第05話:ほーら、舌鼓を打っちゃいなよ

 ジュージューと何かを焼く音。

 そして、何かを揚げる音。

 キッチンから彼女がパタパタと足音をさせてやってくる。


「はーい、おまたせー。美春ちゃんお手製のお昼ご飯だよー」


 コトリ、コトリ、とテーブルに料理の器を並べる彼女。


「からあげにー、豚の生姜焼き、肉じゃが。あと、かきたまと玉ねぎのお味噌汁。せいぜいこのわたしに感謝して食べるといいよ!」


 自信満々な彼女だが、あなたの言葉を聞いて、少し棒読み気味に続ける。


「……え? へ、へぇー。キミの好きなおかずばっかりなんだ。い、いやー、偶然だね。ちょうどスーパーで材料が安かったんだよ。か、勘違いしたらダメだよ。わたしがキミの好物をリサーチして、キミの胃袋をつかもうだなんて、そんなこと考えてないし!」


 あなたの右隣の椅子を引いて、彼女が座る。

 あなたにぴったりとくっつく彼女。


「はいはい、そんなこといいから、出来立てのうちに早く食べちゃおうよ。それじゃ、いただきまー……って、え、なに? キミの隣に座っちゃダメなの? そりゃ少し窮屈かもしれないけど、詰めれば全然大丈夫だって」


 彼女は少し「んー」と首を傾けて何かを考える。


「だって、キミの隣に座った方がお話が弾みそうじゃない? スティンザー効果って知ってる? 座る位置関係によって、無意識的に相手との関係に影響が出る効果なんだって。ざっくりというと、正面に座るとケンカになりやすくて、隣に座ると共感しやすくなるとかなんとか。だから、こうやってわたしがキミの隣にすわるのは、心理学的に理に適っているんだよ」


 そして、また小声になってボソリと呟く。


「……まぁ、本当はキミとくっつきたいだけなんだけどね」


 照れ隠しをするように彼女が笑った。


「えへへ。それじゃ、あらためまして、いただきまーす!」


 あなたと彼女は、料理に箸を伸ばした。


「……どうかな? 美味しい? キミ好みの味付けにしたつもりなんだけど。……そっかー、美味しいかー。よかったよかったー!」


 彼女が嬉しそうに笑う。

 食事を続けるふたり。

 密着しているせいか、食器同士が当たり、カチャカチャと音をたてた。

 彼女が苦笑いをする。


「……さすがにこれだけ近くだと、お互いの手が当たって食べづらいかもね」


 そう言うと、彼女は頬を少し赤らめた。


「じゃ……じゃあさ、わたしがキミに食べさせてあげるよ。ほら、恋愛ドラマとかでよく見る『あーん』ってやつ。あれ、やってあげるよ! にししっ。じゃあ、どれにしようかな。それじゃ、からあげにしようかな。ほらほら、遠慮しないで。あーんして。あーん」


 彼女があなたに箸を近づけながら、艶っぽく言った。

 差し出されるままに、からあげを頬張る。

 それが気にいらなかったのか、彼女は少し不機嫌になった。


「って、キミ、簡単にパクってしたね!? むぅー、全然照れないし、全然緊張もしないなんて、ちょっとムカつく! もしかして、こういうの慣れてる? やっぱりムカつくぅ! もういいもん。こうなったら、からあげも、豚の生姜焼きも、肉じゃがもキミにはあげないっ! わたしが全部食べつくしてやるんだからっ!」


 彼女が肉じゃがに手を伸ばし、「あーん、もぐもぐ」と咀嚼した。

 そして、急に動きを止めた。


「……ん、あれ? この箸、さっきキミに『あーん』ってして……。わたし、そのまま使っちゃってるけど……これって、もしかして間接キス!?」


 呆然とした彼女が「あ……あ……あ……」と思考停止する。

 しばらくして、「ぬんっ!」と特有の口癖と共に彼女が巻くしたてる。


「か、間接キスくらい平気だもん! ……あ、いや、その、間接キスが平気だとか慣れてるとかそういうわけじゃないけど。……うるさいうるさいっ! こっち見るなっ! 正面向いて黙って食べなさいっ!」


 彼女はそう言って、パタパタと手で顔を仰いだ。


「……あー、顔だけじゃなくて、耳まで熱いよぉ」

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