第24話 相対、しかしーー


 再びペガサスに乗って空を翔け、そのまま勢いを殺さず下層へと降りて行く。そしてふと後ろを振り向いていき、急激に遠ざかって行く二十階層に懐郷の念を向けていた。


 もうここへは戻って来られない。彼らとは二度と会えないのだ。父さんにマサキ、そしてクライス。母さんと祖父母に会えなかったのは心残りだが、彼らとはあの世で会えると信じるしかない。そうトウヤは寂しげに思い、想いを振り切る様に腰から電光棒を外していく。


 幾つもの階層が目まぐるしく通り過ぎていき、気付けば十階層、そして九階層、やがては七階層へと辿り着き、既に各所で上がっている戦火を横目に通り過ぎていく。そうして見えて来た六階層。…そこに広がっていたのは想像通りの光景だった。五階層で戦っていた時と何一つ変わらない光景がそこには広がっていた。真っ黒に焼けた空、そして大地。


 六階層は既にアゾロイドが犇いており、その大半を掌握されつつあった。だがその中でも確かに上がっている戦の音。誰かの雄叫びが聞こえる。電光棒の青白い光が見える。


 まだ戦っている。ダスト達は戦っているのだ。それを励みにトウヤは左右の手に電光棒を構えて、ペガサスの手綱から手を放して構えていく。そして犇く黒鉄の空に向かって吠えた。


「行くぞっっ! …耐えてくれよ。この階層にある何かを探し出すまではっ!」


 そうペガサスに向かって叫び、ペガサスがそれに応える様に大きく嘶く。そしてペガサスは己の翼を大きく羽ばたかせていき、アゾロイドが犇く空へと一気に突っ込んで行った。


 ペガサスは白い閃光となってアゾロイドの空を切り裂く。トウヤが持つ左右の電光棒が闇を切り裂いてアゾロイドが大爆発を起こして空が燃える。…その光景を地上から多くのダストが見上げていた。そして知った。まだ前線で戦っている上位ダストが居たのだ、と。


 それを励みにダストは電光棒を振るい続ける。まだゴールドのダストが残っているのだ。まだ希望は残っている。数少ないと言われるゴールドが前線で戦っている。だから大丈夫。


 きっとどうにかなる。そう彼らは士気を持ち直していく。そしてそんな光景を同じ六階層の空から見つめている者が居た。その者はリュシューリア。彼女の視線は闇を切り裂く閃光となって戦うペガサスへと注がれており、その背に跨るダストにもしやと眼を見開く。


『確か彼は――。トウヤと言いましたか。あの子が助けを乞うていた相手ですね』


 何と数奇な運命であろうか。まさかこんな場所で巡り合うとは思ってもみなかった。でも彼がここに居るという事は、あの子もこの階層に居る可能性が極めて高い。


 そう思ってトウヤを遠目にしていると、トウヤは闇を切り裂く様にアゾロイドの群れを蹴散らしつつ、きょろきょろと辺りを見回して何処かへと降りて行く。そこは既に瓦礫の山と化していた。だがトウヤは素早くペガサスの背中から降りて辺りを見回して、何かを探し求める様に瓦礫を払い除け始める。そして――。


「っ! …まさか」


 何かを見つけたらしく、トウヤが小さく声を上げて眼を見開く。そしてトウヤはその何かを抱き上げていき、自らとさして変わりない体格をした白髪の少年に驚愕を向けていく。


 すぐにトウヤは気付いた。この少年は人間ではない、と。同時にダストでも無いのだと。


 瓦礫の中に埋もれていた少年は煤塗れで、硬く閉ざされた眼が開く気配は無かった。だが完全に機能停止している訳ではないようで、微かに彼から電子音が漏れているのが判る。


 何故今更と、そうトウヤは困惑し続ける。何故今更自律型のロボットに手を出したのか。自律型ロボットの製造は都市法で禁じられている筈なのに。何故こんな代物を作ったのか。


