第17話 約束事

食事は必ずしっかりと取りなさい。どれだけ忙しくても食べなさい。それが生きることでもあり、知恵を身に付ける為の大切さなのよ。


用意された料理を食べる僕に、美琴さんはワイングラスを差し出した。「未成年だからって、ワインの一杯、二杯は大丈夫よ」と優しい声で言ってくれた。僕は頷いて、ワイングラスに口をつけた。すると美琴さんは、これからの生活について説明をした。服は毎日、綺麗に洗った服を着ること。一度でも袖を通したら洗濯カゴへ。洗うのは私の役目だから気にしないでと言う。僕の着る服もこれから用意してくると。仕事終わりは、必ず一緒に帰るようにも言われた。つまりいつ何時なんどきも、このマンションに帰る時は行動を共にするというわけだ。


「夕飯も作ってくれるんですか?」と僕は訊ねた。


「心配しないで、夕飯の準備はいつだって前の日に作ってあるから。僕ちゃんが今食べてるのも、昨日のうちに作ってあるのよ」美琴さんはそう言って、二杯目のワインを注いだ。


そんな約束事を聞いた数日後、僕がマンションに住んでる間、美琴さんが夕飯の下準備をしてる姿に出くわしたことはなかったーーと後に思うのだった。僕の中で、美琴さんは永遠に謎な女性ひと。それは生涯ずっと謎でもある。彼女はいつも僕の食べる姿を見届けてから、狂いのない行動をしていた。ワインを二杯飲んで、浴室へと姿を消す。それが彼女の決まりであって、規則的な生活だった。彼女からはいつも生き方を教えてくれたような気がしていた。それは自分自身でもあると、彼女自身は言っていた。どんなに忙しくなっても生活を乱すようなことは、自分自身を滅ぼすとも教えた。疲れを癒すのは食事であり、生きる全ての蓄えでもあると……


「だからね、僕ちゃんは規則的に生きるのよ。それが自分を見失わないことだから……」


ワイングラスをテーブルに置いて、彼女は浴室へと向かおうとした。そして去り際に、僕の耳元へそっと囁いた。


「最後の約束を聞いてーーわかった。それが一番大事な約束で決まり事なのよ。必ず守ってね」と言ってから、美琴さんは浴室へと向かった。



そのあと、僕の耳に真夜中に流れるシャワーの音だけが聞こえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る