霧の街・マイスト
対神学園・ラグナロクのある街――エディオンから、夜行汽車を使って約二日の長旅をして辿り着く街、マイスト。別名、
そしてその霧が発生する夜中に、ミーリ達は到着した。毎晩エディオンを照らしてくれる月光すら、届かない濃霧である。
「離れないようにしないとね、ミーリ」
「そだねぇ」
どちらからということもなく、手を繋ぐ。指と指を絡ませて、離れないようにしっかりと結んだ。
「じゃあとりあえずホテル行こうか、レオくん」
「は、はい……! 先輩!」
後輩の
無論彼女も、パートナーである
「で、パートナーはいつ来るのぉ? レオくん」
「ご、ごめんなさい先輩。明後日には……」
「あっそ。わかった」
やや冷たい言い方に、後輩はしょんぼりうなだれる。
それに対してロンゴミアントも、肘でミーリの脇腹をつついて訴えた。
だがミーリはなんのことかわからず、首だけ傾げてそのまま歩いてしまった。
部屋は二部屋用意され、一つはミーリとロンゴミアントの。もう一つは獅子谷玲音とそのパートナーの部屋だ。今日明日は、玲音一人の部屋となるが。
分かれた二組は部屋に入ると、それぞれのしたいことへと直行した。
「ねぇむぅ……」
ミーリはベッドに倒れ、ロンゴミアントは浴室へ入る。シャワーの出とボディーソープの泡の出具合を確認すると、いつものようにミーリを呼び出して脚を洗わせた。
「ねぇミーリ、どう? あの後輩の彼女」
「霊力、だっけ。あれの量はすごいと思うよ。多分スタミナはかなりだろうし。ひょっとしたら俺、負けるかも」
微塵も思ってないくせに。
「でもなんだろうね。彼女の力は、多分危ない系統のものだと思う。聖と悪で分けるなら、限りなく悪タイプって感じ」
「ミーリはどうなの?」
「俺は間違いなく悪タイプだよ。迷うことなく。だからロン、君を召喚できたんだ」
「あら、それならよかったわ。悪タイプでもなんでも、あなたの槍になれるなら」
シャワーで泡を流し終え、銀色に輝く槍脚が光を反射する。ミーリの槍であることを誇りに思っている彼女のプライドは、彼の手によって磨き上げられていた。
「じゃあま、明日から頑張る方向で、今日はもう寝よう。俺もう限界」
「そうね、おやすみミーリ。また明日」
ミーリの頬にキスをして、ロンゴミアントはベッドに潜る。思えば初めて彼女を召喚した日も、こうして頬にキスされたっけ。それがまさか下位契約の証であることは、当時知る由もなかった。
下位契約は仮初の契約。神霊武装の力を八割程度しか引き出せないが、その分武器化が安定するというメリットがある。だからこそ、学園は規定で上位契約を禁止している。上位契約は学園卒業後、対神組織に入隊してやっと許されることだ。
まぁ下位だろうと上位だろうと、ミーリとロンゴミアントのように一日一回キスがある生活となると、関係もないだろうが。
「
翌日早朝、まだ霧も残っている頃、霧の街の空で、紫の長槍が躍る。わずかに隙間から入ってくる日の光を反射して、霧を掻き分け乱舞した。
対峙するのは、下半身が霧で実体のない霧の獣。実体のある上半身は黒い犬で、紫の槍に牙をむける。
霧の中を縦横無尽に駆け巡り、ミーリの背後に回り込んで大口を開ける。だがその程度の動きでミーリは捉えられなくて、次の瞬間には脳天から顎にかけてを貫かれ命を持っていかれた。
血を噴いて消えていく獣には興味を無くして、次の相手に意識を向ける。ミーリの周囲には、牙をむけ喉を鳴らす霧の獣が、まだまだ群れを成していた。
槍は踊り、乱舞し、次々に獣を串刺しにしていく。槍と霧と血飛沫が乱舞するその空間で、ミーリの霊力は青色を帯びて体中から溢れ出した。
自分の仲間達を
「終わったかな」
『そうね』
その場にいた全ての獣と霧を払いつくして、ロンゴミアントは人へと戻る。ミーリと共に街へ降り立つと、拍手と歓喜に迎えられた。
「お疲れ様でした、先輩方」
「疲れたぁ」
「もう、ミーリ。今のは神の手下。これからが本番なのよ?」
「でも疲れたぁ。眠いぃ。死ぬぅ」
「もう……」
