青ヒヨコ

 ミジンコは一人発つ前の晩に、あおヒヨコのことを聞いた。青い花郡あおいはなぐんに近い女環メワッカの生まれであるケルンルナは、隣郡に産み落とされた卵から青いヒヨコが孵って、彼らは冬が終わる頃に集団で青い花の咲く谷へ向かうのだと語る。

 ケルンルナによると、彼が騎鈴きりん州の騎士に落ち着いた後、このあたりにも春先にかけて青ヒヨコの群れが見られたという。その群れに付いていけば、間違いなく、最短距離でレクテルナルは抜けられるというのだった。もっとも、レクテルナルの入口付近で森はかなり入り組んでいるが、ここさえ抜ければ後は一本峠になり迷うことはないだろうが、と最後に付け加えた。

 早朝から馬を飛ばし、幾らか草の丈高くなるあたりで持参した弁当を食べた。関所の守将が、料理官にこれを用意させたのだった。馬には缶詰や干し肉も幾日分か積んでくれた。

 青ヒヨコの群れは見なかったが、まだ雪の強くなる昼過ぎに、一人の男に会った。馬のしま模様が違っていたが、灰緑の外套がいとうは、二日目に容易たやすく関所を通っていった男と同じものだった。王との面会を待つ図書室でもこの色を見た。そしてミジンコはそのもっと前にもこの色を知っていたことを思い出した。

「貴殿! 待たれよ」

 男は返事もなく馬を止め、きびすを返してきた。

「貴殿、以前私に会わなかったか? バックラー郡の宿で……メラ乃宝石館をおいとますると言ってなかったかな。何処か貴族の家の……ああ、私は緑鱗りょくりん城の騎士ミジンコと申す」

「さあ……私は貴公に会った覚えはないがな?」

 ミジンコは、男の顔までは思い出せなかった。

「では、同じ家に仕える者なのか?」

「我らの仲間は確かに色々な所で雇われているがな。家主は有力な貴族だ。貴公の会った男は仲間の一人かも知れん。皆こんな格好をしている」男は外套の端を上げてそう言った。宝飾された剣のさやが見えた。この家来も身分の低い者ではない。

「では貴殿の仲間をつい先日もこの先の関所で見たな。一体何をしている者だ? 何か、魔術とか錬金術とか、力を持った者に私には見えるのだが」

「まず我々は今、とにかく忙しい。とは言える。それから、ふうむ。確かに何らか力を持った者であるとも言える。しかしたとえば、貴公の力になれるような力だよ。そう……私からすると貴公は、何かを探している者とか、何かを引きずっている者とか、どうにも矛盾したと言うか、引き裂かれた者のように見えるぞ。その引き裂かれたところから、何か恐ろしいものを引き出してしまわぬように気をつけることだ」

「貴殿は、占い師の類か?」

 男は何も言わずミジンコと反対の方へ馬を馳せて行ってしまった。立ち止まって話す間に、外套にも雪が積もっていた。

 

 日が暮れ始める頃には、周りに樹木が増えてきて、森の入り口に差し掛かっていることを示していた。気温は山に近づいて一層低くなった。雪に当たらず野宿できる場所を探すうちに、ミジンコは、ケルンルナの話した青ヒヨコの一群れを見たのだった。確かに真っ青な雛鳥ひなどりで、ずんぐりとして丸かった。大抵が卵の殻をかぶったままで、よちよちと、頼りない足取りで森の中へと入っていくのが見えたのである。ミジンコはヒヨコを脅かさないように後を付けようとしたが、幾分距離が離れすぎており、すぐ暗い森の中へ見失ってしまった。

「しまったな。ともかく、いたのだ。彼らがこの森を通るのは安全なからだろうか。確かに、この森は小さな昆虫がいるだけで動物の気配は少ない」

 ミジンコが立ち止まっているとまたすぐに、脇の木の根元を、青いヒヨコの群れが通って行った。

「まただ。さきのとは違う群れだ。これは数がだいぶ多い」

 今度は距離が近く、ほとんど足元だった。ヒヨコ達は人間に驚くこともなく、ひょこひょこと、木の根を登ったりくぐったりして進んで行った。頭にかぶる卵の殻が薄く発光し、仄かに青い粉のようなものを振りまいていた。そのおかげで、ある程度の距離なら群れを見失うことがなかった。ミジンコは青ヒヨコを追って、完全に森へと入った。雪はここでもだいぶ積もっていたが、樹木のおかげで激しく降り注ぐようではなかった。木の間隔が狭まり密になってきたので、ミジンコは馬を下りた。夜になってしばらく歩くと、ヒヨコ達はにわかに散らばり、根っこの下や茂みの中へ潜ってしまった。

「どうしたろう? 何か起こったのか」

 すぐに方々でほの青い光が漏れ、どうやら雛の群れはここで眠ることにしたらしい。ミジンコも雪の当たらない木の陰を見つけ、軽く食事を取ると(夕食用の弁当はもう凍り付いてしまっていたので干し肉を食べた)、森に散らばる青い光を見ながら、すぐ眠りに就いた。

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