遊のササクレ
Zamta_Dall_yegna
プロローグ
朝日が差して、町に影が生まれる。遊は、その光景を駅のホームから眺めていた。独特な音楽が流れると、眠気眼を擦った会社員たちが一斉に電車を降りてくる。ありふれた日常に、なんてことのない出来事に遊の心は疲弊していた。
乗り込んだ電車は、静かで空気は澄んでいた。窓は開いて、乗客は気にもせずに眠りこけている。遊は1人、療養のために祖父母の家へと向かっていた。
祖父母の家は築60年以上経つ古い家だ。修繕もしていないので、家全体が傾いている。建て替える金も無いため、放置しているらしい。中からピアノの軽やかな音が聞こえてくる。きっと遊の弟が弾いているのだろう。遊はそんなことを考えつつ、インターホンを押した。
中に入ると、玄関は雑多な物で溢れていた。カンナに釘に設計図等が床を占領している。遊はどうにか足場を見つけて、祖父母の元へたどり着いた。
「あら、こんにちは。遊ちゃん。久しぶりねー」
「こんにちは。で、頼み事ってなんだ?」
「家って、見ての通り足場が無いでしょ?だからお掃除を手伝って欲しいのよー」
祖母はそうはいうものの、呑気にミカンを食べていた。
「その前に、遊ちゃん。これ食べな。ここに来るまで、疲れたでしょ?」
「お、おう」
すっかり、祖母のペースに巻き込まれた遊は、言われるがままにミカンをとった。食べている間、祖母の話に適当に相槌を打って聞いていた。
話が一段落してから、遊たちは掃除を始めた。玄関から危ないものを拾っては集めて置いていた。物が多すぎて、終わりが見えない。手が痛くなった頃に、1回休憩を挟んだ。
遊がコタツで麦茶を飲んでいると、物で出来た山の中に、懐かしい物を見つけた。引っこ抜いて見ると、それは文箱だった。中には遊が昔祖父に渡した手紙が入っていた。手紙をもらうと、祖父はいつもこれに入れいてるのを遊は覚えていたのだ。
祖母は、遊の姿を見るなり寄ってきてはお茶を出した。
「それはね。お父さんの文箱なのよ。いつも手紙をそこに入れてるの。昔の手紙、たくさん入ってたでしょう?」
「驚くくらいには」
「遊ちゃんからの手紙は特別らしくてね。汚したくないんだって」
祖母はニッコリと笑ってそういった。
―あの時、どうだったけ。手紙なんて面倒な手段、なんで始めたんだか―
遊は記憶を辿っていくと、丁度その日のことを思い出した。
―あの日は俺の誕生日だったな。祖父が手紙を送ってきて、「僕にも書いてくれ」といっていた。俺がそれに応えていくうちに、気づいたらこの量になってたのか―
手紙は文箱の蓋が浮きそうになるくらい溜まっている。中には、遊が幼稚園児だった頃のものもある。彼からすれば、捨てていないことが不思議だった。
掃除は1日では終わらなかった。遊は家の2階に泊まることになった。机の上には日記帳が置かれている。綺麗とは言えないなぐり書きの文字に、ボロボロのページがヒラヒラと風になびいている。
―「昔は良かった」なんて良く言うけど、どうだったかな。俺はこれから先も、過去にすがるしかないのだろうか―
しばらくすると、遊はペンを落として眠りに着いていた。昔の出来事に、思いを馳せて。
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