第21話




 実技テストの最注目の総真は最後は斗真が攻撃を外して総真が勝利した。

 観客の大半はその結果に隠された事実に気づく事はなかったが、総真の勝利を言う結果に歓声を上げた。

 最後は美雪が火凜を相手に魔法を使って実技テストを行うも、総真を目当てに来ていた観客の興味も無くなり、実技テストは大きな問題なく終わった。

 穂乃火と戦い負傷した結愛も怪我は大した事は無く、医務室から出て来た。


「本郷さん」


 医務室から出て来た結愛を穂乃火が呼び止めた。

 穂乃火は少しバツが悪そうにしているが、結愛も自分を医務室送りにした相手とここで会ってもどういう対応をすればいいのかは分からず、身構える。


「先ほどは済みませんでした」


 穂乃火は勢いよく頭を下げた。

 結愛も予想外の事態に呆気に取られる。


「貴女を見くびり過ぎました」

「いや。まぁ……」

「いえ……その気になれば何もさせずに勝てたと言うのに、私が侮り手を抜いたが為に辱めてしまいました。それは炎龍寺家の娘としてあるまじき行為です! 心より謝罪します!」

「ああ……うん」


 穂乃火は再び深々と頭を下げる。

 穂乃火に悪気はないのだと言う事は結愛にも分かっている。

 実際、穂乃火が本気を出してからは結愛は何も出来なかった。


「アタシの方もアンタの事を正直舐めてた」


 結愛もテストの前までは穂乃火は総真に比べれば大した事は無いと思っていた。

 実際、穂乃火の実力は総真に遠く及ばないが、それでも結愛よりは遥かに強い。

 それもその筈だ。

 総真を誰よりも近くで見て来たのは他でもない穂乃火なのだ。

 圧倒的な才能と実力で炎龍寺家次期当主としての座を不動として来た総真とは生まれた時からの付き合い、幼少期からその才能を誰よりも穂乃火は見て来た。

 そんな総真の背を見て来た穂乃火は自分で思っている以上に同年代では実力を持っている。


「この怪我も大した事は無いし、アタシがアンタよりも弱かったせいだから気にすんなよ」


 元々、結愛の体は頑丈だった事もあり怪我は大した事は無い。

 怪我を負った事自体、結愛が穂乃火よりも弱かった事で負ったとも言えなくはない。

 

「……分かりました。それでは」


 穂乃火も多少は納得が行かないようだが、これ以上の押し問答をしても無駄と判断して引き下がる。


「っても結構へこむな」


 穂乃火が去って行き、結愛は壁に背を預けてそう呟いた。







 実技試験も終わり、生徒達はようやく目前に迫った夏休みを楽しみにする事が出来るようになった。

 試験も終わり日が沈むころ、寮の中庭で晶は日課の素振りを行っていた。

 試験でライラと当たり敗北した。

 内容で言えば、負けはしたが決して悪くはないが、晶としては全力を出して負けたと言う事実は大きい。

 決して油断もミスもなかった。

 それでも負けたのは単純に晶の実力がライラに届かなかったからであると晶自身自覚している。

 

「はっ……はっ!」


 自然と木刀を振るう力も強くなり、普段通りの素振りをしようと心がけるも余計に乱れる。


「……駄目だ。こんなんじゃ」


 心が乱れていることも自覚し、晶は一度素振りを止めて息を整える。

 

「試験の後なのにずいぶんと気合が入ってるな」

「……やぁ。結城君」


 斗真に晶はいつも通りの笑みを浮かべるも、どこかぎこちない。


「俺も一緒しても?」

「……構わないよ」


 晶は予備の木刀を斗真に渡す。

 斗真は晶に並ぶと木刀を構える。


「分かっていたけど……強かったな。炎龍寺の奴」

「当然だよ」


 二人は並んで木刀を振るう。


「本来ならばあの人の傍に自分なんて必要がないんだよ」


 そう言う晶はどこか思い詰めたような表情なのは斗真も横目で見るだけでも分かった。


「それでも自分を傍に置いているのはあの人の情けに過ぎないからね。だからこそ、自分はあの人の行く手を遮る敵を全て切れる剣でなければならないんだ」

「そう言う奴には見えないけど…」

 

 斗真の見る限りでは総真は情けをかけるタイプには見えない。

 

「結城君はあの人との付き合いが浅いからそう見えるだけだよ。若様は一件非情に見えるけど、本当のあの人は優しい人だよ」


 総真との付き合いは晶の方が長いが、斗真にはどうしても総真が晶の言うような人物には見えない。

 しかし、晶の言うように総真との付き合いは殆どない。

 同じクラスと言っても班も違い話した事も殆どなく、端から見た印象でしかない。

 実際に親しくなれば違うのかも知れないと結論付けた。


「……だからこそ、こんなところで躓いている訳にはいかないんだ……」


 晶の呟きはただ木刀を振るう事に集中していた斗真の耳に届く事は無かった。






 斗真と晶が木刀を振るう中庭を総真は自室の窓から見下ろしていた。

 その手には携帯電話が握られており、どこかに電話をしているようだ。


「ああ……やり方はお前に任せる」


 総真はそう言うと電話を切る。

 すると、何者かが総真の部屋を訪ねて来たようでドアがノックされる。


「……兄さん。少し良いですか?」

「ああ」


 総真が短く返事をすると、穂乃火が少し遠慮がちに入って来る。

 昼間の試験で総真に厳しい指摘を受けた事でが後を引いているのだろう。


「何だ?」

「……晶君の事です」


 穂乃火は意を決して話し出す。


「昼間のテストで負けて思い悩んでいるようです。兄さんの方から何かアドバイスをお願いしても良いですか?」

「その必要は無いだろう」


 穂乃火の願いを総真は一切考える事も無く、そう切り捨てた。

 穂乃火が食い下がろうとするが、それよりも早く総真が口を開く。


「お前とは違い晶は実力の全てを出し切って負けた。ならば、晶の取る事は一つ。ただ振り続けるだけだ。これまで行いが全て無駄にならないように自分を信じて振り続けるしかない」

「それは……そうですが」


 穂乃火も総真の言う事は分かっている。

 恐らくは晶自身もだ。

 だが、穂乃火の言うアドバイスは技術的な物は重要ではない。

 大した事ではなくても、総真が晶に一言かけるだけでも晶は報われる。

 それは自分がするよりも総真がした方が効果的だ。

 

「話しはそれだけか?」


 穂乃火にはこれ以上、総真を動かす理由は用意出来ない。

 総真はこれ以上話す事は無いようだ。


「はい……」


 穂乃火も食い下がれない以上は素直に帰るしかない。

 総真の部屋を出て、総真の部屋の扉を眺める。


「……自分を信じる。それは誰もが兄さんのように出来る訳ではないんですよ」


 穂乃火の言葉は総真に届く事は無い。

 入学して初めての実技試験が終わり、それぞれの生徒がそれぞれの想いを抱く事となる。

 そして、多くの生徒が待ち望み心を躍らせる夏休みが始まる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る