61話「天然」

 タイル張りの床と壁。

 薄らと漂い、上へ上へと上っていく蒸気。

 蒸気は天井に張り付いて水滴となり、自らの重さに耐えきれず、雫となって落下した。

 壁に取り付けられた獅子の像の口からは絶えずお湯が流れ、浴槽へと注ぎこまれている。

 そう、浴槽へと。


「お風呂だ。」

「風呂だな。」

「お風呂ね。」

「お風呂だー!」

「おふろ?」

「風呂だにゃ!」

「ぉ、風呂・・・?」

「どうしてお風呂?」


 紛う事なき風呂・・・・・・というよりかは銭湯に近い。

 草原の迷宮と遺跡の迷宮を越え、現在は第15階層。

 銭湯迷宮と言ったところか。


 四角く区切られた部屋からは二本の通路が伸びており、構造自体は普通の迷宮と変わらない。

 部屋の端には壁に沿うように湯船が設けられている。

 手を浸してみると、丁度良い湯加減だ。

 仲間たちと顔を見合わせた。


「とりあえず・・・・・・入ってみる?」


*****


 暑くてジメジメして息苦しい。

 汗なのか水滴なのか分からない雫が、ツーッと頬を流れ落ちた。

 最初は嬉しかったお風呂も、今では俺達を苦しめる難敵である。


 二日もこの蒸し暑い風呂場に居れば、誰だってそう思う筈だ。

 行けど戻れど風呂風呂風呂。


 通路の端にまで細い溝が掘られており、そこをお湯が流れている為、休まる場所も無い。

 比較的通路の方がマシな程度だ。


 更に追い打ちを掛けるように、出現する魔物も暑苦しくなっている。


「うわー、またあのオークがいるよー。」


 ニーナが指した先の部屋には、三体の太ったオーク。

 そのどれもが半裸で特徴的な腰巻きを身に付け、頭には髷が結われたカツラ。

 二体が部屋の中央で肌と肌をぶつけあい、力比べを行っている。

 飛び散る汁が暑苦しい事この上ない。


 言うまでも無く、相撲取りの格好をしたオークが相撲を取っているのだ。


「また私が部屋の外から魔法で片付けるよ。それで構わないよね?」

「有難いのだけど、アリスは大丈夫なの?ずっと貴女に任せてしまっているし・・・・・・。」


「うん、魔力も大丈夫だよ。それに、アイツらとの肉弾戦は出来るだけ避けたいしね・・・・・・。」


 近寄りたくないというのもあるが、奴らは結構強い。

 特にロケットの様に繰り出される頭突きの威力は脅威的だ。

 まぁ、直線的な攻撃なので避けるのは簡単なのだが・・・・・・、問題はこの場所である。


 湯気でしっとりと濡れたタイル張りの床。

 激しい動きを取れば、たちまち滑って転んでしまうのだ。

 戦闘中にそんなことになれば、命なんて無いに等しい。


 最初の戦闘でそれを思い知らされた俺達は、以前にゾンビだらけの迷宮で取った戦略をそのまま使うことにしたのだ。


 理由は他にもある。

 俺達の格好だ。

 言うなれば、裸に近い。

 着ていたメイド服は早々に脱いで湿気ないように土の箱に仕舞い、以前に着ていたボロ布の服をタオル代わりに身体に巻き付けただけの格好なのだ。

 お風呂に入る格好、そのままである。

 お風呂の迷宮なのだから、これが正装とも言えるだろう。

 というか、こうでもしないと暑さで滅入ってしまうのだ。


 そんな格好で戦闘なんぞした日には・・・・・・あられもない姿を晒すことは免れない。

 命に関わる事に何を・・・・・・と言われるかも知れないが、そこはそれ、みんな女の子なのだ。


 魔力を充填し、周囲のお湯も取り込んで水の龍を創り出した。

 こうすればゼロから生み出すよりも魔力消費も少なく、威力も高くなる。


「皆、後ろに下がっててね。」


 放たれた水龍はオーク達を一呑みにし、その体内の水圧で一気に咬み砕く。

 透明だった胴体は一瞬で赤く染まり、後には一片も残らなかった。


 魔法を解除すると、赤く染まった水が床一面に広がり、排水溝へと流れていった。

 周囲のお湯を使って新たな水龍を創り、血で汚れた床を洗い流す。

 流石にそのまま裸足では歩きたくないしね。


 部屋の中が綺麗になったのを確認し、足を踏み入れた。


「この部屋もハズレだね。他に通路も無いみたいだし、一旦戻ろうか。」

「うにゃー、早くここから出たいにゃー・・・・・・。」


 深い溜め息と共に、俺達は来た道を振り返った。


*****


「ねぇ、あれ・・・・・・。」


 リーフが指した方向の壁にはガラスの引き戸。

 すりガラスになっているため、向こう側を窺い知る事は出来ない。

 しかし、ここは銭湯迷宮。思い当たる物はそう多くない。


「脱衣所・・・・・・かな?」


 刀を構え、触手で引き戸をゆっくりと引く。

 カラカラと音を立てて戸が動き、隙間から流れてくる乾いた空気が身体を撫でていった。


 戸を隔てた向こう側は予想通り脱衣所。

 ロッカーは無いようで、竹で編まれた籠が木で作られた棚に並べられている。

 小さな扇風機が首を振るたびに風が当たり、火照った身体から体温を奪っていく。


「魔物はいないようだな。」

「うん、大丈夫みたい。」


 自販機にドライヤー、ご丁寧にマッサージチェアまで置いてある。

 どれも迷宮のお金を入れると使えるようだ。

 そして、脱衣所のもう一つの出口には次の迷宮への門。


「やっと次に行けるよー。ボク、当分お風呂はいいや・・・・・・。」

「あるー!ぎゅーにゅーあるにゃ!欲しいにゃ!」


「はいはい、分かってるよ。」


 お金を入れてボタンを押すと自販機内のアームが動いて牛乳瓶を掴み、取り出し口まで運んだ。


「おぉっ!動いてるにゃ!」


 ついでに皆の分も買い、手渡していく。


「ふぅ・・・・・・やっと落ち着いた感じがするわね。」

「そうだね・・・・・・門も見つかったし、少し休憩していこう。」


 はしゃぐサーニャとは裏腹に、疲れ切った顔の仲間達。

 だが、その表情には安堵の色が浮かんでいる。

 まぁ、俺も似たような顔をしていることだろう。


 飲み終わったコーヒー牛乳の瓶を回収ケースに入れ、荷車から土の箱を取り出した。

 中に仕舞っていたメイド服を皆に配っていく。

 着替えて姿見の前に立ってみるが、この場所にはあまり似つかわしくない。


 少しの休憩のつもりだったが、結局ここで一夜を明かし、翌日に新たな迷宮へと挑むのだった。

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