10.深淵

 皆の奮闘あって、一時間ほどで部屋は使える状態になった。最もよく働いていたのはアーグネシュだったかも知れない。自らは常に動きを止めることなく、その上他人にテキパキと指示を飛ばしていた。

「みんな、ありがとう」

すっかり清潔になった部屋を見回しながらミクローシュは感謝を述べた。一同「いやいや」とか「いいよ」とかいった無難な言葉を返す。アーグネシュだけが一人

「ふん、別にお前のためにやったわけではないぞ。敵に恩を売ったまでのことだ」

と言って立ち去ってしまった。

「はあ、やっぱり僕嫌われてるのかなあ」

ミクローシュは悩ましげに溜息をついた。だがヴィオラとエメシェは君は何を言っているのやらといいたげな顔でミクローシュを見て言った。

「はっははは、そんなわけないじゃなーい。アーちゃんはね、照れ屋さんなんだよー」

「そうよ、だいたいこのあなたの部屋をここにしようと言って押し通したのはアーグネシュよ」

「え?それはどういうこと?」

ミクローシュは困惑するばかり。

「まあ、すぐにわかるわ」

エメシェにそう言われればこれ以上問いようもない。

「ま、がんばってね。私たちはもう行くから」

「がんばってくださ〜い」

アンナとリーズも気楽なふうで、なぜかミクローシュに応援の言葉を投げ掛けて出て行った。

「私も行くわ。おやすみなさい」

「私もー。おやすみー」

エメシェとヴィオラも続いて退出する。他の同級生たちも既に帰っていたから、ミクローシュはようやく一人になって己の新しい住処すみかに佇んだ。そうしていると忘れていた疲れが重くのしかかってきた。少年は幅の広いベッドに身を横たえた。大掃除の中でこの寝具一式だけは魔術の助けを借りて水洗い、乾燥させられたものだ。考えてみればその作業をやったのもアーグネシュだったか。

「どういうことだろう・・・」

アーグネシュの態度や周囲の反応には謎が多い。しかしミクローシュはそのことについて考えを深めるより先に、もっともっと深い眠りの底へと落ちて行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る