第04話 02
「……そういうわけで、これから卯月さんとお風呂に行くんだけど、ゴメンね、菜子」
私室でぼんやりとしている“菜子”に、おれは謝る。今晩は“菜子”のために時間を取れそうにないと。ちゃんとこの埋め合わせはするから、そう言を重ねる。だが反応が鈍い。足を崩して坐している“菜子”は、生返事で応じてくる。瞳の色も、今宵は何だか弱々しい。どこか調子が悪いのだろうか、心配になる。点検や整備は怠らずにしている、しかしいかんせん年代ものの車である。経年劣化による不調は避けられないのだ。
「どうしたの、菜子」
「う、ううん、なんでも」
「そう? 調子、悪そうだけど」
「そんなことないわよ? 至って元気」
「…………」
とてもそうには見えない。快活な“彼女”には不似合いな歯切れの悪さである。どことなく覇気も感じられない。やはり調子が悪いのかもしれない。
“彼女”を
「大丈夫よ、本当にどこも問題ないから」
「だったら――」
その言葉は遮られる。語り終えぬうちに、“菜子”が理由を開示する。わたし、ちょっとうとうとしてたから――、そう己が
「だからエンジンかかれば、すぐに良くなるわ」
「そう……?」
「うん。……それより歩美くん、卯月さん、待たせてるんでしょ? 早く行きましょ?」
そうだった。卯月さんはもう出発しているのだ。ただでさえ
“菜子”の肌は、金属のごとくに冷えている。機関が稼働していないので、当然といえば当然だ。だが得体の知れぬ不安は、なかなか払拭されない。“菜子”のことなら、おれもそれなりに熟知していると自負していた。それだけに予感めいたものを無視できない。いつもと様子がおかしい。それは紛れもない事実なのだ。
「もう~、歩美くんってば、心配性なんだから~」
意見はまったくの対立をみる。お互いの主張は平行線のままである。どちらかが折れて歩み寄らない限り、収拾がつくことはないであろう。……どちらが折れる側なのかは、明々白々であった。そう、 おれだ。当の本人が否定しているのだ、頑なに自説を貫く必要は皆無であろう。
なのでおれは、
「うん、分かったよ、菜子」
と、引き下がっていた。でも、
「ゴメンね、でも菜子が大切だから、こうやって心配しているんだからね」
付け加えることも忘れてはいなかった。
多感な“菜子”は一瞬、
「行こ、歩美くん。わたし、今日は、ここで良いわ。夜風に当たって涼んでいるから」
「うん、分かった」
「あと、屋根は開けないでね」
「えっ、どうして?」
「どーしても」
やれやれと“彼女”は嘆息する。隙あらば性的な活動に誘い込もうとするおれに、呆れた物言いで答えていた。
すごすごと運転席に身を沈める。仕方ない、菜子はまだ乗り気じゃないんだ。まあ、エンジン温まってきたら、また態度も変わるだろう、そう気持ちを切り替えて、通いなれた道へとおれはハンドルを切っていた。
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