第97話 No.0
”彼女”を中心として巻き起こる”希望の風”が、荒廃した街を吹き抜ける。
絶望的な状況の中、輝く太陽を背に颯爽と登場する”ヒーロー”の存在に、辺りの空気は一変した。
その圧倒的存在感を放つ”彼女”を前に、傷付いた魔法少女達は一斉に顔を上げ、皆口を揃えてその少女の名を呼ぶ。
『みずき……ッ!!』
赤く輝く魔道装衣を身に纏い、満を持して姿を現した紅咲みずき。
その怒りに満ちた彼女の鋭い視線に、ベリーベイリとゾルビアは堪らずニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ひひっ……来た来た……最後の獲物がよぉ……!!」
「ようやくお出ましね、紅咲みずき……!あんまりにも遅い登場だったから、てっきりあんただけ尻尾を巻いて逃げたんじゃないかと思ってたわ☆ ……まあ、逃げたところで地の果てまで追いかけて、ボッコボコに叩きのめすだけなんだけど☆」
ゆっくりと歩みを進めるみずきの姿をじっと見詰め、ベリーベイリとゾルビアはニヤニヤと不快に笑い、小さく肩を揺らす。
と、二人の闇の使者を前に、みずきは一度その場で立ち止まると、深く息を漏らした。
「うっせー奴らだな……あんたらか、”聖地”を踏み荒す不届き者は……!私は今、モーレツに機嫌がわりぃんだ……誰かさんのせいで、楽しみにしていた声優イベントが中止になっちまったからよぉ……ッ!!それに…………」
そこまで言葉にすると、みずきは一度口を塞ぎ、怒りに満ちたその瞳をちらりと仲間の方に向けた。
ボロボロに傷付き、満身創痍になった彼女達の姿を目に、みずきの怒りはさらに高まる。
「……こっちにもゾンビみてーなバケモンが何匹か現れたが、幸いLDMの大人達の助けもあってイベント会場で怪我人を出すことはなかった。声優の”はやち”も無事だ……中止は残念だが仕方がない……だがなぁ!イベントより何より、あんたらが”私の仲間を傷付けた”ことだけはどーしても我慢ならねぇッ!!この落とし前……きっちりつけさせて貰うぞッ!!」
友を想うみずきの”正義”が、メラメラと怒りの炎を滾らせる。
と、そんな彼女の真っ直ぐな言葉に、ベリーベイリは俯向きクスクスと不快な笑い声を上げ、激しく肩を揺らした。
「ぷっ!くすくす……!ふふっ、熱い友情ってやつね☆ ……全く、虫唾が走るぜ!!我慢ならないってんなら……どうするってんだよッ!!オラァ!!」
刹那、荒げた怒号と共に、ベリーベイリは地面から大量のアンデットを放出。
湧き出るアンデットの群れが、みずき目掛けて一斉に襲い掛かった。
「いかん!いくらアンデットとはいえ、この数を相手に一人で立ち向かうのはあまりに無謀じゃ……!」
「みずきッ!!ここはボク達に構わず、早く逃げるんだ!!」
みずきの危機に、風菜達は大きく声を上げると、彼女だけでもその場から逃がそうと必死に踠く……が、無常にも肉体は既に限界を迎えており、その足が動くことはなかった。
「足掻いたところでもう遅せーよ!!全員まとめてあの世行きだッ!!!!」
「ひひっ……あの世行き!あの世行き!」
まるで洪水の如く道路いっぱいに荒れ狂う”アンデットの波”が、今まさにみずきを飲み込まんと猛威を振るう……。
が、しかし、この絶体絶命の状況下で尚、みずきは全く動じることなく、それどころかいつも以上に冷静な趣で、ゆっくりとその口を開いた。
「……”超速……アルティメット・ブロウ”……ッ!!」
そう彼女が口にした次の瞬間、その場にいた全員が唖然とみずきの方を向いた。
一瞬……本当に一瞬の出来事だった……。
秋葉原の巨大な道路を埋め尽くすほどに溢れていたはずの大量のアンデット達が、刹那、忽然と姿を消したのだ。
その時、目の前には大量に宙を舞う”黒い灰”と、真っ直ぐに拳を突き出すみずきの姿だけが残されていた。
その光景からして、もはや何が起きたのかは疑いようもあるまい……が、しかし、誰もがその事実に呆然と舌を巻いた。
