第41話 合流するアナーキスツ
シィプが荷物を持って岩手家を訪れたとき、それを出迎えたのはメガネをかけた美人のメイドだった。
シィプのことは事前に知らされていたのだろう。そのメイドは、ついに現れた来訪者に対して愛想笑いを作ろうとする。
その笑顔は、やたらぎこちない。経験値の浅さを数秒で露呈している。
――まあアイツのメイドならこんなものでしょうね。
自分のことを棚に上げ、シィプは鼻から溜息を出す。
「始めまして。奈良家のメイド、シィプ・ナラです」
「あ、えと。存じ上げております。中へどうぞ」
敬語も使い慣れていないようだ。つっかえつっかえといった調子の話しぶり。
更によく観察してみると、メイド服を着こなしていない。リンゴもそうだが、着慣れない服を着た人間独特の『着せられている感じ』が消えていないのだ。
経験が浅いなんてものではない。新人メイドだ。
どこから誰に刺されるかわからない状況下で、よくも新しい人材を雇えるものだと呆れかえる思いだった。
「楽にしてていいですよ。私はただ、荷物を運び込みに来ただけですから」
シィプがそう言うと、新人メイドは目をパチクリさせる。
その後、肩を落として嘆息を漏らした。
「……そら、バレるわな。慣れないことするもんじゃねェわ」
「いやちょっと楽にしすぎですよ」
「言ったことには責任を持つもんだ」
流石にここまで力を抜かれるとは思わなかったのだが。
しかし促したのはシィプの方だ。これ以上、なにも言うまいと口を閉じる。
シィプは新人メイドに連れられるまま中に入り、モダン趣味の内装に目が眩む。個人的な趣味としては、やはり奈良家の色合いの方が好きだと再確認した。
メイドは名を影子というらしい。他にも二人のメイドがいるそうなのだが、そちらは手を離せない用事があるとかで、紹介が遅れるということだった。
都合がいい、とシィプは頬を緩ませる。
影子はたどたどしいながらも三人の宿泊室の位置を確認させ、岩手家にいる内は自分たち三人のメイドが世話をすると説明する。
シィプはそれを話半分に聞き、三人の部屋に荷物を設置してから、世間話のように影子に訊ねた。
「ところで、スバルさんは今どちらに?」
影子は無警戒に答える。それがどんな大事件を起こすのかなど、まったく考えもしない様子で。
◆◆◆
一時間後。
遅れてセンジとリンゴが岩手家に到着する。
インターホンを鳴らすと、出てきたのはずんぐりむっくり体型で化粧の濃い中年のメイドだった。
「奈良家次期党首、奈良センジ。到着したわ」
「はいはい。存じ上げております。ささ、中へどうぞ」
ニコリと自然な笑顔を浮かべたメイドは、華麗な所作で二人を家に招く。
おお、とリンゴは感心した。彼女はメイドとして完成されていたからだ。笑顔、動き、何から何まで自然すぎる。
メイド服もこれ以上ないほどに着こなしていた。従者としてのレベルは、リンゴとは比べ物にならない。
「頭痛薬でも用意しましょうか?」
ふと、二人を中に連れながらメイドがそんなことを言う。
方法は不明だが、彼女はセンジの体調が良くないことを、この短時間で察したらしい。
まだスタングレネードの効果が抜けきってないのだ。
センジは一瞬だけ不快そうに眉を動かした後、社交的な笑顔を作る。
「お気遣いありがとう。でも大丈夫よ。大したことないわ」
「出過ぎたマネをしました」
謝罪を口にし、案内を再開する。
宿泊室だと案内されたそこは、一つの大きな部屋だった。中には家財道具一式と、ベッドが三つある。
「え? あれ? 奈良家の人間、ここで寝るの? 全員?」
「私の希望よ。何か文句あるかしら?」
センジは目を点にするリンゴを一刀両断。
その後、部屋に運び込まれている自分たちの荷物を見て『あら』と声を漏らした。
「……シィプはどこ? 先に挨拶に来てるはずだけど」
「オホホ。挨拶、ね」
中年のメイドは笑いながら、妙に含みのある調子に言う。
「それにしては、ちょっと礼を欠いてましたね」
センジには、それだけで充分だった。
先に来たシィプがどんな無礼を働いたのか、すぐに想像が付く。
