自分を主人公と完全に思い込んでる悪役、世界の英雄になるそうです
@Septem_
第1話
突然だが、たぶんおれは異世界転生をした。
いや、ほんとにそうとしか思えないんだ。
だってこの世界、おかしいんだもん。
見ろよ、そこのメイドちゃんたち、みんな普通に手から火とか水を出してるんだぞ?
「今日はいい天気ね~」くらいの軽いテンションで、ファイアボールをポンッと飛ばしてる。
しかも隣のオッサンは、手から水を出して自分の庭の畑にジョボジョボかけてるし。
いや、それもうホースでいいだろ!?
ホームセンター行けば1,980円くらいで買えるぞ!?
通りかかった若い貴族の兄ちゃんも、手から氷を出してアイスクリーム作るみたいなことしてる。
それでニコニコしてる。普通に。
いや、普通じゃないだろ、世界!
こういうの、ラノベでよくあるやつだろ?
たしか「悪役に転生しました」とか「ゲームのラスボスに転生しました」とか、そういうジャンル。
転生したやつは、たいてい「この世界はあのゲームと同じだ!」って気づいて、知識チートで勝ち組ルートに入る。
で、ヒロインを救って、主人公を出し抜いて、ざまぁ展開。
……でもさぁ。
おれ、ゲーム全然やってなかったんだよな。
子どものころ、友達が「ドラクエ!」「FF!」とか盛り上がってても、おれは「え、戦闘コマンドとか覚えるのめんどくさくね?」って冷めてたタイプ。
せいぜい遊んだのは「マリオカート」で赤甲羅ぶつけて「友情崩壊」させたくらいだ。
あと「どうぶつの森」で借金を返さずに放置したら、村が雑草だらけになってトラウマになった。
……いや、いい思い出だ。
RPGの知識? ゼロ。
キャラの必殺技? まったくわからん。
「この技は属性相性が~」とか言われても、「あ、ポケモンで聞いたことある!」くらいの理解度。
しかもラノベも、そこそこ読んでたけど内容はまったく覚えてない。
ヒロインの名前なんて、だいたいカタカナか漢字+ルビで「どこの国の人?」ってなるし、主人公も似たようなパターンばっかりで頭が混乱する。
試験前に詰め込んだ英単語よりも定着率が低い。ほんと。
だから今、おれの目の前で展開されている「魔法が日常」な世界が、いったいどのテンプレに当てはまるのか……手がかりゼロ。
もしここがゲーム世界だとしても、攻略サイトなんてないし、裏技も使えない。
もしここが悪役転生ものだとしても、そもそもおれ「悪役」なのか「主人公」なのかモブなのか、誰なのかすら知らん。
え、どうすんの?
生まれてまだ3年で詰み?
いや待て、こういうときは冷静に考えるんだ。
・魔法がある → さいこー
・おれ貴族の子供 → 完全に神
・両親美形 → 勝ち確
……はい、整理した結果、完全に主人公だわ。
でも、ここで現実がひっくり返った。
なんと、おれ――3歳の赤ん坊として転生していたのだ。
まだヨチヨチ歩き、歯は数本、語彙も「ママ」「パパ」「うーうー」レベル。
しかも家は完全に貴族仕様。
ママンは美人、パパンは正統派イケメン、兄は生意気なガキ……いや、完全にテンプレすぎるだろ!?
まだオムツが手放せないのに、頭の中ではもうフル稼働で主人公モード。
「よし、ここはかましたろ!」
まだ歩けるかどうか微妙だが、心の中では世界の運命を握る英雄だ。
ママンは美人で、寝かしつけながらも優しく微笑んでおれを見守る。
パパンは正統派イケメンで、ただ立っているだけで「おれの父ちゃんすげえ」となる威圧感。
兄は生意気盛りの4歳で、毎日生意気を振りまきつつも、おれを見てちょっと笑う。
ふん、ガキにちょっかい出されるぜ。
使用人たちは、みんなおれを赤ちゃん扱いしてるけど、おれの頭の中ではもう完璧な冒険シナリオが展開中だ。
赤ん坊だからって侮れない。
心の中では剣を振り、魔法を放ち、王国を救う戦略を立てている。
もちろん現実はまだオムツ姿でヨチヨチ。
おれは窓の外を見るたび、通りを歩く貴族や魔法使いを観察する。
「ふむ、あの人は火属性か……あれ? メイドちゃんも?」
とか、一人で頭の中で解析している。
3歳の頭の中で、まるで魔法生態図鑑を作っている気分だ。
もちろん、周囲から見るとおれはまだ赤ん坊。
言葉も不完全、歩行もふらふら。
それでもおれの心の中では、英雄が世界を駆け巡る。
誰も知らない、赤ん坊主人公の冒険譚が今、始まろうとしているのだ。
おれは自分の笑顔を鏡で確認する。
まだ意味はわからんが、確かに英雄っぽい顔をしている。
ママンは微笑む。
パパンは穏やかに見守る。
兄は「はぁ……またか」と呆れ顔。
でもおれの脳内では、無双ストーリーが緻密に、かつ大胆に進行中だ。
おもちゃの積み木も、頭の中では巨大城塞の防衛線に変換される。
積み木を倒してしまったら、心の中でドラゴンが襲来したと解釈する。
泣き叫ぶと、敵の攻撃に耐えている勇者の咆哮だ。
ヨチヨチ歩きで部屋を移動するだけで、まるで魔王城潜入作戦を遂行している気分だ。
おむつ替え? もちろん、壮大な儀式に参加している感覚になる。
おしっこが飛び散れば、それは世界を浄化する魔法のエフェクト。
ミルクを飲めば、勇者の力が回復する。
昼寝をすれば、英雄の精神が研ぎ澄まされるのだ。
丸腰で投げ込まれた3歳貴族。
でも頭の中だけはフルパワー主人公。
世界よ、震えて待て!
俺の物語が、今――まだオムツ姿で始まるのだ!!
自分を主人公と完全に思い込んでる悪役、世界の英雄になるそうです @Septem_
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