第52話:前向―Simileco―

 海水の飛沫が暴れる。久々に海を襲う嵐かと言えばそういうわけではない。その原因は海のほんの少し上で戦っている二人であった。


「ぐぅっ!?」

「ほらほらぁっ!!」


 海面をホバーで疑似的に駆け出すように動く二機のギアスーツ。一機は青色を基調としたこの時代の量産機であるカルゴで、終始圧倒されているように防戦の一方だ。

 もう一機は紫色と銀色を基調とした次世代型のギアスーツ、ミスティアであり、先程から攻撃に転じようとするカルゴに対して、その卓越なる反応速度でその攻撃を攻撃で防いでいた。

 まるで遊ばれているようにも見えてしまうこの光景だが、これでも早朝から比べるとマシになった方なのだ。最初の頃は近接戦闘に持ち込む事すら難しかった。決闘モードは少しオーバー気味の判定をするので、重傷ではなくても負けとなる。これまでは攻撃を躱すよりも装甲に任せて受け止めていたのだから、まずはその危険な認識、癖を改めさせられていた。

 お互いのヘルメットのディスプレイに時間終了のベルが鳴り響く。鳴り終わると、これまで二人が纏っていた殺意にほど近い緊張感がほぐれて、青のギアスーツの主、ニーアは大きな溜め息を吐くのであった。


「また一度も攻撃が当てられなかった……」

「まだまだ甘いっすね」


 しょんぼりするニーアに、紫色の機体の主、ユカリはバイザーを開きながらもそうキヒヒと笑った。このような決闘を朝から行っているのは、ニーアがスミスが機体を作っている間にも自分で出来る事を探していた。そして回復したヒューマからトロイド博士の戦艦にいるユカリという女性との決闘を提案されたのだ。

 ヒューマが勧めた通り、彼女は強い。ヒューマ達と戦っていた聞くぐらいだから強いのは当たり前だが、ヒューマ達の強さが特化的強さなら彼女の強さは万能的強さなのだ。ミスティアというまだ試作段階で至る所が不完全であるのに関わらず、その性能以上を引き出しているのは彼女だからだろう。


「でも最初に比べると踏み込みにパターンが増えたっす。こっちの攻撃を受け止めて躱す事も出来るようになっているっすから、後は詰め込みっすねぇ」

「あの、もう一回お願いします!」

「いいっすよ~。さぁ、もう一回っす!」


 何度も決闘を行うのは、ニーアの足りない経験を補うためだ。たった数日、数週間の事で経験なんて補えるわけがないのだがやらないよりはマシである。それに、少なくとも思想改変は行えるわけで、以前まではワンパターンの攻撃もどうにか種類が増えてきた。成長は確実にある。

 再び数メートル離れる二人。ヘルメットに再び決闘モードを起動させて、息を飲む。


「ユカリ・クラリス、ミスティア、行くッすよー!」

「ニーア・ネルソン、カルゴ、いきます――――」」


 その掛け声と共に、二人は再び海面をホバーで叩き焼き前に駆けだした。



      ◇◇◇◇



 そんな二人の長い間の決闘を眺めていた男がいた。金髪で短髪、メガネをかけていて傍から見れば厳しい表情を浮かべる厄介者。この表情も十一年前に幸せを奪われてしまったから張り付いてしまった仕方のないものなのだ。一度失った者は取り戻せない。だから彼は、未だにその想いを引きずっている。


「トロイド博士」

「……ヒューマか」


 トロイド博士の戦艦に回復したヒューマがやって来ていた。遊びに来たのではなく、ヒューマが乗る予定のギアアーマーの視察も含めてだ。だがそこで、早めに黄昏れている男がいたから近づいて声をかけたに過ぎない。


「あの少年は良く動く」

「ニーアは真面目だしいいやつです。悩みが多い所があの人を思い出しますよ」

「そうかもしれないな。機体のカラーも相まって彼女を思い出す」


 ヒューマが失った大切な者をあの人と呼ぶ。彼が尊敬を抱く人物。もうこの世にはいない、ニーアと似ていると称される人物は、トロイド博士の義理の妹に当たる人物であった。

 普通であれば彼にこの話はタブーなのだが、ヒューマだけは許されていた。それは、彼女が唯一認めていた、もう一人の愛を与える相手だったからかもしれない。


「……君にあの兵器を使わせる事はさせたくなかった」


 トロイド博士は独りごちにそう切り出した。あの兵器――――ギアアーマーは彼が生み出してしまった過ちであり、そして二人にとっては因縁のある兵器だ。

 敵として現れるのはまだいい。しかし、現れてしまえばこちらも応戦せねばならなくなる。ギアスーツに対してギアスーツが有効であるのと同じで、ギアアーマーにはギアアーマーを使用するのが得策だ。

 それを、ヒューマに使わせる事は出来れば避けたかった。だが、現在の状況を考えればヒューマ以外の選択肢はあり得ないのもまた事実である。


「カナデを殺した兵器でも、あなたが正しく導けば切り札になる。俺はあなたを信じています」

「……君は本当に彼女に似ている。最後の日に、彼女が私に言ってくれた言葉と同じだ」

「彼女と同じところまで来た。そういう事にしておきますよ」


 義理の妹として愛した男と、尊敬を抱き部下として愛した男は、今は亡き愛されし思い人の話でしばしの沈黙を作った。失った者は同じ。だから、これ以上の言葉は必要はない。

 そうだからか、トロイド博士はヒューマにノートパッドを手渡した。ヒューマはそれを受け取り、その内容に目をやる。


「世界機構はアカルト議員とのコンタクトを根絶した。世界機構は彼を敵として認識したらしい」

「これで向こうは後ろ盾が無くなったと?」

「更なる組織があったとしても、世界機構ほどの組織との繋がりが無くなれば戦力の低下は免れないだろう。彼らが逃げ出さないうちに攻撃を開始する」


 海賊の拠点への海路は順調であり、ギアスーツとギアアーマーの開発の予定さえ間に合えば、あと一週間もせずに戦闘が行えるだろう。状況は確実に進んでいる。兵器開発の部分が思いのほかに順調なのも良い。トロイド博士が連れてきていた技術者が開発に協力してくれている事も要因となっている。

 だが、海賊の現状よりもヒューマにはその資料に書かれたある名前が気がかりで仕方がなかった。トロイド博士もそんなヒューマの様子を見て、軽く俯いて彼に自分の表情を見せないようにする。


「偶然、ではないだろう。必然、でもないだろう。運命の悪戯か。ふん、こういう表現はあまり使いたくはないのだがね」

「……あいつには教える気はありませんよ? あいつはやっと、前に進もうとしているんです」

「それでいい。真実は全て公にするべきではない」


 ヒューマはトロイドにノートパッドを返す。真実の一端を知った今、ヒューマにとってはその資料は頭を痛める物でしかない。

 男二人は気まずい空気の中、演習に勤しむ二人の戦士の様子を見守る。どうかこの真実が彼に伝わらないように。どうか彼の人生を狂わせないように。そう祈りを捧げるように。



     ◇◇◇◇



 そして、時は無情にも長い航海を終わらせようとしていた。海賊が張る包囲網の手前までに辿り着いたのだ。

 攻撃は翌朝の早朝。戦いの終焉を前にし、ニーア達は最後の準備を開始した。

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