメガを王が先に決めておくものである。

 来賓の王と被っては良くないので、周知するのが一般的なのに、我が王は何も言ってこなかった。

 裏柳もあれこれと手を尽くしてきたのに、どうやらそれは全て無駄だったらしい。


(どういうつもりなのだろうか)


 それにしても、王の想い人とは一体誰なのだろうか。

 検討もつかない。

 何も言ってくれないから、最悪、呼んでいない可能性すらある。


 裏柳は冷や汗をかく。


 もし、選考に漏れた女性だったとしたら一大事だ。


「その方は、この会場にいらっしゃるのですよね?」


 裏柳は恐る恐る白亜に問う。


「大丈夫、いるよ。でも、ビックリさせたいんだ。だから今は話さないの」


 いたずらっ子のようにフフッと笑う白亜に、裏柳は思わずため息をつく。


「そんなことを言って、他の王に取られてしまっても知りませんよ」


 本当に、我が王は子供っぽいことをする。


「その心配も必要ないよ」


「それならば良いのですが」


 白亜の断言に、裏柳は「フム」と頷いた。どうやら相思相愛らしい。

 一体どの子なのだろうか。


 裏柳は周囲に視線を走らせるが、こちらを見ているのは数人いるものの、ソワソワしているだけで、皆すぐに他の王の元へと向かってしまった。 


「ねぇ、暇だし僕と踊ってよ」


 白亜はそう言うと、裏柳の前にひざまずき、「お手をどうぞ」と微笑む。


「お、おやめください!人目が……!」


 王が従者の前で跪くなど、ありえないことだ。

 慌てふためき、裏柳も膝を折る。


「誰も見てないよ。ねぇ、久しぶりにさ。今日くらい良いじゃないか。僕の誕生日だよ?」


 困ったように苦笑する白亜は、差し出した手を引っ込めようとしない。

 こうなったら頑固な白亜は引かないだろう。


「……わかりましたから、膝をつかないでください」


「君が手を取ってくれたらね」


「もう……」


 仕方なく、裏柳は王の手を取った。

 我が王は、一度言い出したら絶対に聞かないのだから。

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