短編集:筆舌尽くし <tongue-pen-issue>

名倉編

強いトリック

 農夫は見た。

 東の空に流星が瞬いたかと思うと光の尾は消えずにつんざくような悲鳴を撒き散らしながら急激に太くなり、ボゴーンと丘の側面にぶち当たって轟音とともに地面をグラグラ揺さぶったその瞬間を。

 流星は二つあった。

 息を荒げながら、農夫は片方の衝突地点に近付いてみる。周囲100mほどの地面がクレーター状に深くえぐれている。クレーターの中央には赤く熱した溶岩の塊が――いや、すぐに赤みが消えて銀色の恐竜の卵のような球体が現れた。はぁ、はぁ、と息を吐く農夫は、あたまの中でさえうまく言葉を構築できずに、ただ銀色のカプセルを見守っていた。

 プシューッ!と球体の継ぎ目から水蒸気が噴き出し、ガコッと割れる。割れ目からぬっと出た足はギュム、とラバーの擦れるような音を立てて地面に降り立ち、次いで顔と身体が窮屈そうに割れ目から顔を出す。身の丈2mもあろうかという大男は周囲を窺い、すぐに農夫と目が合った。

 「戦闘力…たったの5か…ゴミめ…」

 男はモノクルのような装置を片目につけている。見たことのない文字が現れては消えるのが農夫にも見えた。農夫はすでに猟銃を男に向けている。なにかのときのために、とここに向かうときにひっつかんできたものだ。

 ギュム……ギュム……。男は農夫に一歩ずつ近寄る。くるな、と心の中で唱えても、口がわなわな震えて言葉にならない。首をよこに振る。がたがたと震える歯の根を押さえつけて、農夫は引き金をゆっくり引いた。

 「カッパーよけろ――っ!!!」

 ハッとして大男は弾道から身を逸らす、間一髪のところで弾丸を避けた、が、かすった頬は特に切れてもいなかった。かゆかった。

 大男――カッパーは声のした方に振り向きながら、どういう技かも見切れんのか、とでも言いたげな不満そうな表情を浮かべる。農夫がもう一度引き金を引いたが、弾丸はカッパーのこめかみにぶち当たり、虚しく落ちた。無傷だった。背の低いもうひとりの男はカッパーの非難するような視線に肩をすくめてみせた。

 「うわ、うわああああああああっ」

 農夫がこけつまろびつ丘の斜面を転がるように下り、つまづいてぐるぐるぐるぐると回転しながら落ちていき、視界から消えた。

 「ベリリウム……」

 「いや、あのさ」まてまて、と手の平をカッパーに見せて、ベリリウムと呼ばれた小男はわざと呆れたような調子で続けた。「おまえ、そういうのよくないよ、よおく、よおっく考えてみろよ、そもそもなんであんな男がいるんだ? 生きてるんだ?」「なあ」「おかしいだろ?」

 「それは……」たしかに、とカッパーは心の奥で頷く。

 「だったら、不用意に攻撃受けるのは危険でしょ? 俺、間違ったこと言ってる?」

 今度はカッパーのほうが肩をすくめてみせる番だった。

 たしかに、ベリリウムの言うとおり、不自然だった。

 どうして知的生命体がこの地球上に生きているのか、生き残っているのか。

 本当ならとっくのとうに根絶されているはずだ。

 「ったく」森の奥から聞こえる鳥のさえずりに耳を傾けながら、のどかな風景をまえにベリリウムは鼻から息を吐く。「ブロミンのやつ、なにやってんだ」

 


 数週間後、ベリリウムとカッパーは街にいる。流行りの服に身を包んで、すっかり街の風景に溶け込んでいる。

 「なんかわかったか」

 「なにも」

 「だよなあ……」

 じゅるるるるるっと、ほとんど氷だけになったスターバックスのキャラメルマキアートを吸いこみつつ、うなだれる。まったく、意味がわからなかった。

 どうしてこんなに平和なんだ?