「い、一体、何が起こったんですの……?アンデット達が突然消えて……沙耶、貴方、今何が起こったか見えていまして?」
「う、ううん……あまりに”速すぎて”見えなかった……けど、確かに感じた……とんでもない風圧を……圧倒的パワーを……!!」
圧倒的”力”を前に、ユリカと沙耶の手は震えて止まらず、思わず息を飲んだ。
瞳に映るのは確かに皆がよく知るみずきの姿だ。だが、その彼女の纏う覇気は、これまでものとは全く異なる……感じたことのないものへと変わっていた。
そんなみずきの大幅なパワーアップに、敵も味方も、その場にいた誰もが圧倒された。
「ばっ……馬鹿な!?そんな筈は……!ベリーベイリちゃんの可愛い可愛い兵隊達が、たったの一撃で…………」
みずきの予想外の力を目の当たりにし驚きを露わにするベリーベイリであったが、ここで、突如言葉を断ち切ると、彼女はゆっくりとその視線を下へと向ける……。
と、その時、目の前にはつい先ほどまで距離の離れていたはずのみずきが、光の如く速さで自身の懐へと潜り込んでいたのだった。
「ちっ……!こいつ……!!」
殺気に満ちた瞳を浮かべ拳を構えるみずきを前に、咄嗟にベリーベイリは側にいたゾルビアの細い首を鷲掴みにし、力尽くで彼女を自身の前へと移動させる。
「いっ……?!ちょ、ベリーベ…………」
その言葉を言い切る間も無く、刹那、盾にされたゾルビアの顔面に、みずきの拳が突き刺さる。
断末魔と共に、彼女の顔は引き裂け、真っ黒な肉片が弾け飛ぶ……。
と、血に塗れた無残なゾルビアの死体をゴミのようにあっさりと捨て去ると、ベリーベイリは咄嗟に後方へと飛び下がり、みずきとの距離をとった。
「……どこまでも非道な奴め。あんたが盾にして使い捨てたそいつ……仲間じゃなかったのかよ……!」
「いいんだよ、あいつは……またすぐに再生する……そういう魔法だ……!!」
「ふーん、なるほどな……」
「ハァ……ハァ……ちょっと、話と違うじゃない!ここまで強くなってるなんて聞いてないんですけどぉ〜☆」
不意打ちとはいえ、ゾルビアですらも一撃で粉砕するその力を前に、ベリーベイリは思わず動揺を見せる。
だが、その力を前に動揺していたのは彼女だけではなかった。みずきの見せる圧倒的強さに、息吹達もまた驚きを隠せないでいた。
「どうなっているんだ……この異様な強さ……一体、みずきの身に何が……!」
額に汗を浮かべ、思わず息を飲む息吹の言葉に、風菜は深く考え込みように指で顎を撫り、ゆっくりとその重い口を開いた。
「ふむ……これはあくまで憶測に過ぎんが……あの時、ヴォルムガングの放つ邪悪なオーラを受けて、立ち上がることが出来たのはみずき一人じゃった……もし……もしも、奴の圧倒的闇の力が、みずきの中に眠る潜在能力を引き出したのだとすれば……!」
「潜在能力って……それにしても急に強くなりすぎじゃ……」
「……でも、実際あり得えない話ではありませんわ……現にこれまでだって、ワタクシ達”魔法少女”は戦うたびに強くなってきました。それも急激なスピードで……これまでを振り返ってみても、特にみずきはその傾向が強かった。ヴォルムガング……以前、彼は去り際にこう言いましたわ……『限界にまで成長を遂げた”真の魔法少女の力”を真っ向から潰す』……と。”真の魔法少女の力”……もしかして、彼はあの一戦を通して、みずきのこの急激な成長さえも見越した上でワタクシ達を生かしたのでは……!?」
”真の魔法少女の力”……強敵ヴォルムガングの残した言葉と、目の前のみずきの姿が重なる時、魔法少女達は堪らず唾を飲んだ。
目には見えないが確かに感じる彼女のオーラに、全身の毛が逆立ち、魂が震える。
辺りがざわつく中、みずきもまた自身の成長に確信し、静かに口を開いた。
