第10話 石版破壊作戦

 夜が明ければ朝になる。昨日の仕事の興奮も冷めやらぬまま、朝は容赦なくやってくる。今日はこのまま一日ずっと眠っていたい。

 結局、僕が眠りにつけたのは午前4時を過ぎてからだった――。


 それでも見えないちゃんはやって来る。午前8時過ぎには呼び鈴を鳴らしにやって来る。深い眠りに入って記憶を失っていた頃、ピピピピピンポーン! とお約束の呼び鈴が鳴った。ほらね。予想通り。

 僕はもう寝ぐせパジャマのままで玄関に向かう。彼女にどんな風に見られたって別に構いやしない。ありの~ままの~……。

 そもそも、見えないちゃんはそんな僕を見たところで失望する女の子じゃないしね。


「おはよ、昨日は良く眠れた?」

「おかげさまで寝不足だよ」


 寝不足で目に隈の僕に比べ、見えないちゃんは元気いっぱいのお肌つるんつるん。これで僕より(多分)年上って言うね。本当、ミステリアスだわ……。


「で、今日の仕事だけど……」


 彼女は早速今日の仕事の話を始めた。相変わらず仕事の話をする時は目がキラキラしている。付き合わされるこっちの事はいつだってお構いなしなんだ……。


「どこだと思う?」

「えっ?」


 これは今までにない新しいパターン! 質問形式と言う事は、もしかして今度の旅の目的地はよっぽど楽しい場所なのかな?

 昨日がハード過ぎたから、今度こそ楽な場所であって欲しいよ。


「全然分かんない。どこ行くの?」

「イルミナティの研究機関」

「は……?」


 えっと、昨日が米軍基地で今度が秘密結社の研究機関? どんどん話がオカルティックになって行くんだが大丈夫か?


「イルミナティって、あの秘密結社で有名な?」

「そ!」


 見えないちゃんは、過去にそんな場所にも出向いていたの? 本当に彼女の行動範囲は僕の想像のレベルをはるかに超えているよ。


「今度も捕虜の救出か何か?」

「ううん。かなめの石版がその機関で研究されてるんだって」

「へ、へぇぇ~……」


 見えないちゃんもすごいけど、彼女に指令? を与えるところもどうやってそんな情報を掴んでくるんだか。見えないちゃんの背後にも、それに匹敵するくらい大きな組織が存在しているのかも……。そう考えると、僕は思わずゴクリとつばを飲み込んでいた。

 何のとりえもない一般人の僕がとてつもない大きな流れに巻き込まれちゃってる。もはや逃れられないこの流れ。逃れられないなら敢えて乗るしかない! このビックウェーブに!


「石版は特異点にないと意味がないの。研究されて悪用される前に壊さないと!」

「あ、今回はそういうミッションなのね」


 そう言う訳で、話し終えた見えないちゃんはいつもの様に準備を急かす。毎度の事とは言え、少しは僕の事も気遣っとくれよ。

 結局何が必要なのか見当もつかないまま僕は旅の準備を済ませ、今日の冒険の幕が上がる。



 空間跳躍で飛んだ先は、南の島のどこかのお金持ちのプライベートビーチだった。こう言う場所が謎の組織の研究機関に繋がっているって、映画とかではお約束だけど――。


「よ~し! 行くっか!」


 見えないちゃんはミッションを前に気合を入れた。そして、当たり前のように僕に手を差し出してくる。今回も人のいる場所へのアポなし侵入なので、ステルスは必須。

 僕も見えないちゃんの手をしっかりと握って、今度こそミスはすまいと心に誓うのだった。


「お邪魔しまーす……」


 僕はそう小声で言いながら研究施設に入る。外からはただの別荘に見えるこの建物も、秘密のエレベーターを抜けると一気にいかがわしい謎の研究施設へと続く。オラ何だかワクワクして来たぞ!

 米軍基地と違い、周りに兵士が歩いていないだけで緊張感は段違いに軽かった。きっとセキュリティも厳重なんだろうけど、見えないちゃんステルスにかかればそれは何の意味もなさない。おっ? もしかして今回は楽勝かな? いやぁ、先にキツイ基地を経験していて良かったなぁ。


「パスワードとかよく分かるよね」


 気持ちに余裕があったので、僕は見えないちゃんに前から思っていた疑問をぶつけてみた。こう言うのって、そこに行く事が決まった時に詳細に情報をもらえたりしているんだろうか? メモとかも見ないでスラスラとパスワード入力してたけど、その場で暗記しているとか?

 僕がそんな事を想像していると、彼女から返って来たのは意外な答えだった。


「私、空間の記憶が読めるんだ」


 さ、さすが見えないちゃん! 普通の人間に出来ない事をいとも当たり前にやってのけるッ! そこに痺れ……(略)。

 つまり、前にパスワードとか入力している時の映像を見て、その通りに入力している――と。刑事になったら殺人事件とか犯人分かりまくりの素敵な能力やん。


「す、すごいね」


 僕は見えないちゃんの返事にこう答えるしか出来なかった。やばい、やっぱ次元が違うわ。


「基地で最短で迷わずに進めたのも、基地スタッフの歩く映像を見ていたから」

「こりゃ見えないちゃんに隠し事は無理だね」


 僕は苦笑いしか出来ない。過去の映像を読めても、それのどれが重要なのか咄嗟に判断してすぐに行動に移せるなんて……。やっぱ見えないちゃんは歴戦の戦士だわ。



 こうして、僕らは一度も迷う事なく研究施設の重要な部屋の前まで来ていた。この間、もちろん誰にも気付かれてはいない。秘密結社の謎の研究施設と言えど、見えないちゃんにかかればちょろいもんだね。


「あ」


 彼女は厳重そうな扉の前で固まる。どうしたんだろう? 何かトラブルだろうか?