 このあたり一帯真っ平らになっていて、それでこそ我らサイファ人の通った跡、じゃないのか? しかも、この星に派遣されたのはそんじょそこらのサイファ人とはわけが違う、あのブロミンなんだぞ? 下手すれば星ごと消えてたってべつにおかしくはない。

 「もう俺達が壊してしまえばいいんじゃないか?」

 「まて」半分頷きそうになりながら、自戒するようにベリリウムは声を落として言う。「危険だ、とにかく原因を突き止めないことには……」

 「なにが危険なんだ。この星の人間はどいつもこいつもつついただけで弾け飛びそうなほど脆弱だぞ」

 「だからこそ危険なんだよ」よく考えてものを言えよ、とベリリウムは思う。「いいか? ブロミンのやつは、くやしいが、このサイファ人の超エリート・ベリリウム様の何倍も強いんだぞ? 噂ではフリータを超えるとさえ言われてる。だとしたら宇宙一強い生物だ。そんな男が、この脆弱な人間しか住んでいない星に降り立って、どれくらいだ? 1年くらいは経ってるはずだぞ。なのに平和ってことは、つまり……」

 「つまり?」

 「殺されたかもしれないってことだ」

 「まさか」ありえねぇよ、とカッパーは思う。表情を読み取ったベリリウムもまったくだ、と心の中では思った。

 「あるいは、なんらかの手段で無力化されたか……」

 「なんらかの手段って?」

 「それをいま探してんだろうが!」

 肩をすくめる動作がすっかりおなじみになったカッパーを無視して、ベリリウムはくそ、と思う。わけがわからねぇ。そして同時にほのかな恐怖を感じていた。ブロミンが本当に殺されていたとしたら? いや、そんなことは不可能だ。ありえない。でももしそうなら、俺もやはり同じ手で殺されるんじゃないか? この脆弱な地球人どもにさえ……。

 「とにかく、調査だ。徹底的に調べろ。なにかトリックがあるはずなんだ」

 ちょうどベリリウムがトリックと口走った瞬間、ハチ公前の大型ビジョンの中でアフロヘアーのひげ男が「トリックだ!」と叫んだ。



 「わかったかもしれない」とカッパーが言うのでいつも通り渋谷のカフェで待ち合わせることにした。じつのところベリリウムにもひとつ、心当たりが浮かんでいた。

 「ようするにブロミンのやつは、この星の文化にヤラレちまったんだよ」

 そう言ってカッパーが差し出した『レベルE』と『這いよれ!ニャル子さん』を見て、ベリリウムは「お前じゃねーか!」と頭をはたいた。もし受けたのがカッパーでなければ、首から上が粉々に砕け散っていただろう。大惨事だ。

 カッパーが持ってきていたバッグのチャックをウィ――!と開けるとマクロスシリーズのBDが一式入っていた。ランカ・リーのフィギュアまで箱入りで詰め込まれている。ダメだこいつは、とベリリウムは思った。ベリリウムはシェリル派だった。

 「でもさぁ、ありうると思うんだよなぁ、こんなに面白いし」

 馬鹿野郎が、とベリリウムは思う。「一体どうやってブロミンのやつがこの星の文化に触れるんだ? あいつは街を見つけ次第すぐに完全に破壊するよう命令されてるんだぞ」

 「でも現に俺達は……」

 まず俺とお前を一緒にするな、と思いつつベリリウムは「俺達はブロミンが来たはずなのにこの星が平和だったから、調査したんだ。だからこの星の文化に触れるチャンスもあった」チャンス、と口走ってから、まずいとベリリウムは思ったが、カッパーは気付かないようだった。

 「じゃあ、この星のウィルスにやられたとか……」

 「ウィルスの調査はマイクロマシンを地球中に散布してもう済ませた。それにブロミンも俺達もフリータのところで考えうるすべての毒とウィルスの抗体を打たれただろ。この星の科学力ではそれを超える生物兵器も作れんだろうしな」

