アウレリアアカデミーへ向かう
数年の歳月が流れた――
カイルはすでに十五歳になっていた。
その体は大きく成長し、身長はすでに一七〇センチに達している。年齢にしては目立つほどの体格だった。
その朝、陽の光が王アルデンの城にある彼の部屋の窓から差し込んでいた。
カイルは鏡の前に立ち、青みがかった黒髪を整え、新しく着た服を軽く叩いてしわを伸ばす。顔立ちは大人びてきたが、幼さの名残もまだ残っていた。
やがて、扉が控えめにノックされる。
入ってきたのは、いつもそばに仕えてきた侍女イリスだった。柔らかな笑みを浮かべている。
「カイル様、準備は整いましたか?」
カイルは振り返り、落ち着きながらも熱を秘めた目で答えた。
「うん、もう大丈夫だよ」
イリスは優しくうなずき、微笑んだ。
「では…すぐに下へ参りましょう。もうすぐ出発の時間です」
そう言って彼女は軽やかに部屋を後にした。
カイルはその背中を見送り、小さく笑みを浮かべた。イリスの気遣いはいつも変わらない。
扉が閉まると同時に、彼はベッドの方へ視線を向け、低くつぶやいた。
「ネロ…」
ベッドの上には、小さく愛らしい姿をした魔物――かつてカイルが倒した悪魔ネロが、丸まって眠っていた。
カイルの声に耳を動かすと、大きなあくびをしながら不満げにうめいた。
「…ったく、朝から騒がしいガキだな…」
カイルはクスリと笑い、愉快そうに返した。
「さあ起きろ。今日から新しい旅の始まりだ」
ネロは片目を開け、面倒くさそうにしながらもどこか興味深げにカイルを見た。
「チッ…新しい旅ねぇ。俺がお前と一緒にいて後悔しなきゃいいがな」
カイルは一瞬真剣な眼差しを向け、すぐに笑みを広げた。
「俺と一緒なら、後悔なんてするわけないだろ」
――支度を終えたカイルは、大きな鞄を肩に背負い、悠然と階段を下りていった。
ネロはその鞄の中に潜り込み、時折顔だけをひょっこり覗かせる。
やがて城の中庭に出ると、すでに多くの侍従や護衛、そして数名の貴族が集まっていた。
だが、その場に二人の姿はなかった。兄のエリオンとカンジーだ。彼らは数年前にすでにアウレリア学園へと旅立っていた。
王アルデンが堂々と立っていた。その威厳に満ちた気配が場を支配している。
息子を見つけると、彼はわずかに笑みを浮かべ、低く響く声をかけた。
「カイル…もっと努力するのだぞ」
カイルは足を止め、真っ直ぐに父を見据えた。
「はい、父上!もっともっと努力します!俺は必ず全ての魔法を極めてみせます!」
その言葉に、王アルデンは一瞬沈黙し、やがて誇らしげにうなずいた。
普段は厳しい彼の笑みが、その時ばかりは柔らかく見えた。
少し離れた場所では、母エレノーラが黒髪の赤ん坊を抱いて立っていた。
まだ数か月前に生まれたばかりの妹――リシア・ニジマだ。
カイルの表情は優しさに変わる。母のもとに近づき、赤子の額へそっと口づけした。
「母上をしっかり守るんだよ、リシア。俺は必ず立派な兄になるから」
母は目に涙を浮かべつつも微笑み、囁いた。
「気をつけて行ってらっしゃい、カイル。…覚えておきなさい、力というのは常に見せつけるものではないのです。本当に必要な時を見極めることが大切なのよ」
カイルは静かにうなずき、その言葉を胸に刻んだ。
やがてイリスが彼のそばに歩み寄る。
「カイル様、そろそろ出発です」
彼女は淡く微笑んでいたが、その表情には別れの寂しさもにじんでいた。
カイルは最後に家族へ振り返り、手を高く掲げて叫んだ。
「行ってきます!」
そうして彼とイリスは用意された馬車に乗り込む。
護衛たちが手綱を取り、馬車は静かに城を後にした。
車内では、鞄の中からネロが顔を出し、あくびをした。
「ふぁぁ…やっと始まったか。…その学園とやら、退屈じゃなきゃいいけどな」
カイルは窓の外に広がる城の影を見つめ、小さく微笑んだ。
「いや、ネロ。これはただの学園生活の始まりじゃない。本当の物語の始まりなんだ」
――アウレリア学園へ向かう道中。
馬車は石畳の道を進み、朝の涼しい風が頬を撫でていく。
王アルデンに任された護衛が手綱を握り、周囲を警戒しながら馬を走らせていた。
車内でカイルは窓辺にもたれ、外の景色を眺める。
広大な草原、鬱蒼と茂る森、澄み渡る青空――そのすべてが彼の瞳を輝かせた。
「…美しいな。この世界は、本当に美しい。俺の前の世界より、ずっと…」
心の中でそうつぶやき、口元に淡い笑みを浮かべる。
正面に座るイリスは、そんなカイルの様子を静かに見守っていた。
彼の笑みに首をかしげつつも、問いただすことはせず、ただ優しく微笑み返した。
一方で、鞄に潜むネロは小さないびきを立てて眠り続けていた。
――だが、その静けさは長くは続かなかった。
ガタンッ!
