第15話 協力体制
屋上に出た道春はあたりを見回す。屋上は弓香の魔法のおかげか、道春たち以外には人気がなく、四方を囲むフェンスがどこか物足りなさそうにガシャガシャ音を立てていた。
「よく集まってくれた」
道春は屋上に集まった人の顔を見ながら言う。それぞれがそれぞれの思いを顔に出していた。
弓香は自分が何で屋上に呼ばれたか分かっておらず、他の皆の顔をちらちらと見ている。美紅はいつも通りの感情に起伏のない表情。ただし、どこか嬉しそうな雰囲気をかもし出しているのが分かる程度には目もとが緩んでいる。理恵はなぜか満足気に道春に視線を送っている。まるで「よくやった」と言わんばかりのその顔に、道春は疑問を感じた。
(何で理恵がそんな顔を?)
一瞬気になったものの、数秒後にはまあいいかと気持ちを切り替えて、道春は美紅から聞いた話を弓香と理恵にしようと口を開く。
「ここに集まってもらったのは他でもない。皆には通り魔を大人しくさせるのに協力してほしいんだ」
「通り魔ですって?」
道春の発言に食いついてきたのは弓香だけだった。美紅が驚かないのはもちろんのこと、道春のいきなりの言葉に驚いている弓香とは対照的に、理恵も事前に美紅から事前に話を聞いていたのだろうか、平然とした様子で道春の話を聞いていた。
「ああ、通り魔だ。今はまだ活動していないが、ここ数日のうちにはこの町の人を無差別に襲い始めるようだな」
弓香の方を向いて道春は説明を始める。
……そういえば、美紅の魔法についてどの程度話していいのだろうか?
道春は口を止めて考える。
(まあ、特に口止めされたわけでもないから全部話してもいいか)
道春はそう判断し、言葉を選びながらまずは美紅の魔法について説明を始める。魔法について話すとはいっても、さすがに悲劇の内容などについては伏せた方がいいだろう。
「なんで保坂さんのことを下の名前で呼んでんのよ」
道春から美紅の魔法について話を聞いた弓香の最初の反応は、道春の予想を大幅に外れていた。道春は弓香のその言葉に道春は戸惑いを通り越して呆れすら感じる。
「え? そこに食いつくの?」
別に呼び方なんてどうでもいいじゃないか。
そう思った道春だったが、弓香の答えは否定だった。
「いや、全然よくないわ。いつからあんたたちそんなに仲良くなったのよ」
弓香の言い方から察するに、道春が知らないうちに色々行動していたのが気に食わないらしい。昔からずっと一緒にいて、お互いのことは何でも分かっていた分、よけい不安になったのだろう。気持ちは分からなくもないが、いちいち弓香に説明するのは面倒だ。
適当にごまかそう、と道春は言葉を選ぶ。
「なんなら梅宮のことも理恵って呼んでるけどな――」
……しまった。
だんだんとイライラが高ぶっていく弓香の顔を見ながら、道春は己の失策を悟った。話の流れは確実に面倒くさい方に流れていっている。
そんな空気を壊したのは請願の魔女の一言だった。
「……今はそんなことを話している場合じゃない」
その声に道春と弓香はそろって美紅の方を見る。これは、美紅が怒っているのか?
「あの、保坂さん? まさかお怒りなさっているなんてことは……」
なぜか敬語になっている弓香も、美紅のいらだった気配に言葉をしりすぼみにしてしまう。
「話の続きを」
美紅が道春を見て説明を続けるように促す。
本来は、当人である美紅が皆に説明するはずなのに、という言葉を飲み込んで道春は美紅の言葉に頷いた。
「えっと、美紅の魔法については話したから」
記憶を掘り起こす。
「美紅が過去に戻る原因になった通り魔事件についてか」
通り魔と聞いて不服そうにしていた弓香も姿勢を正して話に耳を傾けた。理恵は特に反応してないため、やっぱりこの説明は弓香一人にしかしていないようだ。
(そうと分かってたら授業の休み時間にやっておいたのに)
道春は今更言ってもしょうがない愚痴を心の中で叫んだ。
「通り魔について分かっていることを話そう」
通り魔が2日後に活動を始めること、右頬に傷跡があること、金森兵という名前だということを話す。金森が三春学園の生徒であることはまだ隠したままにしておいた。道春としては話さなかったことが原因で不幸なことが起こらないように願うのみである。
「これで知ってる情報は全部かな?」
美紅の方を見ながら確認のための言葉を口にする。その道春に美紅は首をふるふると振りながら、
「通り魔の使う魔法について言ってない」
「……そうだった」
一番肝心な箇所を伝え忘れていた。
「その通り魔は魔法使いだったな」
「なんでそれを忘れるんだ?」
理恵がじとっとした目で道春の双眸をとらえる。忘れていたものはしょうがないだろとアイコンタクトを取ろうとするも、理恵は道春が顔を向けた瞬間に目線をそらしてしまった。
「通り魔は魔法使いなわけね」
弓香が諦めたかのようにため息を吐きながら言う。道春は「ため息を吐くと幸せが逃げるぞ」と言おうとしたが、自分も心当たりが多くあったため、何も指摘せずに話を進めた。
「使う魔法は『ブッシツノショウキョ』。手で触れたものをこの世から削除する魔法だそうだ」
道春のこの発言に弓香は「ふんふん」と納得の表情を見せた。
「だから、保坂さんの未来では通り魔が捕まってなかったのね」
……弓香。その推理はすごいんだけど、今更なんだよなあ。
道春はそんなことを思いながら、朝に美紅から聞いた通りのことを得意げに言う弓香を、冷めた目で見ていた。