 「じゃあ……」カッパーは躊躇いがちに次の案を出す。「≪能力者≫に、やられたとか……」

 「なんだ? ≪能力者≫って」

 「いや、まぁ、よくあるじゃん、漫画とかで……」

 「真面目に考えろ」ともう一度はたく。≪能力者≫と聞いてちょっとワクワクしたぶん余計腹が立った。

 「そういうベリリウムはどうなんだよ」

 「どうって」

 「なにか案あるのか?」

 「まぁ、あるには、ある」

 「え?」カッパーは意外そうな顔をする。実際初めてのことだった。いつもはカッパーに案を出させるだけ出させて貶すばかりのベリリウムがいったいどんな案を出すというのか、カッパーはにわかに気になりだした。「なになに、どんな案?」

 「その、つまりだ……」

 「うんうん」

 「いや、誤解するなよ、つまりこれは――」

 「早く言ってくれよ」と言いながら、結局案なんか無いんじゃないか?と思いはじめる。

 「うるさいな、つまり、ブロミンがやられたのは……」

 「やられたのは?」


 「……愛だよ」


 「……あい?」

 「そう、つまりブロミンのやつは」だあああああああああああああああっ!

 りんっ!とカフェのドアから姿を現すなりまだ話してる途中のベリリウムに飛びかかるように抱きついたのは、青間という女だった。青間アオマ栗栖クリス

 「や、やめろ、はなせ、青間」

 「はーなさなーい♪」

 「おいベリリウム」

 「なんだ」

 「この女は?」

 「こいつは、あれだ、青間という研究者で、俺はこの星の科学水準をだな」

 「べりりんの彼女です。カッパーさんですよね? よろしくお願いします」

 ぺこり、とベリリウムに抱きつきながら頭を下げる青間をまえに、カッパーは席から立ち上がり、青間に当たらないようにしながら、ここぞとばかりにおおきく振りかぶって頭をはたいた。「お前じゃねーか!」

 パンパンと手をはたきながら、ダメだこいつは、とカッパーは思った。カッパーは二次元派だった。

 

 

 もはや半分くらいはどうでもよくなっていた。

 ベリリウムもカッパーも、この星に染まり過ぎたし、そのことを自覚してもいた。どちらもどちらなりに、すでにこの星を愛しはじめている。滅亡させ、侵略するなんてとんでもない――そう考えるようになっている。

 そう考えてみれば、ブロミンのことはすでに過ぎ去ったことだ。なにか、正体不明の幸運により、この星はたまたま助かった。ブロミンは倒されたか、勝手に死んだか、無力化された。なんらかの手段によって。だったらもうそれでいいじゃないか。そう思いはじめていた。

 一方で残りの半分は、たんなる興味本位ではあるにせよ、やはり気にはなっていた。すっかり地球に溶け込む術を身につけたふたりには矛先を向けられる心配はもうほぼ無いとはいえ、どこをとっても脆弱な地球人がサイファ人最強の戦士を退けた手段とは一体どんなものなのか? とくに最近ミステリ小説にハマりはじめたカッパーにとっては、これは身近にある格好の“謎”だった。

 戦闘民族サイファ人の血に飢えた闘争本能をコントロールするべく、青間の所属する研究室と提携してアスリート・サイボーグを養成する道場・メカ戦流の師範であるメカ仙人のもとで日々汗を流しながら、ベリリウムとカッパーの心は充実している。栗林18号というハゲのサイボーグとも仲良くなった。彼は生粋のドールマニアで、ドラゴンドールという生きたアンティーク・ドールを7体集めると「お父様」という龍がなんでも願いを叶えてくれるとしきりにぶつぶつ呟くのが不気味だが、そこに目を瞑れば気のいい奴でベリリウムともカッパーともすぐに意気投合した。

 マゾ族の王を僭称する必殺ヒッコロ大魔王との決戦は熾烈を極めたが、額の六つの「星形のアザ」が輝き第6ドール・黒雛苺として覚醒した栗林18号の命を賭したつっぱりにより場外となった必殺ヒッコロは、案外あっさり仲間になった。そろそろ普通のトレーニングでは我慢できなくなってきたベリリウム、カッパー、栗林、必殺ヒッコロの4名は青間に重力発生装置を応用したトレーニングルームの建造を要求する。「そんなもんできるわけないでしょ」とすげなく断りつつもふとアイデアを思い付いてしまった青間は、ほんとうに通常の100倍の重力まで再現できるトレーニングルームを実現してしまうのだった。

