第55話 待ち伏せされたクッカ

「クッカ、どこ行くんだ? 一緒に行こうか?」


 ちょっと出かけようとしただけなのに、過保護なアーロはすぐにクッカの行き先を知りたがる。


「来週にはいよいよボス討伐でしょ? その前に武器屋に行って斧のお手入れしてもらうの! アーロはついてこないでよ!」


 斧のお手入れは口実。他にもクッカはアーロに内緒でしたいことがあるのだ。


「でも、子供一人では心配」

「子供扱いしないで! 私だって、聖女歴五年の立派な聖女なんだから! 街の中くらい一人で歩けるの! とにかく、いちいち詮索しないで!」


 クッカは一人で宿屋を飛び出した。


「なんだよ…… カリカリしちゃってさ」


「反抗期じゃないか?」


 置いてけぼりを食らったアーロは少し寂しい気持ちでクッカが出ていった扉を眺めたが、ヘンリクはどこ吹く風といった感じ新聞を読んでいた。



 ※



 補給部隊の任務は主に討伐部隊が撤退することになったときのサポートや討伐に成功したときの素材の運び出しだ。基本的には戦闘に参加することはないので、クッカとしては物足りない結果だったが、初任の勇者と聖女には異例の大抜擢になるらしく、周りの大人たちからは褒めたたえられた。

 特に喜んだのはスポンサーのカウッパ会長で、わざわざ宿に備え付けてある通信用の魔道具でクッカとアーロに臨時ボーナスを出すと連絡してきたくらいだ。音声しか届かない魔道具だったので会長の顔までは見えなかったが、いつも以上のホクホク顔が目に浮かぶようだった。


 そんな訳で、今クッカのお財布にはたんまりとお小遣いが入っている。もう少しでアーロの誕生日なので、斧のお手入れを待っている間に何かプレゼントを買って驚かせようとクッカは画策したのだ。


 武器屋に斧を預けてから、町の露店をヘルミを肩にのせて見て回る。


「うーーん。何をあげたら喜ぶと思う?」


 クッカは肩のヘルミに話しかけるが、ヘルミは二本の八重歯をにょきっと出すだけで答えてくれない。


(アーロの好きなもの……)


 モフモフをこよなく愛していることは知っているが、他に好きな物が思いつかなかった。


「お嬢ちゃん、何を探してるんだい?」


 気のよさそうな露店のおじちゃんがクッカに声をかけてくれた。


「相棒の誕生日プレゼント。おじちゃん何がいいと思う? 17歳の男なんだけど」


「冒険者かい?」


 クッカは頷く。


「じゃあ、これはどうだい? うちの国では、出兵する兵士や冒険者に家族や恋人がお守りとして渡すんだ」


 おじちゃんが勧めてくれたのは金の紐を編み、間に金のビーズが編みこまれたブレスレットだった。クッカはアーロがこれを付けているところを想像してみたが、似合いそうな気がしたのでこれにすることにした。


「じゃあこれにする。ありがとう、おじちゃん」


「まいどあり!」


 おじちゃんはクッカから代金を受け取ると、ブレスレットをきれいな木箱に収めてクッカに渡してくれた。



 ※



 ――街は夕焼けに染まって赤くなっていた。

 武器屋で斧も受け取り、クッカはスキップしながら街を歩いた。プレゼントを渡した時のアーロの顔を想像すると自然と顔がほころんだ。

 そんな上機嫌のクッカの前に一人の女が立ちはだかった。ヘルミがクッカの肩の上で毛を逆立てて牙をむいた。


「ちょっと話があるの」


 クッカの前に現れたのはアイラだった。黒い髪先を指でくるくるとしながら、クッカにほほ笑んだ。


「私は話すことない」


 クッカはすぐにアイラの脇をすり抜けようとしたが、アイラが横にずれてそれを阻止した。


「アーロのことで、大事な話があるの」


「アーロの? どんな話?」


「ここだと人も多いから、ちょっと向こうで話をしましょう」


 なんの話か全く見当もつかなかったが、嫌な予感のしたクッカはアイラの話を聞くためについていくことにした。


「分かった。一緒に行く」


「ふふふ。こっちよ」


 アイラがクッカを案内したのは人気のない路地裏にある袋小路だった。そこにはアーロの兄のヴィエノも腕を組んで待っていた。クッカを見たヴィエノはにやりと笑ってすぐに本題に入った。


