第17話:買い物―Remuneration―

 その日、ニーア達は大きく行動をとる事となった。人工島アルネイシアから去る事にしたのだ。

 グループは幾つにも別れて、戦艦の補給組、戦艦の掃除組、市長への挨拶組、そして買い物組に別れた。戦艦の補給組にはグレイ、掃除組にはテルリが、市長への挨拶組にはヒューマとツバキが、買い物組にはキノナリやニーア、カエデが各々で向かう事となった。

 買い物組に割り振られたニーアとカエデは、朝にツバキに伝えられた待ち合わせ場所で二人でポツンと待っていた。ニーアはカエデの手を握って、カエデはそんなニーアの手をにぎにぎと弄んで、二人はアルネイシアの中央にある水が流れていない噴水の石で出来た段に座っていた。髪色も肌の色も違う二人だが、まるで兄と妹のように見える。

 アルネイシアの復興は早かった。いや、これに関しては空軍の戦場浄化部隊が流石というべきか。死体の後は確実になく、割れた窓も彼らの目に届いた範囲ならば修復されている。だが、全てが全てが直ったわけではない。街がある程度に機能するようになっただけだ。

 戦後一日目である本日は、いつも通りに店などを開いたが同時に何人もの住人が行き来し、街を直していた。素晴らしき住民の寄り添いあい。戦争をしていたニーアからすると、罪悪感があって直視できない光景であった。


「あ、いたよ。おーい」

「あ、キノナリさん」


 そんなニーアに声をかけたのはギアスーツと同じ黄色の半袖のパーカー、淡い灰色のダメージジーンズを履いて、灰色のマリンキャップを被った幼さを残す女性であった。髪色はカエデと同じ黒で、髪型は短くしているのか肩にもかからないぐらいだ。背丈もニーアほどで年下かのように感じてしまうが、そこにある落ち着いた雰囲気は彼女が自分よりも年上だという事を教えてくれる。

 声を知っていただけのニーアにとって、その可愛らしい姿をしたその人が、あのライフルで敵を撃ち抜いていた人と一致せず、思わず二度見してしまう。


「え、キノナリさん、ですよね?」

「酷いなぁ。キノナリだよ、僕は」


 キノナリが苦笑する。口調に違わずボーイッシュな服装をした彼女であるが、そこにはカッコよさよりも可愛らしさが勝っているのは嘘ではない。ヒューマの時と同じく感じたが、彼女からは戦いの時の雰囲気を感じなかった。

 まるでそこにいるのが当たり前のように感じる。ニーアは無意識であるが彼女に軽く惹かれていた。


「さて、実はもう一人呼んでいるんだけど、あの子ちょっと遅れてくるから先にやる事を済ませよう」

「買い物ですね。何を買い物するか僕は知らないんですけど」

「君の服とか娯楽とか。あとは戦艦組への買い出しだね」


 その言葉にニーアは驚く。ニーアは全くもって自分の事を考えていなかった。でも考えてみれば、今着て居る衣服はヒューマから借りている物ばかりだ。ニーアは詳しい名称は知らないが、上は少しブカブカのカッターシャツ、下もヒューマが昔履いていたという膝下が露出しているガウチョパンツと呼ばれるヒラヒラなズボンである。

 それしか持っていないニーアは、確かに自分のこれからを考えると駄目だなと結論付けた。勿論、ヒューマへの申し訳なさもあるが、何よりこれまで自分の衣服の事を考えた事すらなかったのだから、選んで買えるという経験は彼にとっては非常に興味深い事柄だった。

 目をキラキラと輝かせるニーアであったが、その傍らでカエデが哀れそうな目で見ていたのに気付かなかった。カエデはツバキとの買い物で散々知っているのだ。

 ――――そう、女性と買い物をするという行為が如何に疲れるかを。


「んー、ニーア君の少し焼けた肌色と、特徴的な灰色のちょっと伸ばした感じの髪型的には……いや、長袖よりは元気良さを出すために半袖にして……んー、帽子は被せるべきかどうするか……」

「あ、あのー」

「あ、ニーア君。今度はこれ着て。色で合わせてみたけど、ニーア君が着ないと想像できないから」

「あ、あ、あぁ……はい」


 カエデは母であるツバキと買い物に行く時が何度もあったが、彼女はいつも着せ替え人形かと思うぐらいに何度も服を着せられていた。それは子供心ながら嫌々なもので、その立場に立ってキノナリの言いなりになっているニーアを見て可哀想に思ったのだ。ニーアがその視線に気づいたのは、彼の手にいっぱいの衣服が入った買い物袋を持った後であった。

