8.諦念

 ミクローシュとアーグネシュのケンニェクの勝負は序盤から白熱した。一進一退の攻防で、両者の気合いがぶつかりあっていた。十分が過ぎ、二十分が過ぎ、互いに何度も駒を取り合ったが優劣がつかない。三十分が過ぎた頃、それまで息をひそめて見守っていた周囲がさざめき始めた。プラチナブロンドの少女、エメシェが胴元となって賭を開いたのだ。賭の内容は無論この対局の勝敗である。大勢の少女たちが、対局者に配慮したのだろう、ハンドサインと少しばかりの囁きを交わして小金こがねを積んでいく。いや、必ずしも少女ばかりではない。アンジャル学園長までもが視線は盤面にしっかり縫い止めたままハンドサインを送っていた。だがミクローシュとアーグネシュの集中たるやすさまじく、彼らは周囲で行われている賭のことなど全く気付いていないようであった。

 一時間に渡るねじり合いの末に抜け出したのはミクローシュだった。自軍の駒を巧みに繰って次第にアーグネシュを追い込み始める。しかしアーグネシュとて並のプレイヤーではない。形勢の差を広げられないようにしながら食い下がり、戦況を膠着模様に導く。両者額に汗を浮かべ、時折髪を掻きむしる。そのガシガシという音が異様に大きく響く。観戦者たちはもう再び静まりかえって、勝負と自身の損得の行方を固唾を呑んで見詰めていた。

 結局アーグネシュが力尽きたのは、十時を大きく回った頃だった。観戦者たちは誰からともなく熱戦に拍手を送った。当の対局者たちは全身のエネルギーというエネルギーを使い果たしてぐったりとしていた。

「負けたな・・・だが、良い試合だった」

アーグネシュが絞り出すように呟いた。

「そう、ですね・・・」

ミクローシュが切れ切れに答える。

「バゴイ家の誇りにかけて、約束は守る。好きなだけいれば良い」

「ありが、とう」

そして二人は同時に顔を上げた。目と目が合う。彼らは思わず微笑んでいた。

「なんか、戦友って感じだねー」

それを見てヴィオラがニヤニヤ笑いながら言った。

「ふ、ふん、私はこいつのことを認めたわけじゃないからな」

アーグネシュが慌ててミクローシュから目を逸らす。だがその声はどこか芝居がかっていた。

「ねえ、アーグネシュちゃん、ミクローシュ君にリベンジしたいと思わない?」

アンジャル学園長が静かに問うた。

「もちろんしたいです・・・しかし今は無理です。悔しいがこの男は私より上手うわてだ」

アーグネシュが答える。最後は独り言のようだった。それを聞いて学園長は得たりというように笑った。

「それならいっそ、ミクローシュ君を当学園の生徒にしてしまうのはどうかしら。そうすればアーグネシュちゃんにはいつでもリベンジのチャンスがあるわ。更にミクローシュ君にパーンツェールの扱いを学んでもらえば、殴り合いの方もちゃんとした勝負ができるようになるわよ」

そこで学園長は一旦言葉を切ってアーグネシュの目をのぞき込んだ。途端に室内が騒然とする。

「どう、アーグネシュちゃん?」

アーグネシュだけが無言でコクリと唾を呑む。

「あの、でもニュゴットヴィーズ学園は女の子しか入れないのでは・・・」

またしても学園長とアーグネシュの間で勝手に話を決められそうな予感がして、ミクローシュはおずおずとその場の誰もが抱いているであろう至極当然の疑問を述べた。だが学園長の答えはばかばかしいほど気楽なものだった。

「まあ、そこらへんは特例ってことで、学園長権限でなんとかなると思うわ」

「ええ?!」

一体この学園は学園長にどれだけの権限があるというのだろう。

「そういうことなら決まりだな」

いつの間にか凛とした声を取り戻したアーグネシュが喧騒を貫いて宣言する。

「フェケテ・ミクローシュ、このニュゴットヴィーズ学園に編入しろ。そして私はいつか必ず——」

彼女はミクローシュに向き直ってビシッと人差し指を突き付けた。

「お前を叩きのめす!」

「・・・はい」

結局ミクローシュの意思は関係無かった。

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