第50話:自由―Meaning―
再びこの場所に戻ってくるのは抵抗があった。元々、無断で入り込んだ場所。あの時はヒューマが許してくれたから事なきを得たが、そんな立入禁止な場所に戻ってくるのはニーアだって間違いだと解っている。
それでも、生きる上での先輩から教えてもらった様々な自分の在り方を最後に確認したい。あの人にこの悩みを聞いてほしい。そう思っていたら勝手に体が動いていた。
だから、そこに彼女がいる事を考えていたほうが良かっただろう。
「あ……」
「……ニーア?」
ヒューマの部屋の目前まで近づいた時に、部屋から出ていこうとするツバキに姿を見つけられたのだ。思わず立ち止まってしまうニーア。ツバキが最初はきょとんとした表情であったが、何かを思いついたのか、ちょっとだけ表情が険しくなる。
バレてしまった。これではヒューマの部屋に入る事は難しい。そうニーアは焦りを感じていた中、彼女はゆっくりと口を開いた。
「ニーア。病人の前よ、廊下は走らない」
「はッ、はいィッ!?」
思ってもいない言葉に思わず仰々しいリアクションをとってしまうニーアであったがそれにびっくりしているにも関わらず、ツバキはニーアに対して人差し指を唇に持ってきて、しーっと彼の行動を諌める。自分が思っていた以上にうるさかった事を気付かされたニーアは、あ、あ、と焦りを見せる。
先程までの緊張感はどこへやら。ツバキはそんなニーアの様子に呆れるように溜め息を吐いた。
「ヒューマに会いたいの?」
「あ、え、あ、まぁ」
「もういいわよ。面会謝絶終了。でも夜だからあんまりうるさく、長居はしないでね」
ニーアにそう言い残してツバキは、おやすみ、と手を振ってそこを去った。実際は明日に面会謝絶を解くつもりであったのだが、ニーアが自分の夫を心配してきてくれたかと思うと、思わずオーケーを出してしまったのが真実である。ヒューマの身体は現在の時点ではほとんどが再生されている。ニーアがヒューマの秘密を知っている事を知らない彼女でも安心してヒューマに託せるのだ。
とはいえ深夜にさしかかる。ニーアに楔をさしておいたのだ。
ツバキが去り終えてからニーアはゆっくりとヒューマの部屋に入る。
「……粗方テルリが言っていた通りだぞ」
「まだ何も言ってませんよ!?」
ベッドに腰かけていたヒューマがニーアに座った目を向けて、思考を先読みして答える。ニーアは思わず突っ込んでしまうが、驚くにはまだ早い。
「暇なんでな。ホウセンカの管制室に入り込んでいた。おかげでテルリとの会話は筒抜けだ」
「えぇ……」
ヒューマは精神がデータと化している。なので、たとえその肉体が動けなくてもホウセンカの中でいさえすれば、ネットワークに入り込む事も可能なのだ。それで暇つぶしに人間離れの芸当をやっていたら、ニーアがうだうだと悩んでいたのを見つけ会話を聞いていた。
ニーアは、ヒューマのその不思議で奇妙な特性にはもう何も言わなかった。彼が人間としての肉体を有していないのは知っているし、そういう想像の外の事だって行えるだろう。そう思い込む事にしたのだ。
ヒューマがベッドへ手招きするのでニーアはそれに従う。彼の横へ座り、今はもう修復されている左側の顔を見つめた。
「それに、俺だってテルリに相談している。自ずと結論はテルリと同じになるから、お前に言えるのはたった一つしかないぞ」
ヒューマのその言葉にニーアは息を飲んだ。彼の言葉が聞きたかった。だからここまで来たのだから、ヒューマの次の言葉をじっと、聞き間違え、逃しがないように待つ。
そんなニーアの真剣な表情に感心を覚えたのか、薄く微笑み口を開いた。
「生きろ。そしてその意味を見いだせ。お前が生きているうちに、死ぬ前に成し遂げて良かったと思える事をするんだ。そのためにはまず、生きないとならない」
「生きる、ですか」