「ここ、IDカードと網膜認証併用だ……」

「うおっ!」


 最後の最後にパスワードではどうしようもないセキュリティキター! でもそれくらい普通だよね。考えたらよく今までここまでそれほど厳重じゃなかったなってレベル。

 ……何か裏があったりして。


「どうするの?」


 おそるおそる尋ねると、見えないちゃんは少しも困った素振りを見せず、「じゃあ、アレやるか!」と言ってニヤリと笑った。

 厳重そうに見える目の前の大きな扉。きっとこの向こうにお目当ての物がある。通常の方法で侵入出来ないと分かった彼女は、まず扉に手を当てた。すると、その奥へすっと手が吸い込まれていく。これは……壁抜けッ!


 何と、見えないちゃんは壁抜けすら我が物にしていたのだ! 無敵か! どんなに頑丈な壁を作っても、通り抜けられたならまるで意味がないって言うね。

 折角厳重なセキュリティを用意したってのに、イルミナティさん……残念!


「おおぅ……」


 見えないちゃんと共に分厚い扉を抜けると、そこは映画でよく見るような大型の実験室だった。その雰囲気から言って、日夜ここで秘密の実験が繰り返されているに違いない。

 こう言う場所を見ると、やっぱり中二心が疼いちゃうよね。こう言う場所で白衣を着てヤバイ実験に明け暮れたりしてみたいなぁ……。そもそも僕はそんなに頭の出来は良くないから、こう言う場所は普通に無縁って言うね。


 そして、その部屋の中央で今絶賛実験中の物質こそ、お目当ての要の石版そのものだった。何かこれみよがしに実験しているんですが。

 まぁそれだけ重要な実験なんだろうな、多分。


 要の石版は様々な方向からレーザーを照射され、綿密なデータを取られていた。僕はその光景を見ながら、何故かその石版の痛みを感じているような気持ちになっていた。

 痛い! 痛いよ兄さん!(誰)


「ど、どうしよう……」


 僕はこの様子を見て、素人丸出しの質問を見えないちゃんにしていた。彼女がこの仕事を引き受けた以上、どうにかする方法があって事に臨んでいるに決まっているのに。

 見えないちゃんはこの光景に少しも動じる事なく、冷静に状況を確認していた。


「大丈夫」


 状況を把握した見えないちゃんは、石版に向けて手をかざして何かつぶやき始める。


「……にしえよりの呪縛を解き……時の流れを……」


 その行為が始まると共に、実験中の要の石版の様子がおかしくなる。さっきまでどれだけレーザーを照射されても無反応だった石版が小刻みに震えだし、やがてその色がオレンジ色に変わっていく。レーザーの熱で加熱されている?


「……解!」


 見えないちゃんが呪文? を唱え終わったと同時に、要の石版は砂状になって崩れ落ちてしまった。一体何をしたのかすぐに知りたかったけれど、その種明かしはここを出てからにしよう。実験対象が突然消滅した事で、実験室が大パニックになってしまったからだ。

 もちろん僕らは見えていないので、自身には全く危険はない。逆にパニクっている職員達を見て、滑稽に思えるほど心に余裕があった。


「じゃ、帰りましょ」


 一仕事終えた僕らは、お使いが終わったかのような軽い気持ちでその場を後にした。いやぁ、今回は本当に楽勝でした。いつもこうだったらいいのに。



 一方、視点は変わってこちらは研究施設の施設長の部屋。ちょうど職員がこの事件の報告に現れていた。


「所長! 貴重な実験素材が!」

「奴らが現れたのだろう? 構わんさ、全て予定通りだ」


 所長は不敵な笑みを浮かべながらその報告を聞いている。全てが予定通り……。その意味するところは一体……。

 全ては見えないちゃんを呼びこむための茶番だった? この時点ではまだ何も分からない。けれど、少なくともこの行為が組織に何のダメージもない事だけは間違いないようだ。

 流石はイルミナティ。こちらも一筋縄じゃいきませんな。



「あれはね、止まっていた石版の時間を動かしたんだよ」

「なるほど! それで止まっていた分の時間が一気に流れて壊れちゃったんだ」

「そゆ事♪」


 帰ってきた僕は、早速見えないちゃんにさっきの行為の説明をしてもらった。石版は効果を永遠にする為に通常は時間を止めているらしい。もはや常識の範囲外の事なので、僕はそれをそのまま信じるしかなかった。

 ちなみに、イメージが出来ればいいので呪文の文句は適当なのだとか。見えないちゃん、能力チート過ぎィ! どっかのラノベの主人公ですか!


「じゃ、これ今日の分! お疲れ!」


 その後、当然のように一日分の給料をもらって僕らはまたそれぞれのプライベートに戻っていく。何だかんだ言ってこの生活にも慣れちゃったなぁ。

 ちなみに、今回の報酬額は3万円でした。まぁ楽だったしゃーない。それに今日は悪夢にうなされずに済みそうだ。


 ただ、昨日の疲れがどっと出てしまい、いつもより早くに眠る事になってしまった。撮りためていた番組は、明日まとめて見る事にするか……。

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