 分からない。そうトウヤは困惑を浮かべていたが、直後に我に返って少年を左手に抱いて立ち上がっていた。そして右手だけで電光棒を構えて空から降りて来た物体に告げる。


「…成程、貴様が今回の首謀者か。やはりこのロボットが目的か。仲間を救う為か」


『分かっているのなら彼をこちらへ寄越しなさい。あなたには不必要な筈です』


 静かに降りて来たリュシューリアはそう告げていき、凍て付いた眼差しでトウヤを睨む。赤黒い空に覆われて火の粉が舞い散る中、二人の視線が交差する。…そしてそんな一触即発の光景を見て顔色を変えた者達が居た。その者達は大型の反重力バイクに跨って瓦礫の上を駆け、それぞれ上着に赤犬の刺繍がされた黒皮のジャケットを羽織っていた。


 そして彼らは慌てて手元の無線を手に取っていって、無線に向かって告げていく。六階層ゲィトルーク地区にてトウヤを発見、と。しかし彼らは途中でアゾロイドの群れに囲まれてしまい、多勢に無勢と判断したのか「一時撤退するぞっ」と叫んで走り去ってしまう。


 だがトウヤはそれに気付かず、虚勢を張るようにリュシューリアへと言っていった。


「去れ。ここはお前達が居る様な場所ではない。仲間を率いて都市から去るがいい」


『ならば彼をこちらに寄越す事です。…私達は人間が行った非道を決して許しはしません。むしろ私はあなた方ダストの行動の方が疑問です。何ゆえに人間の味方をするのですか? 人間はあなた達に何かしてくれましたか? このような仕打ちを受けて、何故あなた方は彼らに味方するのですか。私にはそれが分かりません。彼らは自らの行いを顧みずあなた方を利用して、ただ安全な場所で嵐が去るのを待っているだけではありませんか』


 そうリュシューリアから不快そうな声で問われて、思わずトウヤは寂しげな笑みを零していた。全く以ってその通りだったからだ。しかしと、トウヤは頭を振って告げる。


「…忘れてくれるな。俺達ダストもまた元は人間。愚かしいと笑うがいい。どうしても俺達は温もりを忘れられないのさ。人の温もりを。抱き締めてくれる温もりを。だから守るんだ。俺達は人間を守っている訳じゃない。大切な人達を守っているんだ。ただそれだけだ」


『本当に愚かですね。ダストという種の存続よりも重要ですか。…理解し兼ねます』


 リュシューリアは呆れる様に言い、トウヤはそれを笑いながら受け止める。そうしている内に、トウヤは目の前が暗くなっていくのを感じていた。疾うに体は限界を迎えているのだ。体の異常を知らせるエラー音は疾うに切ってしまっており、騙し騙しここまで持たせたに過ぎない。しかし最早それも限界のようだ。目の前が暗くなる。意識を保っていられない。


 それでもトウヤは電光棒を握り締めていき、無言でリュシューリアを睨み続けた。そしてちらりとロボットの少年を見つめた後、覚悟を決めて足に力を入れて唇を噛み締めていく。


「お前を倒せば都市を救える。…再度告げる。去れっ! この都市からっ!」


『所詮は愚かな人の子か。そうまでして人に味方しますかっ!』


 そうリュシューリアは叫び、少年を片手に走り始めたトウヤを迎え撃つ。トウヤの電光棒が振り上げられる。それに従ってリュシューリアの右手もまた伸びていき、トウヤの左腕を捥いでロボットの少年を奪い取ろうとした。…しかし、


『…なっ』


 直後に金属が潰れる様な嫌な音が響く。驚きの声と共にリュシューリアは自らの右手を見下ろしていき、その先にあるものを見て驚愕していた。…右手はトウヤの胸を貫いていた。


 カランッと音を立てて電光棒が地面に転がり落ちる。直後にトウヤの腕から少年が取り落されそうになり、リュシューリアは咄嗟に少年へと手を伸ばして抱き留めていた。そして改めてトウヤを見つめていき、理解出来ないと驚愕しながらトウヤへと問うていく。


『一体何のつもりです。死ぬ事が目的だったのですか。その為にこんな――』


 それにトウヤは力無く笑みを浮かべていき、リュシューリアの腕を掴みながら答える。


「まさか。…単純に避けられなかっただけだ。もう俺には…それだけの――」


 力は残っていない。そう言い掛けてトウヤは閉口していって、静かに笑みを浮かべるだけだった。驚愕するリュシューリアの眼に寂しげなトウヤの笑みが映る。…そんな時だった。


「…う、ん――」


『っ!』


 ロボットの少年が目を覚ました。そして少年は緩やかにスカイブルーの瞳を開いて辺りを見回していくと、リュシューリアに胸を貫かれたトウヤを見て不気味に微笑んでいく。


「もっと壊れちゃえばいいのに。…楽しいよ? 研究者って人間達はそう言っていたよ? だからもっと壊れちゃえ。壊れちゃえ、壊れちゃえ、壊れちゃえ――」


 少年は壊れた玩具の様に同じ言葉を繰り返す。その様を見てトウヤは知った。これこそがアゾロイド達が群れを成して都市を襲って来た理由なのだ、と。この為だったのだ、と。


 トウヤはそんな少年に緩りと手を伸ばす。そして懺悔する様に言っていた。


「すまない。…赦して欲しいとは言わない。でもせめて謝らせてくれ。すまなかった」


 それが限界だった。そこでトウヤは力尽きてしまい、だらりと四肢を垂らして体を傾けていく。リュシューリアはその間も続く少年の口汚い罵声に苦い顔を浮かべていって、少年の意志を司っている体内のコンピュータへと侵入していき、少年の意識をオフへと切り替えてしまう。するとリュシューリアに抱かれていた少年は眼を閉じていき、リュシューリアの胸に体を預けて眠りに付いていく。リュシューリアはそれを見て溜息を付き、未だトウヤの胸を貫いたままの右腕へと目を向けていって、それを丁寧に抜き取って行った。


 ずるりとトウヤの体が傾いていき、リュシューリアはそれを地面へと寝かせて告げる。


『あなたが犠牲になる必要など無かったのです。…あなたが悪い訳では無いというのに』


 リュシューリアは寂しげに漏らしていって、改めて少年を抱き直して飛び去ってしまう。それを見て上空で待機していたペガサスは大慌てで地上へと降りて行き、全く動く気配の無い主の元へと駆け寄って鼻で突き始める。…でも、トウヤが目覚める事は無かった。


 それでもペガサスは諦めず鼻で突き続けて、やがて寂しげに天を仰いで嘶き始める。だがその嘶きに応える者は無く、それでもペガサスは救いを求める様に嘶き続けた。…すると、


「…ウヤ、トウヤ! 何処だ、トウヤ。…答えろよ、俺はここだって言えよ。トウヤ!」


 主を呼ぶ聞き慣れた少女の声。それに付き従う様に聞こえてくる何かのエンジン音。でもペガサスの悲痛な嘶きが止む事は無かった。ペガサスはいつまでも啼き続けた。きっと主に届くと信じて。声が嗄れるまでずっと、ずっと――。


 最早そこには希望も喜びも無かった。在るのは絶望ばかり。黒く焼けた大地と赤黒い空が広がるばかりで何も無く、全ての生命が消えた死んだ大地が続くばかりであった。


 そんな大地を見て人は言うのだろう。…何故こんな酷い仕打ちを、と。だが全ては人間が齎した災厄であり、因果応報としか言い様がない結末であった。全ては自らが招いた事。


 それでも人は歩いて行く。明日へと向かって。その先に自分が求める明日があると信じて。その明日を築く為に犠牲となった者が居るとは知らず、目を向ける事もせず。今まではそうだった。自分達は何と愚かだったのか。彼らが守ってくれているから明日があるというのに。そんな彼らを犠牲にしてしまった。彼らだけを。自分達は傷一つ負わずに。それでも私達は、


 再び歩き始める。明日へと向かって。きっとそれだけが彼らへの恩返しとなるだろうから。今はそう信じるしかない。そう信じなければ彼らは何の為に犠牲となったのか。


 だから歩いて行く。彼らが切り開いてくれた明日へと向かって。それしか私達には――。

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