27皿目 朝練。

 サッカーの試合で、太郎の動きを見ていて気がついた。太郎はボールを怖がっている。

 強く蹴られたボールが飛んで来ると、身体をすくめて身構える。これではサッカーどころではない。

 「朝練だ!太郎!明日からやるぞ!とーさんが根性を叩きなおしてやる!」

 妻が心配を口にした。「大丈夫?時間とれるの?大変じゃない?」

「そんな心配は無用だ!太郎を鍛えるほうが大事だ!」

 心配する妻に対して、太郎はやる気満々だ。嬉しくてたまらない様子だ。

 夜勤が中心である私の帰宅は、大体が朝の6時半から7時にかけて、朝食は7時半からだから、6時半に帰宅できれば45分くらいは練習できる。ただ、妻が心配しているのは、私の体力のことだ。仕事で疲れて帰ってきて、そのまま朝練習。それは堪えるに違いない。しかしだ。ボールを怖がるようでは、サッカーなどやる資格はない。テクニックの上達よりも、根性をつける必要があると感じたのだ。

 翌朝、6時40分ごろに帰宅した。太郎は練習着を身につけてリビングにいた。私の帰りを今か、今かと、待っていたのだ。

「おかえり!早く行こう!」

 私は急いで着替えた。自転車に乗り、近所の河原に向かった。

 楽しいひとときを期待していた太郎の予想を裏切る厳しい練習が、始った。

 「びびるな!当たっても痛いだけだ!泣くな!そんなんで泣くならサッカーやめろ!腰が引けてる!びびりながらトラップするから痛いんだ!」

 私は太郎にむかってボールを放り投げ、それを胸でトラップさせる。当たる瞬間に、胸の筋肉を緊張させ、腰を落とせば、ボールは小さく弾んで、大して痛くはないのだが、ビビっている太郎は、筋肉が萎縮して、腰を落とせない。ボールの勢いをすべて受け止めてしまうのだ。だから、トラップした時の音が、バシィ、となる。

 ものの数分で太郎は息を切らし始めた。私はボールを太郎に向かって投げながら、厳しい口調で問いかけた。

「ボールは!?」バシィ!

「とっ、ともだち」胸で受けながら、弱々しく太郎が答える。

「当たっても!」バシィ!

「いっ、いたいだけ」苦しそうに太郎が答える。

「痛いのがいやなら!」バシィ!

「サッカーやめる・・・」喘ぎながら太郎が答える。

 この押し問答を繰り返しながら、胸でトラップする練習を続けた。

 「ううっ!」苦しそうなうめき声をあげて、太郎はついにしゃがみこんだ。間合いを計り間違えて、おなかでトラップしてしまったのだ。私は失望を隠さず冷静に言い放った。

「無理だな。これくらいで弱音を吐くようじゃ、続けられないな」

 それを聞いた太郎は、涙ぐみながら立ち上がった。父が鬼に見えたに違いない。

 太郎。よくぞ立ち上がった。えらいぞ。根性をみせたな。どうだ。とーさんが憎いだろう。太郎は私を睨みつけながら歯を食いしばり、次のボールを促した。

 その後、もう一度押し問答を繰り返し、練習を切り上げた。家に帰り朝食をとった。食卓の空気はいつもより暗いものになった。登校後に妻に聞くと、太郎は6時前に起き出して、わくわくしながら私の帰りを待っていたらしい。

 「意外と根性を見せたけど、明日は起きてないかもな」

 その一言で、練習が厳しいものであった事が、妻にもわかった。

 しかし、翌朝も太郎は起きて待っていた。この日もまた6時40分ごろに帰宅したのだが、太郎の様子は昨日とはまるっきり違っていた。覚悟を決めたらしい。腹の据わった良い顔をしている。その日の勤務はとても忙しく、私はヘトヘトに疲れていたが、太郎が根性を見せているのだ。朝練をしないわけにはいかなかった。私は自分の身体に鞭をいれて河原に向かった。

 その翌朝は、また同じ時間に帰宅したが、太郎はやはり待っていた。晩秋。朝の冷え込みが厳しくなってきた。私のひざが悲鳴を上げ始めていた。

 四日目。ついに雨が降った!やった!朝練は無しだ!

 五日目。太郎はベッドの中にいた。私は起こさぬようにそっと玄関のドアを閉めた。朝練は、無事、三日坊主に終わった。

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