25:返還法

 ファリーの屋敷から王宮へ戻る頃には、明け方になっていた。

 アルフォンは執務室で仮眠をとり、朝食を簡単に済ませ、普段はいかない部屋へ向かった。

 その部屋には普段誰も近寄ろうとしない。

 アルフォンの執務室と同じ階にあり、さらに王宮の奥にある。王宮の奥で使っている部屋は一部屋しかなく、その一部屋へ訪れる者は皆無に近い。

 王宮では場違いな、質素な品のいい色をした木で作られたドアを叩く。

 ドアが開けられ、部屋に入った。

 室内は日の当たりの良い部屋にもかかわらず暗い。窓に分厚いカーテンが引かれて外からの光を遮断していた。

 部屋の中央に置かれた大きなベッド。

 アルフォンが使う天蓋ベッドよりも一回り大きく、カーテンは開けられていた。

 珍しい銀色の長髪に、新緑の瞳をした少女がちょこんとベッドに座り、広げた本を閉じて久しぶりの来訪者に微笑んだ。

「お兄さま」

「グレース、久しぶり」

「お久しぶりです」

 アルフォンの二番目の妹で、第三皇女のグレースは、日中をベッド上で過ごし、ベッドから出ることがない。

 ベッドからはなれられない彼女の身の回りの世話を侍女が一人でこなしている。

 ベッドサイドに椅子が準備され、座る。

「あまり来られなくて悪いな」

 部屋に来られていないことを謝った。フィリアルの召喚術が頻繁になり、後処理に振り回されてグレースの部屋に訪れることができなかった。

 以前訪れたのは二回前の召喚術が行われる前日だった。

「気になさらないでください。お忙しいのですから」

 普段来客がないグレースにとってアルフォンが部屋に訪れてくれることがなによりもうれしい。

 知っているが、なにかがないと執務の合間に足を運ぶ気になれなくて来られていなかった。

「今日は悪いが、聞きたいことがある」

 グレースがうなずき、続きを促される。

 用事があってきた。それだけでもいいと表情が訴えているような気がする。

「母上が異界より人を召喚した。還す方法を探している」

「先日、膨大な魔力の流れを感じました。何が起きたのかと不思議に思っていたんです」

 グレースは魔法の力を感じ取ることができる。アルフォンよりも母に流れる魔法使いの血を強く受け継ぎ、兄妹の中で魔法を操る力が強い。

 その影響で、髪の色が銀色に染まっている。

「異界の方を喚ばれたなんて……」

「そうだ。妙な格好をしていた。それと知らないどこかの国名を言っていた」

「お兄さまが知らない国なら、間違いないですね」

「その場にいた。魔方陣をみればわかるかもしれないと前に言っていただろう? 記憶をみてくれ」

「みてもいいのですか?」

 ためらいがちにグレースが確認する。

 記憶はその人の大切な思い出。人にそう見られていい気はしない。

 手で覚えている限りを描くよりも、直接、覚えている記憶をたどった方が早い。記憶をたどる魔法は難易度の高い魔法になり、フィリアルを含む兄妹の中で扱えるのはグレースのみだ。

「それ以外の記憶はみるなよ?」

「もちろん、承知しています」

 グレースの手には一枚の紙切れが置かれた。グレースの小さな手より一回り大きなその紙に躊躇わずにアルフォンは手を重ねる。

 紙を媒介にして記憶の一部を術者のグレースがみるのだ。

 グレースが瞳を閉じる。言葉が発せられ、手と手の間に挟まれた紙から橙色の光がゆっくりと放たれ始める。

 グレースが召喚されたときの記憶をみはじめたのだ。グレースにはっきりと記憶を伝えるためにアルフォンも、目を閉じた。


 記憶の一部をのぞいたグレースは一息ついてアルフォンの手を離す。

 グレースがみたかったのは描かれた魔方陣だった。

 フィリアルがどのような紋様を描いたのか確かめた。

「お母様は返還法を魔法陣に組まれています」

 召喚術は必ず、召喚したものを還すときを組み込まなければ発動しない。

 召喚されたものは本来の場所へ還らなくてはならない。

「それでその方法は?」

「方法ではありません。これは……」

 言いよどむグレースに続きを促す。無関係な人を元の場所へ戻せるのなら教えてほしい。

「いえ、これも一種の返還方法なのかもしれません。お母さまらしいです」

 グレースは否定したことを覆して、さらに、フィリアルらしいとは一体どんな方法なのか。

「召喚対象者が心の奥底で真に帰りたいと強く願った時、帰れることができるようになっています。ただ……」

「なんだ」

「召喚された当人が、帰れる方法を他人から教えられたとき、これは無効となります。心から帰りたいと声に出して言ったとき、初めて叶えられる。その方法はこの世界の人とかかわっていけばいくほどに、そして誰かが、召喚されたものに好意を抱けば抱くほど、薄れていきます。早くしないと帰れなくなります」

 フィリアルらしいと言った方法は、確かに彼女らしい。客人を丁重にもてなせば、自然とこちらの世界の人間とかかわっていく。さらに、帰りたいと思わせなければ、返還の期限が過ぎていく。

「ややこしいことをしてくれたな」

 とてつもなく厄介な返還を組み込んでくれた。

 それはとても難しいものだった。

 召喚された本人が強く願わなくては、かなわない。

 教えられて願えば無効。もう還ることはできない。

 逆に、心から強く還ると願えば、魔方陣が発動する。

 悠長にゆっくりとしてもいられない。

 てっとり早く還せる方法。

 どうすればいいのか。

 アルフォンが実践できる方法は一つしか思い浮かばなかった。

 優しさは不要だ。

 冷たく、冷淡に、突き返す。美衣歌が心から帰りたいと、強く願わせる。そうすれば、きっと。

(還してやる。どんなに嫌われようとも)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る