 「わぁ――――――なつかふぃ――――――――!!!」

 「ああ!!! 破らないで星!!!」

 「たえられそうにない このなつかふぃさ!!!」

 ひさびさの、重力と呼んで恥ずかしくない重力だった。地球育ちの栗林と必殺ヒッコロはもとより、地球の微弱な重力にすっかり身体がなまってしまったベリリウムとカッパーまでもが床にべったりと張り付きながらうひょぉおおとかぺひぃいいとか異様なテンションで50倍の重力を楽しんでいる。超重力のなかでなんとか右腕を立て、起き上ろうとするベリリウムに窓を隔てたコントロールルームからサディスティックな視線が突き刺さり、重力がさらに2倍する。うおきゃっ!と珍妙な声を上げてふたたび床に這いつくばったベリリウムに注ぐ青間の視線はどこか熱を帯び、とろんとしていて、あ、俺、いつかコイツに殺される、とベリリウムはひそかに悟った。

 「お、おい、ちょ、青間、一回重力を落としてくれ、指一本動かねぇ」

 「うふふ、ダーメ、それじゃトレーニングにならないでしょ? 頑張って~」と窓を離れ、コントロールルームのドアの奥に消えてしまった。

 「うう、くそったれえ……」

 「早くない? 尻にしかれるの」

 「うるせぇ」

 「あ!」と突如カッパーの叫び声が上がる。

 「どうした? カッパー、玉でも落としたか」

 「いやちが……気付いたんだよ、もしかしたらブロミンのやつ」

 「ん?」言うにしても、このタイミングでか? と思わないでもなかったが、ベリリウムも気になったので素直に聞いてみる。「言ってみろ」

 「あいつ、重力に、つまりブラックホールに呑み込まれたんじゃないか? ここに向かう途中で」

 「なるほどですね!」必殺ヒッコロが快感にうちふるえながら言う。

 「いや、ねぇよ」ベリリウムも一瞬納得しかけたが、やはりこの仮説も否定された。「俺達の乗ってきた小型宇宙船は自動操縦だし、ブラックホールや邪魔な天体もオートで回避してくれる。だいたい俺達はブロミンが発ってから1年後に惑星ベリリウムを出発したわけだから、基本的に同じ道を通るはずだ。だったらブロミンがブラックホールに呑み込まれて俺達が呑み込まれてないのはおかしいだろ」

 「う……そうか」

 「ブラックホール?」唐突に、ベリリウムが右耳に付けていたイヤホンから音声が聞こえる。青間の声だ。「おい青間、聞こえてんだろ? はやくこれなんとかしてくれ、これじゃトレーニングにもなんねーよ!」「ちょっと待って、いま大事な……あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」「青間? おい、青間! どうした青間!」なにか、いやな予感がした。ベリリウムは地面にへばりつく顔をなんとかトレーニングルーム中央のボタン――これを押せば重力増幅を解除できる――に向けようとしたが、その拍子に右耳にささっていたカナル型イヤホンがポロっとこぼれ落ち、100倍の自重に耐えきれず虚しく砕け散った。血の気が引く。「おい! 青間? なにがあった、青間ァ!」虚しく響く声、応答は無い。なにも起きるはずはない、そう思いながらもそのことが確認できない事態にベリリウムは焦りを感じ始める。いやな想像ばかりが脳内をかわるがわる駆け廻る。俺達がサイファ人だってことがバレた?だから襲撃?馬鹿な、地球人どもになにができる、いや、青間を人質に取られたら……あるいは、ついに現れたのか?ブロミン、それか、ブロミンを倒した何者かが?くそったれ、なにがどうなってやがる、確認したい、くそ、青間……。