突然、馬車が大きく揺れ、急停止した。
馬がいななき、車輪が軋む音が響く。
カイルとイリスは思わず体を傾ける。
イリスは壁に手をつき、叫んだ。
「な、何事ですか!?」
カイルはすぐさま窓の布をめくり、外を見た。
その顔はたちまち真剣なものに変わる。道を塞ぐ数人の影が見えたのだ。
「止まれ、小僧貴族!」
外から聞こえてきたのは、下卑た笑い混じりの荒い声。
錆びた剣や粗末な槍、大ぶりの斧を手にした屈強な男たち――どう見ても兵士ではなく、街道を荒らす山賊どもだった。
イリスは拳を握りしめ、顔を強ばらせた。
「よりによって…山賊だなんて!」
だが、彼女とは対照的に、カイルは口元にわずかな笑みを浮かべ、瞳を輝かせていた。
「ふむ…どうやら、思っていたより面白い旅の始まりになりそうだな」
鞄の中でネロがもぞもぞと動き、寝ぼけ声を漏らす。
「んぁ…また騒ぎかよ…。せっかくいい夢見てたのに…」
そう呟いたが、外から漂う殺気に気づき、目を細めた。
カイルはその時、隣のイリスへと声をかけた。
「イリス」
「なに、カイル?」
緊張を隠せない彼女に、カイルは落ち着いた声で尋ねる。
「…俺が、あいつら全員やってもいいか?」
イリスの目が見開かれ、即座に首を振った。
「駄目よ、カイル!無理だわ!あなたはまだ子供なのよ!」
だがカイルは泰然とした表情を崩さず、まっすぐに彼女の瞳を射抜いた。
「大丈夫さ。だって…俺は強いから」
その言葉に、イリスは息を呑み、声を失った。
彼の瞳には、これまで一度も見たことのない揺るぎない覚悟が宿っていた。
答えを待たず、カイルは馬車の扉を開け、外へと降り立った。
護衛たちは驚愕する。彼らの視線の先に現れたのは、ただの少年ではなかった。
十五歳の若者――堂々とした体躯と年齢を超えた威圧感を放つ存在。
「カイル様!?危険です、戻ってください!」
一人の護衛が剣を抜きながら叫んだ。
しかしカイルは耳を貸さない。
ゆっくりと袖をまくり上げ、まるで些細な遊びに挑むかのように悠然と歩み出す。
その眼差しは山賊たちに向けられていた。
だが、そこに恐れは一切なく、むしろ楽しげで――新しい遊戯を見つけた子供のような輝きを帯びていた。
「どうした?十五歳の小僧が怖いのか?」
一瞬の沈黙。山賊たちは顔を見合わせ、戸惑いを浮かべる。
「十五歳…だと? ハッ、馬鹿言え!」
「だが…十五には見えねぇな…」
ざわめきが広がる。
カイルは肩をすくめ、鼻で笑った。
「信じないのか?だったら、お前たちは子供以下の大馬鹿だな」
その言葉に、大柄な山賊が激昂する。
「なにィ!?俺たちを馬鹿呼ばわりだと!?」
カイルは怯まず、薄く笑んだ。
「そうだよ。馬鹿だ。で、どうする?」
山賊たちの顔は怒りで真っ赤に染まり、一斉に武器を振りかざして襲いかかる。
――だが。
次の瞬間、カイルの姿は消えていた。
人の目では追えぬほどの速さ。
短い悲鳴が上がり、すぐに静寂が訪れる。
砂埃が晴れる頃には、山賊たちは皆、地に倒れ伏していた。
カイルはその中心に立ち、静かな息を整えていた。
罪悪感など微塵もなく、ただ指先についた血を舐め取り、薄ら笑みを浮かべる。
「口だけは威勢がいいが…中身はこの程度か」
馬車の中でイリスは両手で口を押さえ、震えた。
「は、速すぎる…! 目で追うことすらできなかった…!」
護衛たちも呆然と立ち尽くし、冷や汗を流す。
彼らが知る幼き王子は――実は恐ろしい力を秘めていたのだ。
カイルは何事もなかったかのように馬車へ戻り、腰を下ろした。
「さあ、アウレリア学園へ行こう」
目を閉じ、まるで小さな出来事だったかのように告げる。
馬車は再び動き出し、屍を残した街道を静かに進んでいった――。
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