「取引をしないか?」


「取引?」


「そうだ。これを見てみろ」


 ヴィエノがクッカに見せたのは一枚の写真だった。それはアーロがまだあどけない子供だった時の写真だった。そこには裸で縛られて泣いているアーロが写っていた。

 クッカは怒りで頭に血が上るのを感じた。


「アーロはずいぶんと君を大切にしているらしいじゃないか。君がアーロに補給部隊を辞退するように言えば、アーロはきっと辞退するだろ?」


「それで?」


「ボスが怖くなったから行きたくないとでもごねてくれよ。それで辞退することになったら、この写真は君に渡そう」


「従わなかったら――どうなるの?」


「そうだなぁ。銀の彗星のゴシップを欲しがっている連中は山ほどいる。そうだ! 本国のゴシップ誌に売るって言うのもいいかもしれないな。もう少しで任期が終わるが、アーロは国に帰りにくくなるかもしれないな」


「あなたたち本当にアーロの兄姉? 全然アーロに似てない」


(顔は似てるけど、性格の部分が全然似てない。アーロはこんな人を貶めるようなことは絶対にしない!)


「それは嬉しいね。俺たちもあいつのことを兄弟だなんて思ったことはない」


 夕焼けで赤く染まる路地裏でクッカの瞳が金色に光った。

 一瞬のことだった。


「動くな。動くと殺す」


 クッカはアイラの首に銀の斧を押し当てていた。アイラの首が少し切れて、白い首筋にたらりと血が流れた。ヴィエノとアイラはクッカの動きを目で追えずに何が起こったのか理解できていない。


「お前たちは、どうやら大きな思い違いをしているようだ。強くなってしまったアーロでは手が出せないと思って私に言い寄ってきたみたいだが、私はアーロよりはるかに強い」


 日が沈み始めて、路地裏に影ができた。影の中で、金色に光るクッカの瞳を見たヴィエノとアイラは本能的にクッカとの力の差を感じ震えあがった。


(なんだ、この威圧感は…… さっきまでの子供とは、まるで別人じゃないか)


 ヴィエノはクッカが放つプレッシャーに膝がガクガクと震えた。


「さっさと写真を渡せ。この女の首を落とすぞ」


 ヴィエノがおずおずとクッカに写真を差し出す。クッカは渡された写真を一瞥して、魔法で火をつけて消し炭にした。


「もう一人の私はお前たちの髪を刈って、街を歩けなくしたかったみたいだが、それだけでは私の気が収まらん」


「い、命だけは、助けて!」


「写真は渡したんだからもういいだろ! 妹を開放してくれ!」


 斧を突き付けられているアイラを悲痛な声をあげ、ヴィエノもクッカに懇願した。

 クッカはアイラとヴィエノを無視してアイラの首に向かって斧を横に振った。








 アイラは自分の首が落ちたことを想像して失禁したが、それは起こらなかった。


 クッカの瞳の色が緑に戻り、目は涙で潤んでいた。


(間に合った……)


 クッカは寸でのところで、自分の怒りを鎮めて、もう一人の自分と入れ替わることに成功したのだ。


 クッカは二回斧を振るい、ヴィエノとアイラの頭頂部だけきれいに髪を刈り河童のようにした。


「二度と、私とアーロの前に現れないで! 次はたぶん……本当に殺してしまう」


 ヴィエノとアイラは一目散に逃げだした。


 クッカは頭がひどく痛み、心臓の鼓動が大きくなって呼吸も苦しかった。


(もう一人の私が怒ってる。私の中で叫んでる。あいつらを殺せって)


 クッカは深呼吸して、もう一人の自分に心の中で話しかけた。


(大丈夫。アーロのことは私が守る。もう怒らなくていい)


 何度も繰り返し自分に言い聞かせると、もう一人の自分は寝ってしまったかのように何も言わなくなった。


「すっかり遅くなっちゃったな……」


 クッカは日が沈んで星が光りだした空を見上げた。そして宿までの道を走って帰った。


 






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