 いやな想像は加速する。しだいにふつふつと怒りが込み上げてくる。なにに?この状況そのものに。想像はベリリウムを責め苛み続け、怒りに油を注ぐ。くそったれえ、くそったれえ、と呪詛を唱えるように低く唸るたび、真っ赤な怒りは血となって全身に流れ込み、ばつ、と筋肉を膨張させる。額に青筋が立つ。眼が血走る。歯ぎしりに歯が悲鳴を上げる。「お、おい、ベリリウム……?」カッパーの声は届かない。顔も、血管も、筋肉も、ベリリウムのすべてが破裂してしまいそうなほど膨れ上がり、なおも動かない。静かな怒りと、圧倒的な無力感。行き場を失った感情は奇妙に固着し、ある種のおだやかさの中で無限に強化される。そしてある瞬間、すべての怒りは一色に染まり自分自身への怒りとなって爆発する。

 光り輝く

 膨大な気が

 ベリリウムから迸る。

 「お……おい……ベリリウム、それ……」お前、なっちまったんじゃねぇの? 伝説の、スーパーサイファ人。カッパーは半ば呆れながらそう思う。

 「うああおおおああああああ!!!」一歩、踏み出す。床に足がめり込む。バリバリに砕けて膝のあたりまで埋まる。「くうそったれえ!」埋まった足の不自由さが気に障り、気の嵐がさらに2倍に膨れ上がる。単位空間あたりの飽和気量を超え、行き場を失った膨大なエネルギーはプラズマとなって爆ぜ飛ぶ。

 「うわ! スーパーサイファ人2……!」

 「なんだよ栗林、スーパーサイファ人2って」

 「いや、なんとなく、降ってきた、言葉が」

 「なに降らせてんだよー栗林ー」

 「お、おれのせいかよ」

 カッパー達の抜けた会話を無視して、ベリリウムはそこそこ深い川を渡るように、膝で床を砕きながら掘り進む。そしてついに部屋の中央に達し、重力増幅停止ボタンを押下する。

 「っらあっ!」超重力から解放され、瞬時にスーパーサイファ人2のままドアに突っ込み、破壊しながら青間を探す。どこだ、どこだ、青間の気、微かに感じる……。座り込んでる? ベリリウムはいつのまにか覚えた舞空術で通路を飛び、青間のところに到着する。

 「無事か、青間!」

 青間は応えない。

 口を真一文字に結び、研究所内に持ち込んだベリリウムの小型宇宙船に繋いだパネルを一心不乱に叩いている。

 「あ、青間……?」

 あっ、と青間が声を上げる。放心し、力が抜けたように座り込んだ。「ああぁそうかそうかなるほどなるほどなるほどなるほどぉそういうことかうわぁなんだそうかそうなのねそういうことっすかうひゃあマジで?マジでマジでマジでマジで?マジだこれうわぁそういうことかようわぁあうっひゃああっちゃーマジかねぇねぇべりりん大変だよわたしわかっちゃったよブロミンのことわかっちゃったわたし、あっちゃーだよこれ聞いてみ?」

 「うん」

 「君たちやっぱなにかに狙われてるんじゃないの?一部意図的に改竄されてたよ宇宙船のナビのコード。でさ、ほれ、これ見てみ?わかる?これ、ほら、とんでる。ねぇ、わかる?ここが君たちの惑星ベリリウムで、ここが地球、ほら、とんでるでしょ?」

 「え、ちょ」ベリリウムは言葉を失う。とんでる、たしかに、とんでる。「え、なにこれ、マジ?」「マジよマジ」「うわーマジかー、え?これどうなってんの?」「どうもこうもないよ、これ、見なよ、とんでるでしょ」「うん、とんでる」「でしょ?とんだんだよ、君たち」「とんだ」「そう、とんだの」

 それは確かにとんでいた。ベリリウムを地球まで運んだ小型宇宙船に記録されていた航路、惑星ベリリウムから地球まで時空の歪みに沿って微妙に曲がりながら結ばれた線は途中で途切れ、地球のすこしまえで再開していた。

 「え?つまり、どういうこと?」

 「つまりね、べりりん、ブロミンじゃなくて君たちなんだよ、ブラックホールに呑み込まれたのは」

 「え、俺たち?」

 「そ、君たち」ベリリウムに向けた人差し指をそのままつんと鼻に当てる。「宇宙船のナビのプログラムはほんの一部だけ、ブラックホールを避けるんじゃなくてむしろ向かってくように改竄されてた。たぶんカッパーくんのほうもね」

