第10話 ゴミは解体
彼らの悲しみは暗雲を呼び寄せ、遠くに聞こえる雷鳴を背にプレハブまでとにかく急ぐ。第一〇九のプレハブであれば逃げるだけ無意味だったが、新たな居住地となった第一一〇のプレハブであれば防衛システムが作動している。あそこならアゾロイドであっても容易には近付けない筈だ。…そうして戻って来たプレハブ。彼らが戻って来るのに合わせて門が開かれ、そして飛び込んで来ると同時に閉ざされていく。スオウ達はジープを乱暴に停めて転がり出て来て、大地へと降り立ったトウヤのペガサスに駆け寄って行く。
「トウヤッ!」
スオウが思わず叫ぶが、ペガサスの首に体を預けて倒れているトウヤが動く気配は無い。それを見てシスがすぐさま降ろそうとするが、そこへマックスが歩み寄って来て皆に言う。
「悪い。そこから先は俺に遣らせて貰っていいか? …俺が降ろしてやりたいんだ」
「…マックス、お前――」
言われてシスが驚きの眼を浮かべるが、シスは悲痛に顔を歪めて後ろへと下がって行く。それにマックスは「ありがとうな」と寂しげに微笑んでいって、未だペガサスの背に跨ったままのトウヤへと両腕を伸ばしてゆっくり降ろしていく。そして地面へと寝かせて自らも座り込み、トウヤの頭を膝に乗せて抱き締めていった。やがて紡がれる悲しみの言葉。
「言ったよな? …俺の相棒はお前だけだって。でも俺、後悔はしてないぜ? だってさ、いつかはこうなるんだから。俺達はダストだ。いつかはこうなる日が来る。壊れて廃棄処分される日が来るんだから。だからありがとう。…ありがとう、スオウ。それにジュナ、シス。俺達を雇ってくれてありがとう。最期に良い想い出が出来たよ。…ありがとう、本当に」
それにシスは両の拳を握り締めていき、顔を大きく歪めながら小さく反論していく。
「何だよ、それ。…それは何に対する礼だよ。雇ってくれてありがとう? …俺達が雇ったからこうなったんだぞっ! どうしてそれを恨まないんだよ。どうして俺達に感謝なんてするんだよ。何もかも変だろ! どうしてトウヤはあんな男の命令なんて聞いた? 何故こんな無謀な行動に走った? どうしてお前はそれを怒らない。どうしてだよっ!」
「……」
悲痛にシスから叫ばれて、マックスは寂しげに微笑むしかなかった。それはダストだから。全てはその言葉一つに集約されていた。危険を冒す為にダストは居る。無謀な命令を聞く為に自分達は居る。人間の我儘を叶える為に自分達ダストは存在するのだから。
そんな尋常ならざる様子を聞き付けて、プレハブの住民達が何事かと集まって来る。だが何人かは明らかな蔑視を二人へと向けており、やがて一部の者が口々に言葉を漏らし出す。
「…何だ、ダストが壊れたのか。その程度で大袈裟な」
「所詮ガキのダストだからなぁ。どうせ馬鹿やったんだろ。迷惑な話だ」
「すぐ解体するか? 使えそうな部品が残ってるかも知れないし」
住民の中から聞こえて来たそんな言葉に、スオウ達は驚きの余り一瞬思考を停止させてしまっていた。それにマックスは何も言わず、無言でトウヤの体を抱き締め続けている。
まるで周囲の誹謗からトウヤを守るかのようなマックスの姿を見て、早々にシスの我慢は限界に達していた。そして周囲を大きく見回していき、声の限りで怒鳴り付けていく。
「てめぇらっ! …いま誰が言った? 出て来やがれっ! 刀の錆にしてやるっ!」
激昂して背中の刀に手を掛けるシスの様子に、住民達は一瞬だけ怯む様な態度を見せはしたものの、すぐに血気盛んな若い男衆が口々にシスへと言い返してくる。
「デカい態度を取るな、この余所者がっ! お前らを受け入れてやったのは俺達一一〇の人間なんだぞ? ハウンド・ドッグだからって好い気に為りやがって。気に食わないのなら出て行けっ! 一〇九の連中を連れてさっさと出て行けよ! ここは俺達の住処だっ!」
「…っ」
余所者と言われれば引き下がるしかなく、シスは悔しげに唇を噛み締めるしかない。だが今度ばかりはジュナも黙っていられなかったのか、シスに倣う様に住民達へと叫んでいく。
「ダストである彼の死を悼むのが、それほどにもあなた達は気に食わないの? だったら今度から死んだ人間はすぐに解体しましょうか。生きる為には手段を選んではいられないものね? そういう事なんでしょうっ! だったらあなた達も死んだら解体してやるわよ。あなた達の死を悲しんでいる人達の目の前でねっ! そうして欲しいんでしょうっ!」
「…止せ、ジュナッ!」
それ以上は駄目だと咄嗟にスオウが制止する。そんな彼らの思い掛けない罵声の応酬に、マックスは一人狼狽えながら見ているしかない。何故彼らがこれほどにも怒っているのか。
自分達はダストだ。だから何を言われても構わない。それは仕方の無い事だ。それなのに彼らは感情に身を任せて怒ってくれている。何も言い返せない自分達の代わりに。
何も言えずにいるマックスを置いて、スオウはどうにか場を収拾しようと模索する。だが妙案はすぐには浮かばず、そしてそんなスオウにまで住民達から罵声が向けられる。