「私もついさっき気がついたところだ、自分の力に……あんたの召喚したバケモノのおかげでいい腕試しになったよ。まだ遥かに届かないだろうが、これならいずれ奴にも……ヴォルムガングにも追いつくことができる……!そしていつか……いつか必ず、”闇の女王”をこの手で……!!」
「くっ……くくくっ☆ アハハハハッ☆」
みずきの静かな、しかしそれでいて熱い瞳が炎を灯す中、狂気に満ちた笑い声が周囲に鳴り響く……。
「アハハッ☆……調子に乗ってんじゃねーぞクソガキがぁッ!!テメェなんざオレがマジになれば一捻りなんだよぉ!!……あー、イライラする……いいぜ、やってやる……久々に本気出してやる……かかってこいよ!!お前の全て……全部全部ぶっ壊してやっからよぉッ!!!!」
刹那、怒りに怒号を上げ、ベリーベイリは”被っていた猫”を完全に脱ぎ捨てると、鬼の形相を浮かべ戦闘態勢へと移った。
そんな彼女の行動に、すかさずみずきも構えをとる。両者の向ける熱く燃えるような視線がほとばしり、二人の間に激しい火花を散らした。
二人の気迫に辺りが不気味なまでにしんと静まり返る中、風の音だけが周囲にこだまする……。
と、次の瞬間、まるで爆発音のような激しい音を轟かせ、みずきとベリーベイリは互いにその場から全力で飛び出していった。
両者振り掲げた拳が、今まさにぶつかり合わんとする……。
『……二人とも、そこまでだ』
刹那、突如聞こえてきた”男の声”に、辺りの空気は一変した。
「なっ……!?」
「……チッ、邪魔しやがって……突然現れて何の用だ、”フレデリック”!!」
みずきとベリーベイリ、二人の間を遮るようにして突如目の前に出現したスーツ姿の男……フレデリックと呼ばれるその男は、全力でぶつからんとしていた両者の攻撃を涼しい顔で軽々受け止めると、凍えるような冷たい視線でみずきを見下ろした。
その冷酷な瞳に、みずきはゾッと背筋を凍らせ、咄嗟に逃げるようにして彼から距離を置いた。
「あんた……何者だッ!?」
この時、みずきは瞬時に悟った。ヴォルムガングとの戦いを通してパワーアップしたはずの自身の一撃をこうもあっさりと受け止めた脅威の存在を前に、”奴にはまだ勝てない”……と。
その事実に、堪らず険しい表情を浮かべた。
無論、険しい表情を浮かべていたのはみずきだけではない。その一部始終を後ろで見ていた魔法少女達もまた、新たな敵の出現に同じく焦りの色を見せていた。
……だが、彼の見せる強さ以前に、魔法少女達は”ある事”が気掛かりでならなかった。
「あ、あれ……長身のスーツ姿……まるで人間のような容姿……そしてあの冷たい目……わ、私だけかな……どこかで見たことある気がするのは……」
「……いや、皆沙耶同様、同じ思いを抱いておるよ……あのフレデリックという男、どうにも”奴に似ている”……とな」
ドクドクと、胸の鼓動が音を立てて鳴り響く……緊張に唾を飲むと、皆が一斉に重い口を開け、”その名”を口にした。
『”ニコラグーン”……!』
目の前に立つ男と、かつて魔法少女を絶望の淵へと追いやった闇の影が重なり合う。
と、魔法少女達の口にしたその名に、フレデリックは静かに息を吐き出した。
「……やはり重なるか、俺と”奴”が……実際に会うのは初めてだったな、魔法少女。俺の名はフレデリック。女王を守る盾、”骸の愛”が一人。ニコラグーンは……そうだなぁ……敢えて君達の世界の概念で表現するとするのなら、彼は俺の”兄”にあたる男だ」
ニコラグーンが”兄”……そのフレデリックの発言に、一同に衝撃が走った。
「な、なんと……こいつは驚いたわい。まさか奴に弟がおったとは……!」
「……ていうか、そもそも闇の使者にも兄弟の概念ってあったのか……」
周囲がざわつく中、フレデリックは胸ポケットからタバコを一本取り出し、魔法を使わず律儀にライターで火を付けると、宿敵であるはずの魔法少女の前で堂々と一服始めた。