 「でも俺たち生きてるぜ?」

 「そうだね」君が生きててほんとによかった、とでも言うようによしよしとあたまをなでる。「そっから逆算すると、多分あったんだろうね――いまの地球の科学では証明はされてないけど――ホワイトホールが」「ホワイトホール?」「白い明日が待ってるぜ。そんでブラックホールとホワイトホールはワームホールでつながってる。早い話が、ワープしたんだよ、君たちは」「ワープ……」「瞬間移動だね。ホントこれどうやったんだろ。君の反応見る限り君たちの社会でも一般化された技術じゃないようだし……あ、でもアレだね、宇宙船のライブラリに載ってたけど、似たようなことできる宇宙人はいるみたいだね。ヤドラン・ラット?だったっけ?そんな名前の宇宙人。その人たちが瞬間移動するときも重力現象が観測されてるらしいし、そっからの着想だろうね、それにしても無茶するなぁ……」しみじみと言う青間を見つめながら、ベリリウムは状況が未だうまく理解できない。え、つまり、どゆこと?

 「つまりね」察した青間はさらに説明を加える。「ブロミンは殺されたのでも倒されたのでも無力化されたのでもないの」

 「というと……」

 「これから来るの、この地球に」

 「え!」

 「君たちはブロミンの1年あとに出発したみたいだけど、ブラックホールに突っ込んでワープしたから追い越しちゃったの。ざざっと計算すると――1年後だね、ブロミンが来るの」

 「1年後……?」

 1年後、やつが来る。サイファ人最強の戦士。フリータの命令でこの星を壊しに。やつが従うのはフリータだけ。俺やカッパーがなにを言っても任務を果たそうとするだろう……と、ベリリウムは思う。

 「戦わなきゃね」くびを傾けて、笑いかける青間。

 「俺が? あいつに?」ベリリウムの額にわっと汗が噴き出す。「勝てるかな、俺に」

 「勝ってくれないと、わたし、死んじゃう」

 「それは困るな」

 「でしょ?」

 ベリリウムは腹をくくる。やるしかない。

 「あ、どこ行くの?」

 「重力ルーム」

 青間は笑う。風に揺れる花のように。「いってらっしゃい」

 「おう」


 1年後、ベリリウムとカッパーはそこにいる。

 地球に、いる。

 青間と栗林18号と必殺ヒッコロとセロといっしょに、

 ブロミンがやってくるのを待っている。

 水槽や人間の腹に腕を貫通させるのが大好きで大好きで手のつけられないほどわんぱくだったセロとの戦いでスーパーサイファ人3に覚醒したベリリウムとカッパーに眉は無い。焦りも、恐れも。栗林には鼻が無い。

 全員が落ち着いて、夜空を見上げている。満天の星。そのうち一つが輝いてしだいにふくらみ、尾を伸ばしてこちらに向かってくるのをいまかいまかと待っている。

 彼らの静かなまなざしは、すでになにかに満たされているようでさえある。

 しかし彼らは知らない。

 まだ知らない。

 ブロミンが航行の途中で目を覚まし、きまぐれに自動操縦を解除してべつの星に立ち寄ったためさらにあと1年は待たなければならないことを知らない。立ち寄った星でブロミンはアイドルに目覚め、性転換手術ののち超銀河アイドルとなって大量の自立型同人誌の群れとともに文化侵略を企て迫ってくることを知らない。アイドルとなったブロミンは思いのほか綺麗で、可愛くて、カッパーが3次元派への転回を余儀なくされること、そう考えてみるとブロミンって名前もどことなくかわいいなってこと、危うく地球のすべてがブロミン一色に染まりそうになったところにドクター・エロによって女性型用パーツで全身改造された栗林がやべぇ超萌えるので辛くもブロミンとの文化戦争に勝利することを知らない。そして戦いのあと、1年後、青間たちはすべての原因――小型宇宙船のコードの改竄を、青間が開発したタイムマシンに乗って過去に戻って自分達が成し遂げなければならないことを知らない。

 なにも知らない彼らはそれでもあたかも知っているかのように信じている。

 こうやって笑ってれば、なんとかなるさと。

 

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