「あぁ。簡単そうで簡単ではない。俺達は戦っているからな。生きるために戦っている。自分がここで終わらないように……」
不死に近いヒューマでも戦っている。そうでもしないと、彼の中の大切な者達が死んでしまうかもしれないから。それこそがヒューマにとっての生きる意味なのだから。
「自分勝手でいい。だが、お前が皆の事を想うように、誰かがお前の事を想っている。それを忘れてはいけないぞ」
「……はい」
ニーアは感慨深く、ハッキリと頷いた。ニーアの視界の外でヒューマが確かに笑顔を見せた、気がした。
◇◇◇◇
翌日。時間が合わなかったのか、スミスとはバラバラに朝食をとる事になったニーアは、マリーや子供達と食事をとっていた。マリーは記憶を失ってからニーアによく寄り添っていたが、それ以外の時は子供達とよく一緒にいた。微かに覚えているのか定かではないが、仲よくはしているようで、今回の朝食のニーアが来る前から一緒に食べていたぐらいだ。
「生きる意味、かぁ」
ふと、昨夜のヒューマの言葉を口ずさんでしまう。その言葉を聞き逃さなかったのか、マリーを含め子供達が不思議そうにニーアを見るので、彼は少し考えて言葉を砕かせて子供達に伝える。
「皆、戦いが終わったらどうするの? 自由になるわけだけど」
「戦い……先の事なんてわかんねぇ」
最初に応えたのは年長者であるレイであった。だが、どうにも実感が湧かないようで、答えが上手く出せない事に唇を尖がらせて、フォークでサンドウィッチを突き刺している。
実際、事が終わった後なんて考えた事がなかった。目先の事ばかり考えていたから、その先にある希望を見ていなかった。勿論、まだ勝てると言えるわけでもないし、希望的な話だから考えるのも間違いなんだろうけど。
でも、生きる意味は目標を持つ事が一番なのだ。ならば考える必要がある。これからを。
「んー、テルリと一緒にいたいなぁ」
「わたしもー」
「ん……ぼくも」
「テルリさん、人気だなぁ」
レイより年下の子供達は皆、一応の考えは持っているらしい。とはいえ、あくまで良くしてくれた人について行きたいという考えだ。だが、それもまた生きるための目標への道しるべとなるだろう。間違いではない。反対されるかどうかは置いておくとしてだ。
だから、その中で唯一、賛同をしなかったマリーをニーアは見つめた。褐色の肌の中に隠した瞳が影を落とす。
「私は……前の自分を知りたい」
「マリー……」
彼女が溢した言葉は、マリーが抱えている闇だ。彼女もまた自分を知らない。忘れてしまっている。それがいかに不安かをニーアは痛いほど知っている。
だから、だからこそ、ニーアは彼女の左手を握った。
「大丈夫だよ。僕が責任を持って、マリーを守る」
「……ニーア」
「前のマリーも、今のマリーも。僕の知っているマリーだ。だから、僕はどっちも大事に思うし、記憶が戻っても君の事を守ってみせる」
ニーアのプロポーズと見間違えるかのような発言に、マリーはきょとんとする。ニーアも真剣に言っているのだから手におえない。彼自身、自分の心からの言葉を言っているつもりなのだろうが、それが明らかに一生を誓う言葉であるのに変わりはないのだ。
子供達が目の前で意気揚々と誓いを立てている二人を見てじーっと見つめる。彼らもよく解っていないが、ほんの少しの違和感は感じているようだ。
そんな折、食堂のスピーカーからスミスの言葉が聞こえてくる。
『えぇーっと、ニーア! 至急、ギアスーツデッキに来てくれ』
昨日よりは元気そうな声が聞こえてきた。元々、スミスに謝るつもりだったのだから好都合だ。
マリー達と別れて、ニーアはギアスーツデッキへ向かう。夜を終えたホウセンカは、朝日を浴びて突き進む。
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