第30話 焼き増しの風景

マンションには戻らず、僕は寄り道をして帰った。この街の暮らしを改めて見つめるためだ。新しいポロシャツに新しいジーンズを履いて、そんな感謝をありがたく思いながら自分の足で確かめる。この街の地面に足跡をつけたかったから。緩やかな坂道が多い街、伊勢佐木町には昔から住んでいる人々が多かった。隣の桜木町に野毛山という昭和初期の風情が残る街並みもあった。飲屋街から飲食店に風俗街と、この街の縮図が造られている。僕は一歩一歩地面を確かめるように、街の隅々まで歩き始めた。


レトロな雰囲気のある飲食店で、昔から住んでる人々が昔から変わらぬ姿で、昔から住んでる人々と変わらない群衆を漂わせている。僕の知ってる人はいないかもしれないが、セピア色の写真を見た時、不思議と感じる懐かしさに似ている。不思議な感覚で、変わらない街並みに懐かしさを心に思う。


もしかしたら焼き増しの風景が、何度でも時代を生きているかもしれない。山川さんが収集家と呼ばれるのも、焼き増しのように時代の風景を集めているからだ。僕がそんな事実に辿り着いた時、ある女性の存在を知ることでもあった。戦後から戦前の焼き増しされた風景に生きた女性。


その女性の名前はメリーさん……


僕がメリーさんを知るのはまだまだ先だけど、きっと僕も焼き増しの風景に、自然と一緒になって、なんら変わらない自分と生きた年月を現在いまと知るのかな……と。



僕がメリーさんの行方を追い求めた年、変わらない街と焼き増しの風景が重なる今を生きているのだろう。

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