センジの様子が変わったのを見て、リンゴもすぐに連想した。
シィプはスバルのことを、とにかく毛嫌いしていたのだ。それも冗談抜きで殺したいほどに。
だが、センジから飛んだ質問は、リンゴの発想とはズレたものだった。
「シィプは無事なの?」
意外だった。リンゴはてっきり、スバルの心配をするものだと思っていたのだが。
その困惑を視線から感じ取ったセンジは、やれやれと首を振る。
「スバルは殺せないわ。ギリギリのところで確実に逃げるヤツだもの。危ない賭けはしないし」
「でも先輩が負ける姿も想像しにくいんだけど」
「ええ。負けてませんよ」
にっこり笑ってメイドは言う。
「勝負になりませんもの。三対一だと、ね。彼女はメイド総出で拘束させていただきました。失敬をお許しくださいな。ご主人様が起きて、どう処遇するかを決めるまでは、彼女はこちらで預からせてもらいます」
「なっ!?」
リンゴは絶句するが、センジはやむなしと頷いた。
「しょうがないわね」
「しょうがないの!?」
「まあスバルなら、そうそう悪いようには扱わないでしょ。それに、自分の立場を忘れて、協力者の代表に攻撃をしかけるなんて。普通なら正当防衛で殺されても文句言えないわよ。生かされてるだけマシでしょ?」
極論じみているが、確かにセンジの言うことにも一理ある。
リンゴはひとまず、それで納得することにした。
しかし、今でも信じられない。彼女の言うことには三人がかりとのことだが、だからと言ってシィプが拘束されるなどと。
彼女は決して弱者ではない。一体何が起こったのか知る由もないが、不気味な恐怖感を覚える。
センジは眉間の皺を伸ばし、中年のメイドに向き直った。
「……なるほど。シィプを家に招き入れる気になったのは、こういうことね。他の二人の顔も見てみたいわ」
「オホホ。どちらも私より可愛い子ですよ。なんなら今、お呼びいたしましょうか」
「そっちはまた今度改めて。今は、あなたの名前が気になるわ」
「おや。申し遅れました」
中年のメイドが恭しく頭を下げた。
「岩手家のメイド長を務めさせていただいてます。岡山桃と申します。以後、お見知りおきを」
やっとメイドの名を知ったセンジは、ゆっくりと願う。
「岡山さん。うちのメイドが迷惑をかけたこと、心から謝罪させてもらうわ。こんなことを言うのはおこがましいとは思うけど、あまり悪いようにはしないでね」
「それはもちろんでございます」
桃はゆっくり頭を上げ、その顔をリンゴの方へと向けた。
「失礼ながら。リンゴさん、とはあなたのことでしょうか」
「え? ああ、はい」
急に話しかけられたため、面食らう。
桃は笑顔で続けた。
「二つ、伝言がございます。一つ目に、シィプさんから『会って話がしたい』と。二つ目に、テスカさんから。これまた同様に『会って話がしたい』そうです。モテモテですわねぇ? オホホ」
「はあ……」
そんなバラ色の展開が期待できる相手かどうかは甚だ疑問なのだが。リンゴは一応、気のない返事をする。
しかし、センジは噛みついた。
「ちょっと待って。あのテスカって子のことはひとまず置いておきましょう。シィプは私に何か言ってなかったの?」
「合わせる顔がないそうです」
「……あんにゃろ、完璧に舐めてるわね。今度会ったら脛を蹴ってやる」
センジはシィプの粗相のことを、そこまで気にしていないようだ。
ぷりぷり怒り、往復で蹴る動作を繰り返しているが、深刻さは感じられない。
「それで、どちらの方を先に済ませます?」
桃の問いに、少し悩んでからリンゴは答える。
「先輩の方に行くよ。やっぱり心配だしね。お嬢様から、なにか伝言はある?」
「次にヤンチャするときは私と相談してからねって言っておいて」
「了解」
リンゴもシィプから訊いておきたいことがある。
一体シィプはどのように制圧されたのか。それを知っておかないことには、この家が信用に値するかどうか、わからない。
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