季菜里きなりは大学に通いながら、使手して活動をしている。その上、サークルに所属し、友達付き合い、恋愛……と、なんというか、人生に抜かりがない。

 そんな妹に、仕事終わりに呼び出しを食らった。

「ミキ姉ぇー」

 店内に入ると、顔立ちのはっきりした美人が窓際の席から手招きをしていて、満足そうに口角を上げてわたしを迎えてくれた。

「渋ってたから、めちゃめちゃ遅れるかと思ったら、ちゃんと来れたんじゃん」

「うん、何とか残タスクこなして来たよ」

 焦りすぎて、入口で転けそうになったことは黙っておいた。

 席に着くと、顔見知りの男性店員さんがすぐにお水とおしぼりを持ってきてくれたけど、いつもと様子が違う。視線を泳がせて「コーヒーでいいですか」とだけ発すると、そそくさとその場を去っていってしまった。

 不思議に思いながら季菜里きなりを見ると、ケーキの残骸とティーカップを前に、豊満な胸の谷間が、ニットの隙間から堂々と覗いていることに気付いた。

 なるほど。

「ねぇ、それ、見えてるよ」

「これ? 見せてるの」

 なるほど。

「バストはわたしのチャームポイントなの。ミキ姉の髪と同じ」

 妹はよく、わたしの髪を褒めてくれる。だけど今日は、検分するように眺め回す視線が痛い。

「ねぇ、いつもよりパサついてない?」

 自分の頬がひくつくのが分かった。

「ちゃんとケアしてる? ドライヤーしっかりかけてる?」

 最近、仕事量が増えて、疲れ果てたまま寝てしまうこともしばしばだった。

 わたしの表情に答えを得た妹は、珊瑚色に塗られた指先を、こちらの眉間めがけて突きつけて言った。その顔は、運ばれてきたお茶がすでにぬるかった時のようだった。

「ねぇ、日々の積み重ねが大事だってこと、そろそろ自覚しようよ。若さで乗り切れる時期なんて、あっという間なんだから。ほら、肌もちょっと荒れてない?」

 返す言葉が見つからない。実際、ちょっと荒れてるし。マスクとか帽子とか、防具を準備してこなかったことを悔いた。

 どこぞの辛口メークアップアーティストばりの提言に「帰ったら、ちゃんとします」と呟いて、助けを求めるようにコーヒーを口にした。何だか飲んだことのない、不思議な味がした。

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