(2)
アズウは、ひんやりとした感触に心地よさを感じながら眼を覚ました。見慣れた天井が飛び込んで来た。そこが自分の部屋で、今はベッドに寝ているのだと理解する。が、何故自分がベッドの上にいるのか、初め理解できなかった。「ああ、自分は気を失ったんだ」と、理解出来たのはそれまでのことがきちんと整理されて記憶出来ていたからだろう。
布団から手を出して額を触ってみれば、そこには濡らしたタオルが置いてあった。
タオルが落ちないように抑えながら横を見てみれば、ベッドの脇に椅子が置いてあった。さして広くないと思っていた部屋の中が、綺麗に片付けられ、自分でも驚くほど広くなっていたことには、ほとほとシエラは片付け上手だなぁ……と感心させられた。
元々家具らしい家具は置いていなかった。あるのはせいぜい頭の左上の壁の方にある洋服ダンスと、ベッドのすぐ横にある本棚ぐらいで、飾り気も何もないあっさりとした内装だった。が、散らかすときは散らかして、まとめて片付けるときは片付ける生活をしていた、アズウの読みかけだったり、仕事場に置ききれなくなったりした物や、作ったものを無造作に置きっ放しにしていたため足の踏み場もなかったものたちがきちんと片付けられ、それでいて、見てどこに何があるのか分かるように置かれていたなら、感心せずにはいられなかった。
きっと呆れられただろうな……と思った。後できちんと謝って、お礼を言わなければと思った。同時に、シエラが看病してくれたんだ……と思うと、いきなり照れくさくなった。
椅子は元々この部屋にはない。居間から持って来たのだということはすぐに分かった。つまり、シエラはここで付きっ切りで看病をしてくれていたということだ。たまに様子を見に来るだけなら椅子は要らない。故にアズウは恥ずかしかった。そして、嬉しかった。
誰かに看病してもらうなんて何年振りだろう? と、考えた。考えるだけで幸せな気分になった。ただ、肝心のシエラの姿がないことにアズウは首を少し傾げる。
何処に行ったんだろう?
行くにしても台所か庭先だとは思うが、何となく、早くシエラの顔が見たいな……と思っていると、まるで声が聞こえていたかのように部屋のドアが開いた。
「アズウ?!」
アズウが起きているとは思わなかったのだろう。ドアを開け、伏せがちだった視線を上げた先でアズウが体を起こそうとしているのを見たなら、抑える間もない様子でシエラは驚きの声を上げた。
「やぁ、シエラ」
額からタオルを取り、完全に上半身を起こしてアズウはシエラに向かって片手を上げた。
シエラは早足でアズウの傍まで来ると、椅子の上に水の入った洗面器を置き、自分は床に膝を突いてアズウの視線の高さに合わせた。
「もう大丈夫なの?」
その、心底心配している顔で覗き込まれたなら、アズウは内心で「やっぱりシエラって綺麗だなぁ……」と、シエラが心配していることすら棚に上げて思った。そんなことを考えていると知られたならすぐさま怒られるな……とも思うが、言わなければ分からないだろ。と、少しばかり悪戯心も芽生える。
何だか本気で心配してくれる人がいることが気恥ずかしかった。だからと言って、心配をかけるだけだと罪悪感も芽生えて来る。同時に、あまり間近でシエラの顔を見ていると照れて来る。故に、身を反らしてアズウは応えた。
「だ、大丈夫だよ。たぶん疲れが溜まってただけだから」
「本当?」
シエラはすぐには納得しなかった。
「本当だよ。沢山寝たからもうスッキリしているもの。心配かけてごめんね」
と、苦笑を浮かべて謝れば、ようやくシエラの顔にも安堵の表情が浮かんだ。
「そう。それならいいの。ずっと籠もりっきりで仕事場から出て来なかったから、アズウまで何かの病気に感染したんじゃないかって心配で心配で。
でも良かった。本当に大丈夫なのね?」
「うん。大丈夫。ミューズの病気は、元々伝染性はないものだから、僕に感染することはないんだよ。それに、特効薬ならもう出来ているし、万が一同じ症状が出たとしても大丈夫なんだ。それより一つシエラにお願いがあるんだけど」
と、前置きをすると、
「何? 私に出来ることなら何でも言って!」
シエラは身を乗り出して促して来た。
そんなシエラを微笑ましく思いながら、アズウが用件を告げようとした正にそのとき、
ぐぅぅうぅ…………
部屋中に、盛大に腹の虫の音が響き渡った。
「?!」シエラの眼が驚きのためまん丸になる。
アズウは自分のお腹を押さえながら、顔を真っ赤にして誤魔化し笑いを浮かべた。
「はは……。驚かせてごめん。お腹が空いたから何か食べる物作って欲しい。って頼もうとしたんだけど……いいかな?」
その瞬間、シエラは驚きの表情から一転して堪え切れないかのように吹き出すと、口元とお腹を押さえながら一頻り笑った。涙さえ浮かべて笑うシエラを見て、アズウは恥ずかしさを誤魔化すように、頭を掻いた。きっとシエラは笑い上戸なのだと思った。
「じゃあ、今から何か簡単な物を作って来るわね」
そう言って、嬉しそうな、楽しそうな様子で部屋を出て行くシエラの後ろ姿を見送って、アズウは再びベッドへ体を倒した。
シエラと同じぐらい、自分も嬉しくて楽しくて幸せな気持ちに胸が一杯になっていた。
見飽きて見慣れた天井を見ながら、何度となくシエラに出逢えて良かったとアズウは思い、浮かび上がって来る笑みを堪えることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます