第3章 清掃作戦
第29話 通わぬココロ
再びこの夕陽をトウヤと眺める様になって、一体どれほどの歳月が経っただろうか。そうマックスは思ってペガサスの手綱を改めて握り締めていき、ちらりと隣へと視線を向ける。
そこにはトウヤが居た。未だ彼の表情が変わる事は無く、まるで人形の様にペガサスの背に跨ってマックスと共に大空を舞っている。…あれから一ヶ月が過ぎた。
まだそれだけなのかとも思うし、もうそんなに経ったのかとも思う。第一一〇プレハブで生活を再開してからまだ一ヶ月。ようやく一ヶ月。現在二人はスオウ達ハウンド・ドッグの為に用意された簡易宿所で彼らと一緒に寝泊まりしており、元々居た第一一〇自警団の者と交代で警固に当たっていた。再び戻って来た日常。でも明らかに前とは違う日常。
あれからトウヤに変化は無い。当初は心の何処かで思っていた。…きっとすぐ元に戻ると。でも現実はそう甘くなく、日が経つに連れて絶望感だけが増していた。
もう彼は微笑まない。喋らない。怒らない。もう前の様に無茶をする事だって無くなった。今の彼は命令された事しかしない。自ら考えて行動するという事が出来ないのだ。
本当にロボットの様だと、そうマックスは心中で溜息を付く。だが何よりも思うのは、
「なぁ、トウヤ。…お前は本当に凄いよ。そんなになってもまだ――」
彼はプレハブに危険が迫ると迷いなく電光棒を振るう。トウヤはダストとしての役目を忘れていなかった。まるでダストの本能だと言わんばかりに電光棒を振るうのである。
それがマックスには辛かった。本当に彼が人形と成り果てていたなら、きっとこんな風に悩んだりしなかった。確かに彼は変わってしまった。でも何一つ変わってなどいない。
残酷だと思うと同時に、マックスは一つの不安に苛まれていた。自分達の活動状況は自動でダスト本部へと送信される様になっている。つまり本部は今のトウヤが通常任務が可能な事を知っているのである。それなのに不気味なほど何も言ってこない。それは何故なのか。
冗談ではないと、そうマックスは唇を噛み締める。誰が従うものか。今の俺達にそんな事が出来る筈が無い。でも今の俺達はゴールドだ。そして前回のアゾロイド襲撃でダストの数は激変している。ゴールドのダストも多大な犠牲が出ているだろう。確かにそれは分かる。でも俺達だって無傷だった訳では無いのだ。現にトウヤは心を失ってしまった。それなのに、
そうマックスは一人で永遠と悩み続ける。…そろそろ迫っているのだ。今年の清掃作戦が。
選ばれる可能性が高い。そうマックスは覚悟していた。でも今のトウヤは連れて行けない。今の彼をそんな作戦に参加させたくない。だから――。
「お前は怒るかも知れないけどさ。もしそうなったら…俺、一人で行こうって思ってるんだ。今のお前を連れてはいけないもん。その時は適当な理由を付けてお前を置いて行こうって。そう考えてるんだ。…もしそうなったらお相子だな。この前置いて行かれたからさ。今度は俺が置いて行く番だ。でも本当にそうなったら許してくれよな。出来れば俺だって――」
そんな事はしたくない。そうマックスは言外に漏らす。いいや、そんな日は来ない。唯の思い過ごしだと自らに言い聞かせようとする。でも胸騒ぎがする。違うと思いたい。
マックスは思考を振り払う様に頭を振っていき、改めてトウヤを見て言っていった。
「さ、戻ろうぜ。あんまり戻るのが遅いと心配させちまうからさ」
「……」
するとトウヤは無言で手綱を弾いていき、マックスに言われるままペガサスをプレハブへと向けていく。そして移動を始めたトウヤに付き従う様にマックスも手綱を捌いていき、そんなトウヤの背中を寂しげな眼差しで見つめ続けた。あれから彼は一度も喋っていない。
まるで喋るという行為を忘れたかのようだ。彼の赤い瞳が水晶玉の様に見える。個という存在を失った水晶玉。大量生産のガラス玉が嵌められているように見えるのだ。
何を馬鹿な事を。そうマックスは思いながらトウヤと共にプレハブへと戻って行く。だが変わってしまったのはトウヤだけではない。プレハブもまた見えない何かが変わった。
イルフォート・シティが襲撃されてからだ。はっきりとは分からないが、人々を取り巻く雰囲気が変わった。ある者は憐れみや同情を、そしてある者は凍て付く程の殺気を。
一触即発。そんな雰囲気がプレハブ内に漂っている。…それはスオウ達も感じ取っているようで、彼らは神経を尖らせて人々の動向を注視している。何かが起きるかも知れない。
マックスがトウヤを連れて出かける際、スオウがそう漏らして来たのだ。君達はダストだ。だから特に注意してくれ。人は感情の捌け口として弱者を的にする傾向にある。残念だけど君達は社会的には弱者に分類される。確かに君達は何も悪い事をしていない。…でも、
そうスオウから告げられて、マックスは「分かってる」と弱り顔で答えるしかなかった。しかしマックスは心の何処かではそれでも構わないと、何故かそんな風に感じていた。
何もかも今更だからだ。所詮自分達はダスト。それ以上でも以下でも無いのだから。
その所為で何かしらの危害を加えられても仕方の無い事。…だが、それでも。
夕空に黄昏月が見える中、二人はプレハブの片隅へと降り立って行った。そしてペガサスの為に用意された馬屋へと連れて行った後の事である。二人は人通りの少ない路地を歩いていた。既に路地は薄暗く、舗装されていない砂地の小道を二人は並んで歩いていた。
最近プレハブは人口減少の傾向にあるらしい。その為にこの辺りの住居は空き家が多く、トタン板で赤錆びた同型の住居が永遠と建ち並んでいる。そして現在は人気の無い黄昏時。
自らを取り巻く空気の異変に先に気付いたのはトウヤだった。トウヤは素早くマックスを背に庇って腰から電光棒を一本外していき、それを構えながら虚空を睨み始める。
初めこそマックスは何かあったのかと目を丸くしたが、直後に自らも腰へと手を当てて目を細めていた。そしてトウヤを押し留める様に彼の肩に手を置きながら漏らしていく。
「ダスト相手に闇討ちってか。良い根性してんな。…舐められたもんだな、俺達ダストも」
視界を温度センサーに変えていくと、建物の屋根、そして室内などに身を隠している者達が映る。人数は二十人程といった所か。それにしても馬鹿な連中だ。ダストが機械の塊だという事を忘れたのだろうか。ダスト相手に隠れても無駄だというのに。…でも、
マックスは諦める様に笑みを浮かべていき、腰へと当てていた手を緩りと下ろしていた。そしてトウヤへと視線を向けて彼にも警戒を解くよう無言で告げていって、二人は体勢を解いて姿勢を戻していった。すると直後に二人を何者かが囲っていき、両腕を拘束して地面に抑え付けられてしまう。それにマックスは顔を顰めていき、思わずトウヤの方を見る。
同様に拘束されたトウヤは何の反応も見せず、無抵抗のまま地面に抑え付けられていた。それを見てマックスは安堵していき、暗闇から現れた一団を無言で睨み付けていく。
でも彼らにとって想定外だったのか、薄闇の中でも動揺しているのが判る。そして彼らの一人が前へと進み出て来て、大人しく捕らえられた二人に向かって言ってきた。
「へぇ、ダストってのは殊勝な心掛けをしてるもんだな。…どうして抵抗しない」
「……」
それにマックスは閉口していき、無言で相手を睨み付けていた。それは第一一〇自警団の若者達だったのだ。何故彼らがとマックスは訝りながら、彼らの苛立ちが見えて答えていく。
「答えるまでもないだろ。俺達はダストだ。逆にどうして抵抗されると思ったのかを聞いてみたいぜ。俺達はあんたら人間を守る為だけに存在する。そのあんたらに手を上げられる訳が無いだろ。そんなのはダストにとって常識だ。俺達はダスト。それだけは変わらない」
「…、成程ねぇ。立派なもんだ」
誇りすら滲ませるマックスの返答を聞いて、彼らの表情が凍て付いて行くのが分かった。その先は想像せずとも分かった。彼らは各々の武器を抜いていき、その先端を二人に向けて来たのだ。全く以って判り易い展開である。そうマックスは思いながら薄ら笑いしていた。
人は感情の捌け口として弱者を選ぶ傾向にある。確かにその通りだと納得してしまった。スオウは正しかった。そしてその捌け口に自分達が選ばれた。当然の流れと言えよう。
自分達はダストだ。人間の下に置かれた存在。だからこそ捌け口には持って来いだろう。しかしとマックスは彼らを睨み付けていき、軽蔑する様に言っていった。
「人間ってのは何処に行っても変わらねぇな。自分達の方が偉いから、だから俺達ダストに何をしてもいい。その単純すぎる思考は人間特有か? …はっ! 笑っちまうぜ。それなら好きにしろよ。俺達ダストは抵抗なんて出来ないんだからな! 無抵抗なダストしか手を出せない糞野郎が。自分達より強い奴に噛み付いてみろよ! スオウ達には何も出来ないくせに。そりゃ楽しいよな。目の前に無抵抗な奴が居るんだからよっ!」
「……」
そう吠えるマックスに、何故か彼らは何も言わなかった。しかしその内の一人が苦しげな表情を浮かべてきて、そんなマックスに向かって言ってくる。
「ああ、そうだよ。俺達は糞野郎だ。そんな事は分かってんだよ! …でもなっ! 俺達はお前ら都市の連中とは違う! そういう事なんだろ! お前らダストが守るのは都市の奴だけ。だから見捨てたんだろ。俺達の親を、友達を、仲間を! 違うかっ!」
「…は?」
一体何の事だとマックスは首を傾げる。その瞬間に彼らの空気が変わったのが分かった。彼らは一様に武器を構えていき、だが覚悟が決まらないのか双眸が揺らいでいるのが判る。
彼らは自らの過ちに気が付いている。それでも腹の虫が収まらない。彼らはそんな表情をしていた。何かあったのだ。自分達ダストと何かあったのだ。そう察したが既に遅かった。
「おらぁっ!」
「っ!」
一人が大斧を振り上げて来て、それをマックスの頭に向けて振り下ろして来たのだ。もう駄目だと、そうマックスは覚悟して瞼を伏せる。…しかし、
「?」
一秒、二秒経ってもその瞬間は来ない。マックスは一体どうしたのかと緩々と眼を開けていくと、その眼を大きく見開いていた。そして今にも絶叫しそうなほど表情を歪めていく。
「…っっ!」
「無事か、マックス」
大斧はトウヤが自らの体で受け止めていた。目の前には半腰で大斧の刃を左肩へと食い込ませたトウヤの後ろ姿が見える。トウヤはその大斧の柄を握り締めていき、意志の通った眼で彼らを見回しながら言っていくのだった。
「何故あなた方が俺達ダストを憎んでいるかは知りません。俺達に何か落ち度があったのなら謝罪致します。ですか彼女だけは見逃して下さい。おそらくそれに彼女は無関係だ」
「ならお前は関係あるって言うのかよ。あのシティ襲撃に関係してるって言うのか!」
静かなトウヤの言葉に彼らの一人は吠えていき、それにトウヤは寂しげに笑って告げる。
「はい、俺はあの場に居ましたから。初めから関わっていました。でも何も出来なかった」
そう告げていくと、彼らの表情が残忍なものへと変わったのが分かった。ならばと彼らはトウヤにだけ武器を向けていき、その内の一人が今にも泣きそうな顔で問うてくる。
「どうして守ってくれなかったんだよ。…あの日、俺達一一〇は買い出しに行ってたんだ。そりゃ皆が行ける訳じゃ無いから行ったのは一部だ。その中に居たんだよ。俺達の親や兄弟、それに友達や仲間が! お前達ダストは人間を守ってくれるんじゃないのか! でも実際守ったのは都市の連中だけだった! どうしてだよ! どうして守ってくれなかった!」
「……」
それにトウヤは答えられず小さく顔を伏せるしかなかった。あの混乱した最中に彼らの大切な人達が居たのだ。でもダスト達は都市の住民しか守らなかった。そういう事だろう。
ダスト達は住民リストに沿って人々を誘導していた。だから別の都市から来た旅行者やプレハブの住民等は保護対象から漏れてしまったのだ。何せあの混乱の中だ。どんな不手際が生じても不思議では無い。でもそんなのは言い訳に過ぎない。彼らには関係ないのだから。
トウヤは自らの左肩に食い込んだ大斧を引き抜いていき、それを相手へと手渡しながら立ち上がり、ちらりとマックスへと視線を向けて微笑んだ後に彼らへと告げていった。
「俺が何を言っても言い訳にしかならないでしょう。現に俺達はあなた方の大切な人達を守り通す事が出来なかったのですから。だから俺を殴って下さい。あなた方の気が済むまで殴って下さい。残念ながら命までは差し出せませんが、それくらいなら出来ます。ですから」
「…なっ。おいトウヤ、なに馬鹿な事を言ってんだ!」
マックスは未だ彼らに拘束されたまま叫び、必死にトウヤへと手を伸ばそうとする。だがトウヤはそれを視線だけで制していき、柔らかな笑みを浮かべながら言っていった。
「俺に出来るのはこれくらいだ。…それに俺達はダスト。多少殴られたくらいでは故障すらしないのだからな。殴られるくらい構うものか。それにその権利が彼らにはある」
だがそれにマックスは必死に頭を振り、彼らに向かって叫んでいた。
「頼む、殴るなら俺にしてくれ! そいつは先の襲撃で故障しちまってる。そいつは人間を守ろうと必死に頑張ったんだよ! だから殴るなら俺にしろ。そいつは勘弁してくれっ!」
懸命にマックスはそう叫ぶが、彼らの視線がトウヤから逸れる事は無かった。それを見てマックスは涙を滲ませていき、嗚咽を漏らしながら必死に赦しを乞い始める。
「だから止めてくれよ。折角喋れるようになったのに、また故障したらどうすんだよ。俺が殴られるから。幾らでも殴られるからっ! だから止めてくれ。そいつだけはっ」
悲痛なマックスの懇願が薄暗い路地に響く。しかし彼らの眼差しは微動だにしない。彼らが躊躇っているのが判る。しかし彼らは武器を下ろそうとはしなかった。…そうして、
「そこまでだ」
凛とした声が路地に響いた。それはスオウの声だった。いつの間にか周囲は自警団の若者に取り囲まれており、その中にスオウ、シス、ジュナの姿が在った。彼らはマックスを拘束している者達を軽々と捻り上げていき、先にマックスを解放して背に庇っていく。
暗闇から現れたスオウはトウヤの反対側に立ち、襲撃者を挟む様にして逃走経路を塞ぐ。そしてトウヤへと目をやっていき、驚きの眼を浮かべているトウヤの様に安堵を浮かべる。
しかし今はと表情を引き締めていって、トウヤ達を襲撃した者達へと言っていった。
「さぞ気持ち良かっただろうな。何せ相手はダスト。無抵抗な上に年端もいかない子供だ。お前達屈強な自警団の者達には赤子の手を捩じるようなものだろう。…全く悍ましい事だ」
そうスオウは目を細めて低い声で言う。そして大量の涙を浮かべて佇んでいるマックスに視線を向けていき、殺気を滲ませて歯切りしつつ言葉を続けていった。
「どんな気持ちだ? 子供を泣かせて暴力を振るうのは気持ち良かったか。必死に赦しを乞う子供を鍛え上げた力で踏み躙るのは楽しかったかっ! そんな事の為にお前達の力はあるのか。ならばお前達の腕、今ここで斬り落としてくれるっ! そんな力は不要だ!」
一瞬スオウの手は腰の大鎌へと伸び掛けたが、寸前で押し止めて「捕らえろ」と命じる。瞬く間に襲撃者は捕らえられていき、現れた自警団の者によって連れて行かれてしまった。
それをトウヤとマックスは呆然と見つめていたが、スオウは険しい顔をしたままトウヤの元へと歩み寄って行き、負傷した左肩から覗いている機械を見て眉根を寄せていく。
「…あの、スオウ。これは――」
そうトウヤは言い掛けるが、それにスオウはトウヤの頬を叩いてから怒鳴り付ける。
「少しは自分を労れっ! 君はどれだけ彼女を泣かせれば気が済むんだ。僕達がどれだけ心配したと思う。どれだけ君を捜したと思うっ! あの地獄の中で僕達は必死に君を捜し回ったんだぞ。君が生きていると信じて捜し回ったんだ! その末にこれか。恥を知れ!」
「…ち、違う。違うんだ、スオウ。これは――」
どうにか言い訳をしようとトウヤは言葉を紡ぐが、どうしても上手くいかない。いつしかトウヤは泣き始めており、嗚咽を漏らしながら俯いていた。スオウはそれを見て溜息を付く。
「全て聞いていたよ。分かってる。君達が悪い訳じゃない。…そんな事は分かってるんだ。でも僕が言いたいのはそんな事じゃない。僕が怒っているのは君が自分に対してあまりに無関心だからだ。少しは自分を労ってくれ。そうじゃないと哀し過ぎるよ。確かにダストは人間を守る為に存在するんだと思う。でもだからと云って我が身を差し出していいという訳じゃないんだ。君達は自分に無頓着すぎるよ。それは余りにも哀しい事だ。分かるね?」
「……」
それにトウヤはしゃくり上げながら頷いていた。スオウはそんなトウヤに手を伸ばしてそっと抱き締めていき、更に嗚咽を漏らし始めたトウヤの頭を優しく撫でていった。
そしてトウヤの頭を自らの肩に埋めてやりながら、そんなトウヤへと言うのだった。
「お帰り、トウヤ。…よく頑張ったね」
「…っ」
後は声に為らなかった。トウヤは恥も外聞もかなぐり捨てて大声で泣き始める。その様をシスやジュナはマックスを囲いながら穏やかな顔で見つめていた。そしてシスが言う。
「これで何もかも元通りだな。いや~、長かった。もう無理なんじゃないかと心配したぜ。今日ほどこいつの泣き声が嬉しいと感じた日は無いね。この一ヶ月はマジで長かった!」
それにジュナは頷きながらトウヤを見て、昔を懐かしむ様に笑いながら言っていく。
「全くだわ。トウヤの泣き顔が拝めているんだもの。むしろ私達の方が感激の余り泣き出したいくらいよ。この一ヶ月、本当に大変だったから。やれやれって気分だわ」
「確かにな。あのスオウが眉間に皺寄せたままだし、ジュナはありありと不機嫌だし。俺は毎日ハラハラだし。マックスは既に諦めモード全開だし。…マジで大変だったぜ」
「そうだったわね。でもあなたが一番不機嫌だったじゃない。何がハラハラよ」
ジュナとシスは笑い合いながらそんな事を喋って、スオウとトウヤを遠巻きにしている。だがマックスはそんな光景を遠目に居心地悪そうな顔をしており、ちらちらと物欲しげな顔をトウヤへと向けている。そんなマックスの様子に気付いたのだろう。スオウがふと顔を上げてきて、小さく笑いながら何やらトウヤを促している。そしてトウヤもまた顔を上げてきてマックスを振り返り、そうだったと困り顔で笑いつつ歩み寄って来る。そして言った。
「散々迷惑を掛けてすまなかったな。…お前には本当に申し訳なく思っている。その――」
「……」
それにマックスは不機嫌そうな顔をして何故か睨み付けて来て、口を噤んだまま喋ろうとしない。それにトウヤは狼狽えるしかなく、一体どうしたのかと弱り顔を浮かべていく。
「…えっと、マックス?」
「トウヤ」
するとマックスが短く呼んで来て、咄嗟にトウヤは「はい」と敬語で返してしまう。だが直後、トウヤは甘かったと後悔する事になる。先ほどスオウから受けた平手打ちよりも更に強力な平手打ちが彼女から飛んで来たのだ。そして彼女はその勢いで捲し立て始める。
「この馬鹿野郎がっ! お前はどの面下げて謝ってんだよ! 謝って済む事か? お前の非常識さには呆れ果てたわっ! …俺だけを置いて自分だけ戻ってヒーローにでもなったつもりかよ! そんなのはヒーローでも何でも無いっての! そんなの唯の自己犠牲だろ。俺達は何だ。バディじゃないのかよ! 何をするにも一緒の筈だろ。違うのか!」