「とりあえず、対策は明日までに考えて来よう」
理恵が昼休みの話し合いの総括を言う。明日までと言う悠長な期限にしたのは放課後はそれぞれに予定があって集まれそうになく、予定をこなしている間は落ち着いて考えることも出来ないだろうからだ。
(美紅の話からすると通り魔が動くのが明後日だから時間的に余裕もあるしな)
そう思って理恵の言葉に頷いた道春に、横から弓香が話しかけてきた。
「言っておくけど、もし通り魔と対峙することになってもあんたは出てきちゃ駄目よ」
「何でだ?」
さも当たり前のように言った弓香に道春は疑問を投げかける。今通り魔に対策できるのは弓香、理恵、美紅、道春の4人だけだ。その中で唯一の男である道春が矢面に立つのはひどく当然のように思える。
少なくとも腕力で言ったら道春はこの中でトップなはずだ。
「だってあんた、喧嘩なんて出来ないでしょ」
「……そりゃそうだけど」
「それだったら『スコシノキセキ』を使える私が前に出た方がいいわ」
弓香がそこまで言った時、道春は弓香が言いたいことに気付いた。
(なるほど、俺が美紅のいた未来で通り魔に殺されているからか)
通り魔に殺された。つまり、不意打ちかどうかはさておいて、道春は1度通り魔との勝負に敗れているのだ。
次も負けるかもしれない。弓香がそう思っても全く不思議ではなかったし、普通だったら美紅のいた未来の焼き直しになってしまうだろう。
でも、
「いや、荒事は俺が引き受けた」
道春は弓香の目をまっすぐに見つめると、そう宣言した。
「何でよ。」
弓香が「あり得ない」と言いたげに道春を見る。
だてに昔から知っている仲ではない。道春には目を濡らしながら自分を見る弓香の気持ちがよく理解できた。
(全く。ありがたいことだ)
何のことはない。弓香は心配しているのだ。道春がけがをしないように、傷を負わないように。死なないように、後遺症を残さないように。
ともすれば自分が死にかねない状況になるのもいとわない弓香の心遣いに、道春は心の中で感謝する。それは今までずっとしてきた感謝であり、これからもしていくであろう感謝だ。
「大丈夫。死にはしないさ」
道春は表情を緩めながら弓香を安心させるように言う。
「なんでそんなことが言えるの? 保坂さんのいた未来では死んじゃってたのよ!」
ややヒステリックにそう叫んだ弓香。しかし、普通に考えれば弓香の言う通り死なない理由はない。普通に考えれば。
「思い出してくれ弓香。美紅が過去に来た時に願ったことを」
「えっと確か……『道春が通り魔に殺されないようにする事』だったな」
答えたのは意外なことに弓香ではなく理恵だった。
理恵の言葉に弓香が気付いたように顔を上げる。
「そう、その通り。そして『ガンボウノジョウジュ』の力でその願いが叶い、美紅は過去に来たんだ」
つまり、
「俺はこの時間軸で通り魔に殺されることがないっていうことだ」
魔法は物理現象の一つ上に存在している。その魔法の力で道春が通り魔に殺されない未来が約束されているのだ。
「な、安心だろ?」
道春は得意げな顔で弓香にそう言った。
もちろん道春は通り魔に殺されないというだけで、けがをする可能性は十分にある。そのけがが致命傷になることはないが、重傷になることはまだ考えられる。それを全て分かったうえで弓香は口を開く。
「通り魔に襲われたとしても、どうか道春が『キセキ』的に無傷でありますように」
屋上にチャイムが鳴り響くのと同時に弓香の右腕が青く光り、魔法の発動と昼休みの終了、ひいては5時間目の授業に遅刻したという事実を道春に伝えた。
+++++
放課後、道春は空手部に向かう弓香を見送った後、校内を散策していた。
というのも、
「家の鍵を忘れるなんてな」
今朝は美紅から話を聞くことに意識が向いていて、いつも学校に持ってきていた自宅の鍵を忘れてしまったのだ。しかも、そんな今日に限って母親とハクが連れ立って買い物に行ってしまい、2人が家に帰るまで道春が家に入ることが出来なくなってしまった。
「……30分くらい学校でのんびりしてから帰ってちょうどいい時間か」
道春は母親の買い物の時間を計算してそうつぶやいた。今道春がいるのは化学実験室や物理実験室が並ぶ三春高校3階の廊下だ。放課後という事もあり人通りが全くないが、人気がないわけではなく、教室の中では何かしらの部活が活動している声が聞こえた。
「また屋上にでも行くかな」
道春は密談をする関係上、最近になって屋上に通い詰めている節がある。もういい加減屋上には飽きたと感じ始めているが、放課後に校庭で部活をしている野球部なんかを見るのも退屈しのぎにはなるだろうと思い、道春は屋上に足を向けた。
――その瞬間、道春は廊下の曲がり角から見覚えのある人が出てくるのに気づいた。少し長めの黒髪と右頬にあるギザギザの傷跡。曲がってきた人物の特徴としてはこれで十分だろう。
「これはなんて『キセキ』だよ……」
そして、その人物と目が合う。会ったこともないのに見知った顔とは何の因果か、放課後の人気のない廊下で遭遇したのは道春を殺した張本人。――通り魔の金森兵だった。
金森は通り魔と言うわりに粗暴な印象は全く受けず、むしろ道春は金森の容姿から卓越した知性や理性すら感じた。
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