ホシトリ

「ハナカイが泣いていた」


 音もなく隣に降り立った青年は言った。ホシトリは目の前の子どもから目を離せずにいる。少しの沈黙の後、漸く「そうか」とだけ答えた。


「白と黒。どちらが先だ」


 イロトリはそれ以上は彼女のことを口にせず、短くそう問う。彼に目をやると、彼はホシトリを見上げながら子どもを指差し、首を傾げた。


「この子どもだろう、色が流れ出しているぞ。絵の具を混ぜりゃあ黒になるのに、こいつの色は海のようだな。この前、海を見た。人間は海を忘れたから愚かなんだな」


「そうだな……」


 飄々とした彼の様子が悲しくて、ホシトリは瞬きをする。目の端でしらしらと星がちらついた。世の中の悲しみは余りに多く抱えきれない。だからイロトリには与えなかった。それが幸せだったのかそれともそれは彼の不幸か。ハナカイは不幸だと云う。悲しいから嬉しいのだと云う。白と黒は空ろだと云う。


「黒から頼むよ。この子どもに黒はもう十分だ」


 暗い兎小屋の隅で目を瞑る子どもの指先から色が溢れている。小さな体に収まりきらずに泣いている。その色水を踏んでイロトリが手を広げると、子どもは直にまっしろになって、そうしていつしか透明になるだろう。


 死の色は黒だ。けれどもイロトリの与える死は透明だ。透明であれば銀河の教会にゆける。そこにハナカイの望むほんとうのしあわせがあるのかどうか。行ったことなどないからホシトリには分からない。


「ハナカイに悪いことをした。この子どもには花がたった一輪胸の奥で咲いていたんだ、しかしハナカイはその花の名を知らなかった」


 踏みつけられた花は何故咲いていたのだろう。ホシトリにも分からなかった。イロトリは鼻で笑い、踵を返す。


「問うていたな、愛の意義を。愛がなけりゃあ生きられぬか、愛があるから生きられぬか。なんて面倒だ」


 気付けば彼はいなかった。ホシトリは少し佇んで、それからハナカイの元へ走った。抱きしめてやりいたいと思った。


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