「…そ、それは――」
余りにも正論で、余りにも凄まじい勢いに気圧されて何も言えない。そんなトウヤの様をスオウ達は遠目にしながら「あ~ぁ」と呆れ顔を浮かべていた。でも明らかに彼女が正しい。
ここは一つ御灸を据えて貰おう。そんな空気が三人の間に流れていく。何よりもトウヤは彼女の言う通り自己犠牲を体現化したような存在だ。正直周りとしては迷惑である。
これで少しはトウヤの無謀さも収まってくれれば。そう思って見守っていた時である。
「第一お前はなっ――」
そう捲し立てていたマックスではあったが、突然勢いを失って俯いてしまう。そんな彼女の様にトウヤはどうしたのかと首を傾げるが、直後にこれ以上無いほど眼を見開いていた。
突然彼女がトウヤの懐へと飛び込んで来たのだ。そして涙混じりの声で告げてくる。
「怖かったんだ。どうしようもなく怖かったんだよ! お前が都市へ戻った直後にあんな事になって、まさかお前はこの為に戻ったのかって思ったら怖かった。…俺の知らない所でお前に何か遭ったらって。そう思うと怖かったんだ! 俺達はバディだろ。もう俺を置いて行くなよっ! 頼むから一緒に連れて行ってくれよ! 俺達はそんな関係じゃないだろっ」
「……」
彼女の悲痛な叫びにトウヤは顔を小さく歪めていた。そんなつもりは無かった。そう言うのは簡単だ。でも今となってはそれすら判らない。果たして本当に違っていたのか。
クライスに呼び出されたから。それがそもそもの理由だった筈。そして面倒な上流社会の柵に彼女を付き合わせたくなかった。あんなのは彼女に見せたくない。だから置いて行った。
それが理由だった筈なのに、いつの間にか彼女を危険に晒したくなかったからと理由を置き換えている自分が居る。そして都市が襲撃された時、間違いなく自分は安堵していた。
彼女がこの場に居なくて良かった。そう安堵したのである。でもそれはきっと――。
そうトウヤは眼を伏せつつ、自らの懐で泣いているマックスを腕に抱いて言っていった。
「お前には生きて欲しかった。それが偽りない俺の気持ちだ。…あの中では生きて戻るなど到底望めなかった。他のダスト達だってそうだ。誰もが自らの命を諦めて、そして一人でも多く助かる事を望んでいた。それしか望めなかった。でもそれこそ俺の身勝手だな。お前の気持ちを考えなかった。でも分かってくれ。俺はお前に生きて欲しかったんだ。…だから」
「俺はお前と一緒に行きたかった。だからお前の言い訳なんて聞かない。赦さないぞ」
「…うっ」
未だ不貞腐れたままの返答が彼女から返って来て、トウヤは思わず言葉に詰まっていた。遂にはどうしていいか判らなくなってしまい、トウヤは弱り顔をして視線を彷徨わせ出す。だがそんなトウヤの様子に気付いてか、マックスがそっと顔を上げて笑いながら言った。
「二度と俺を置いて行かないって約束したら赦す。…どうだ? 約束するか?」
「…え」
そうマックから問われて、トウヤは本格的に言葉を詰まらせてしまった。だがその反応が災いを呼んだらしい。マックスの表情が見る間に険しくなり、凍て付いた冷気を発し出す。
「や・く・そ・く。するよな?」
「…はい」
完全に言い負かされた形となり、トウヤは心の中で白旗を揚げながら言うしかなかった。その返答にマックスは満足したのか、嬉しそうに笑って改めてトウヤに抱き付いてくる。
…ようやく全てが元通りになった。そんな二人を見守りならスオウ達は思う。しかし既に彼らの知らない所で何かが始まろうとしていた。それは一部の者にとって当然の事であり、また別の誰かにとっては自らの終着駅とも言えるものであった。その時が近づいている。
決して遠くない未来に来るであろう日が近づいている。それは自分達にとって――。
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