降り止まない雨の

長谷川昏

夕暮れの川岸にて

 雨は今日も降り止まない。

 九月、本来なら一雨ごとに秋が深まる頃。

 藤井ふじい吉乃よしのは差した傘の向こうにある灰色の空を見上げて呟いた。


「もう三年経つんだね。こんなふうに雨が降るようになって」

 隣で同じように傘を差す高村たかむらえいがちらりとこちらを見る。雨音に消え去ってしまう声で「そうだな」と返した。


「こうして瑛といられるのも今日が最後かぁ」

 再び呟くが返事は戻らなかった。

 三年前、二人が中学二年生の頃から雨の降る日が増え始めた。その頃は一年のひと月くらいは晴れの日もあったがそれも徐々になくなりつつある。今では一年の大半が雨の日だった。


「陽の光が届かないと人は生きていけないって、父さんが言ってた」

「……うん、そうだね」

「それは分かってるんだけど、でも俺……」


 言葉を詰まらせた相手の濡れそぼった足元を吉乃はぼんやり眺めていた。

 止まない雨は吉乃達が住む都市部を中心に、この国全体に広がっていた。雨の日々から少しでも逃れようと街を去る人達は年々増えている。長年お隣さんだった瑛の家族もこの夏により雨の日が増したのを機に、街を離れる決心をしたようだった。


「それ、上原うえはら達にやられたのか……?」

 吉乃は腕の擦り傷をゆっくり手で覆って隠した。

「あ、うん。だけどほら、これは仕方ないし大したことじゃないよ」

「……」


 無言で佇む瑛の姿に吉乃は心が痛くなる。

 この雨は原因不明の気象異常であって政府のせいではなかったのだが、行き場のない不安を抱えた人達の不満の捌け口になっていた。吉乃の両親は政府の仕事をしている。その影響で吉乃に敵意を向ける生徒もいた。

 瑛がこの街に残る自分を心配していることを吉乃は分かっていた。いつも気にかけてくれる幼馴染みは昔から変わらず優しい。でも遠く離れてしまう相手に負担はかけたくなかった。


「こんなの大丈夫だよ。瑛は気にしないで新しい土地でがんばって。時々は私のこと、思い出してほしいけど」


 傘をくるくる回しながら吉乃は無理に笑顔を作ってみた。

 本当は離れたくない。

 この雨さえなければ、こんな悲しい別れはしなくて済んだはずだ。

 大丈夫、大したことじゃない、吉乃は心の中で呟く。

 そうでもしないと溢れる涙で瑛を引き留めてしまいそうだった。


「時々なんかじゃない、俺はずっと……」


 そう呟く瑛が手を握る。吉乃は雨で冷たくなったその手を握り返した。

 微かに笑った相手に吉乃も今度は本当の笑みを浮かべてみる。

 握られた手は次第に体温を取り戻していくけれど、二度と会えなくなる予感は消えなかった。



〈了〉


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降り止まない雨の 長谷川昏 @sino4no69

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