 キノナリはレジの人に、この島のIDカードを見せてお金を支払う。それは彼女が自分のお金で買ってくれたという事に相違なかった。ニーアはその事を言及し謝ると、キノナリはちょっと微笑んで大丈夫よ、と呟く。


「だってこれ、ツバキ博士のだし」


 ……結局、今回の買い物のお礼はツバキにしなければならなかった。キノナリに対し謝り損を感じたニーアは複雑そうな表情でその衣服店から出る。

 そこに、藍色のタンクトップとオーバーオールを着た、ニーアよりも肌を焼いている赤毛混じりな黒髪の子供が待っていた。とは言え、ニーアと同じぐらいの歳だろう。曝け出した腕には煤の様な物が付着しており、オーバーオールの上から巻いているベルトには幾つもの工具が装備されていた。

 長くなった髪は後ろで一つに纏めており、一見は少女に見える。だがその女性にしては未成熟な胸を見れば、少年と見えてもおかしくはない。顔立ちも中性的で、性別に関してはよく解らない子であった。


「えーと、この子は?」

「あー、さっき言ってた子だよ。って、スミス! ちょっとはオシャレを――――」

「あんたがニーアか。オレの名前はスミス! あ、これあだ名だかんな」

「話を聞きなよ……」


 キノナリとスミスと呼ばれた中性的な子の言い合いに、ニーアはたじたじであった。そんなニーアのカッターシャツの伸びている袖を右手で握っていたカエデは、あぁニーアはこうやって女性にタジタジになっちゃうんだな、って子供心にしては少し大人びた表情でニーアを哀れんだ。



     ◇◇◇◇



 一方、市長に挨拶をしに行ったツバキとヒューマであったが、その表情は大変、険しいものであった。


「世界機構の議員、アカルト・バーレーン議員の詳細は不明。この状況はよろしいものではない」

「はい、それは承知です。我々は議員を追うため、襲撃してきた海賊の拠点へ攻撃します」


 市長の言い分は尤もであり、ツバキだって考えていないわけではない。市長からすれば島の存続の可能性を広げるための一大イベントが最悪の状態で終わったのだから、彼が厳しい顔をするのは仕方がない事だ。特にこの市長は、人工島という世界的にも珍しい機械の島を一から作り、アメリカから一つの都市であると認識させるように頑張った努力家だ。

 だから抵抗を試みたツバキ達の失敗には厳しい。だが今はそんな話をしている暇なんてなかった。


「その拠点の居場所の情報はあるのかね? 防衛隊からはそのような報告は受けていないが」

「えぇ、捕虜が話しました。私達はそこへ赴き、敵の懐に近づくつもりです」


 軽い嘘であった。結局、捕虜は作戦の概要も詳しくは知らず、今は戦艦組に監視の元で掃除させられている。彼がそこまで従順になったのはグレイによる凄惨な行いがあったからだが、これに関してはツバキもヒューマも思い出したくもないので終わりにする。

 だがそれでも拠点が解ったのはニーアのおかげであった。ニーアが話してくれた、昔いた場所。そこが拠点かどうかは解らないが、そこへ赴けば情報は得られるはずだ。


「そうか……我々は貴女方に報酬を与えられない。戦艦の補給ぐらいなら良いが、作戦に失敗した貴女方に払える報酬はないのだ」

「えぇ、恐らくはそうなるかと思っていました。戦艦の補給だけでもありがたいです」


 戦艦の補給を許したのは、彼らに期待しているのもあるが厄介者を排除するためでもあった。たとえこの島を護ってくれたとしても、結局ツバキ達は戦争屋であった。特に戦争があった後ならば、その事に機敏になる事は仕方がない事だ。

 だからツバキは追及しない。戦艦の受領を完了したら元から去るつもりだったし、何より戦艦を造ったのも世界を旅する以外にも国や島に縛られないためであった。

 だが、ツバキは一つだけ留めないとならないものがあった。


「先日の、ニーア・ネルソンの市民権獲得のお話ですが、あれだけは保留にしていただけないでしょうか?」

「……あの少年のか」


 それは、ニーアの未来を考えた選択であった。彼女ができる、市長に頼める彼への恩赦と謝罪の行為。同時に、ニーアを必ず生きてここへ返す事への決意の表れだった。

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