「ふぅ……人間界にも良い物があるな。こいつは不思議と心が落ち着く……本来ならここで兄の仇とばかりに君達に襲いかかるのが模範的な兄弟愛なのだろうが、生憎俺はあの変態野郎にそこまで情がなくてな……それに、今はまだその時ではない……今日用があるのは魔法少女じゃない……ベリーベイリ、ゾルビア、お前達二人だ」
そう口にすると、フレデリックは今度はベリーベイリとゾルビアの方へ体を向ける。
と、ベリーベイリとゾルビア、名を呼ばれた二人は、何の用だと言わんばかりに表情を歪めた。
「撤退だ……今すぐ拠点に戻るぞ……!」
そのフレデリックの発言に、一同に衝撃が走った。
「はぁ?!馬鹿なこと言ってんじゃねぇよッ!!!!……せっかく魔法少女達をここまで追い込んだのに、今更撤退なんてどういうつもりよ!☆」
「ひひひっ……また急な話だな……何があった……?」
突然の撤退命令に不満を爆発させるベリーベイリ対し、ゾルビアはいつになく冷静にフレデリックに問いかける。
「あいつさ……”ジークライン”がやってくれたよ……!説明は後だ、あまり悠長にしている時間もなくてな……行くぞ」
フレデリックの言葉に対し、ベリーベイリは不服そうに拳を震わせながらも、ぐっと歯を食いしばり、その拳を静かに下ろした。
「チッ……ざーんねん。そういうことだから、今日のところは見逃してあげる☆ バイバイ、愚かな魔法少女共☆ ……次に会った時は必ず仕留める……絶対だ……ッ!!」
吐き捨てるようにベリーベイリはそう口にすると、同時に、フレデリックは咥えていたタバコを深く吸い込み、直後、口から大量の煙を勢いよく吹き出した。
彼の吐き出した大量の煙は瞬時に周囲へ広がり、やがて闇の使者達の姿をすっぽり包み込むようにして隠していった。
「ま……待てッ!!」
その時、雲隠しようとする闇の使者達に対し、零は残った気力を全て絞り出し、声を大にして叫んだ。
「ゾルビア!!あんたは俺が何者なのかわかるんだろ!?なら教えろ!!俺は……一体、何なんだ……ッ!!」
必死に声を荒げるも徐々に擦れていく零の虚しい叫びに、煙の中でゾルビアはふと足を止め、彼の方を振り返る。
「ああ、そうだった……そんな約束してたなぁ……ひひっ……!まあいい、教えてやるよ、テメェが何者なのか……!」
煙の向こうから聞こえてくるその言葉に、零だけではなく、魔法少女含め、その場にいた全員がハッと顔を上げた。
「かつて……Dr.スレイブはある実験に熱中していてなぁ……”人間に闇の力を与え、新たな生命体を生み出す”……そんなことして何の意味があるのかはアタシにもわからない……ひひっ……!”神”にでもなる気だったのかねぇ、奴は……そのために多くの人間を裏で拉致し、次々にモルモットとして使い捨てていった……そんな中、長い年月をかけてようやく”4体の試作品”が完成した……!」
一度呼吸を置き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ゾルビアはゆっくりと口を開く。
「ドボルザーク、バルキュラス、ゴッドフリート……そして奴らのベースとなった最初の試作品、”No.0”……0……ゼロ……零……!」
その瞬間、ゾルビアの言葉に、突如零の全身が激しく震えた。頭が回らない……思考回路が完全に停止する。
ぐるぐると視界が回り、世界が歪む。
零の中で、”何か”が音を立てて崩れ落ちた。
「アタシが知っているのはここまで……行方がわからなくなったとは聞いてたが、直接No.0をこの目で見たのは初めてだ……ひひっ……!この先どうするかはあんた次第……!そのまま魔法少女側につくなり”こっち”に戻って来るなり、あんたの好きにしな……!ぐひひっ……!」
不気味な笑い声と共に、ゾルビアの影は煙の中に消えていった。
やがて煙が晴れると、そこには闇の使者達の姿はどこにもなく、崩壊した殺風景な秋葉原の街だけが広がっていた。
脅威の去った”傷跡”が、冷たい風に当たりひりひりと沁みた。
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