その日のホテルの朝食は、オーナーシェフの計らいで豪華になった。
聞けば街の人々は、神とその手下の獣達に生活を脅かされていたらしい。今までにも何度か対神の組織や学園の生徒が来たが、期待には応えられなかったようだ。
だから今日のミーリ達が、よほど頼もしく見えたらしい。食事中も子供達がやってきて、ミーリとロンゴミアントに目を輝かせていた。
もっともミーリは、子供が苦手なのだが。
「今日もとりあえず、現場待機。レオくんの神霊武装が来るのを待つよ?」
「は、はい……すみません、先輩」
食事が終わって、その場で今日の行動を相談する。
現場での会議は主人同士のすることで、神霊武装は介入することはない。故にロンゴミアントにはミーリが苦手な子供達の相手をしてもらって、外に出てもらった。子供の前でする話でもない。
「手下はとりあえず、レオくんも倒せる。でも問題は神様の方だね。先生の話だと、今まで四回学園の生徒を送ったけど、みんな返り討ちにしたらしい」
「は、はい……勝てる、でしょうか」
「うん、勝てるよ? 普通に」
「……先輩は、すごいですね。自分に自信があって……私なんか全然で。まだまだです。バッグだって取られちゃうくらいですし」
「レオくん、自分には自信ない派?」
玲音は小さく頷く。それに対してミーリはそっかとだけ返すと、残していたコーヒーを飲み干した。
「俺はね、自分に自信持っておく派なんだよね」
「持っておく……ですか?」
「だってさ、自分に自信がなかったら、すること成すこと全部に自身がないじゃん? 例えば自分がすごく弱いんですって言ったって、その言葉に自信がなきゃあ誰も信じないよ。ただの罠だって思うもん、そんなの。だから俺は自信を持つ。自信を持って自身を持つ。俺の言葉に、行動に、自分という自信をつける」
「……ぁ――」
「って言ったってしょうがないか。ごめんね、説教っぽくなって。気分悪くしたなら忘れて」
「い、いえ……」
会議の方は、本日現場待機で変わりなく終わる。外で待たせていたロンゴミアントを部屋に入れ、三人はそれぞれの時間を過ごすことにした。
ミーリとロンゴミアントの組は離れるわけにはいかないので部屋で待機。玲音は情報収集も兼ねて、外に出かけて行った。彼女のパートナーの到着は夜になるはずなので、出かけても問題はない。
「ねぇミーリ、あの子に何か言った?」
「言ったぁ。なんで?」
「……レオの顔、さらに思いつめた感じになってたわよ。ちょっと言葉が強かったんじゃない?」
「謝ったよ。ちょっと説教ぽくなっちゃったし。後悔もしてる」
ベッドに埋もれるミーリの声が曇る。それを聞いたロンゴミアントはその上から覆い被さって、
「重い」
「女の子に重いとか言わないの。たとえ武器でもね」
「……ごめん」
「いいのよ、謝ってくれれば。私も気にしないから」
その手を握ってくれる手を握り返す。そこから溢れる霊力が互いを引き合い引かせ合うのを感じながら、二人は同時に呼吸した。
「ねぇミーリ、あいつにも酷いこととか言ったことある?」
「あるかもしんない。いや、言ってすぐ謝ったんだろうけどさ。でも、それでも言ったかもしんない」
「後悔、してる?」
「……それは――」
二人、一斉に跳ね起きる。すぐさま目で合図して、窓から外へと飛び出した。
時間はまだ白昼。太陽だってやっと上ったとき。なのに空を覆いつくし、街に覆い被ったのは、街中の人々が怯える霧の獣の群れと濃霧だった。
「嘘……まだ夜になってないのに」
「このすんごい力の感じ……!」
二人そろって空を見上げる。太陽を背にしてそこにいたのは、無論人ではない。
腕は六本。胡坐を掻く脚は四本。腰から下げたナイフは計一〇本。その大口から吐き散らすのは、濃く重い大量の濃霧。立派な
「ロン」
「えぇ」
死後流血の槍を持って、ミーリは駆ける。その姿を見た神は、瞬く間に地上に降り立ち、立てつく人間に咆哮を浴びせた。
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