「やっぱリーダーが若すぎるからな。幾らハウンド・ドッグでもあいつ、見た目からするに二十代やそこらの若造だからなぁ。あんな頼りない男じゃ誰かが死んでも当然ってもんだ」
「…っ!」
流石のスオウにも怒気が差す。スオウは反射的に腰の後ろへと手を伸ばしており、そこに下げた折り畳み式の大鎌を無意識に腰から外し掛けていた。…だが、
「っ!」
「…止せ、スオウ。相手は人間だ。アゾロイドでもなければキメラでもない。人間なんだ」
硬い金属が剥き出しとなった手がスオウの手に触れる。それはトウヤだった。血の代わりに黒い油を額から滴らせて、胸や腹を数ヶ所に亘って大きく抉られている。トウヤが自らの足で立って、今にも人間へと斬り掛かりそうなスオウを必死に制止しているのだ。
「…何故」
思わずスオウはそう漏らしていた。それにトウヤは人工筋肉が剥がれた金属の頬を緩りと動かしていき、仄かに微笑んで頭を振りながら言っていく。
「彼らには何の罪も無い。俺はダストだ。そして彼らは人間。…もし逆の立場だったなら、俺もどうしていたか判らない。だからいいんだ。そんな風に怒らないでくれ。人間は自らに与えられた立場に従って行動し、発言する。それは俺達ダストだって同じだ。みんな同じだ。彼らの目をよく見ろ。…みんな、俺達の事を恐れているんだ。お前達はハウンド・ドッグ。そして俺達はダスト。どちらも普通の人間から見れば人外も同然だ。彼らは俺達が怖いんだ。その為に謂れ無い中傷を浴びせ、自らを守ろうとする。それはごく自然な事なんだ」
「…だからって、だからって言われるままになる必要は無い! 僕らにだって――」
反射的にスオウはそう叫び返しており、改めて大鎌を腰から外そうとする。しかしそれをトウヤは尚も制していき、そして小さく微笑みながらスオウへと言っていく。
「全くお前は。…そんなだから彼らに「まだ若い」と言われるんだ。言いたい奴には言わせておけばいい。どうせそういった連中は何をしていても言うんだからな。でもな、スオウ。お前の腕はこんな下らない争いの為にある訳では無い筈だぞ。お前はハウンド・ドッグだ。人々を生かす為にお前の腕は在るんだ。それなのに俺の為になんて使わないでくれ。頼む」
「…っ」
気付けばスオウの手は大鎌から外されていた。スオウはいつしか双肩を戦慄かせており、顔を大きく歪めながらトウヤの体を抱き締めていた。そして紡がれる謝罪の言葉。
「…ごめん、トウヤ。ごめんっ! 僕が力不足だったからだ。僕の所為だ。僕のっ」
「どうしてお前の所為なんだ。明らかに道理が通っていない。これは俺の自業自得だろう」
何故か謝られてしまって、そうトウヤは呆れ顔で返していた。そこへ後ろからマックスが歩み寄って来て、「確かにな」と苦笑しながら言ってくる。続けてジュナとシスが近づいてきて、それぞれ自嘲の笑みを零しながら互いに顔を見合わせていた。そして二人の綻ぶ顔。
気付けば住民達は居なくなっていた。おそらくトウヤが目覚めた事により興味が失せたのだろう。…それにしてもと、トウヤは思っていた。やはりスオウの体は大きいな、と。
まぁ自分が小さいだけなのだろうが。元々ダストは都市で生まれ育った人間だし、そして外の人間は全体的に体格が大振りな傾向にある。何よりもダストの外見は大抵子供だ。酷く言い訳の様にも思えるが、この点は仕方ないと言えよう。…そう思いたい。心の底から。
するとそこへシスがやってきて、トウヤの頭をぽこんっと叩いてくる。そして言った。
「話が綺麗に纏まった所で非常に申し訳ないがな。…俺達は重要な部分を何一つお前の口から聞かされてないぞ。どうしてお前一人でアゾロイドの群れに突っ込んだりしたんだ? どうして俺達へ先に知らせなかった? …独断専行にしても酷すぎるだろ。あの男を保護する為だったらしいけどな。俺達がその場に居たら「見捨てろっ!」って言ったと思うぞ。あんな男、わざわざ助けるに値しないだろ。それに自分から危険な場所に足を踏み入れる様な男なんだぜ? 同情の欠片も湧かない男だね。…あいつ、右目に小型端末を着けてるのが見えた。つまりあいつ、初めからあそこにアゾロイドが居るって知ってたんだぞ? 馬鹿としか言い様がない奴だろ。そんな奴を救う為にお前が犠牲になるなんて変だ。絶対に」
トウヤはようやくスオウの腕から解放されて、そんなシスへと呆れ顔で言っていく。
「…長々と俺に不平を並べてはいるが、つまり俺が助けた相手が気に食わなかったんだな。そんなに酷い奴だったのか? それに俺はダストとしての義務を果たしただけだぞ」
「そんな義務は要らん。犬にでも食わせなさいっ! 俺はね、保護者である俺達にまず先に判断を仰ぎなさいって言ってるのよっ! だから無謀な行動に走るな。絶対禁止っ!」
「…あのな」
現代の世で、一体何処に犬が生き残っているというのか。居たら是非見てみたいものだ。それに一体誰が保護者だ。契約者ではあるが保護者なぞでは決してない。断じて違う。
何よりも無謀な行動以前の話だった筈だ。…ダストには人間を最優先で守る義務がある。そして万一自分が廃棄処分になったとしても、代わりのダストが都市から派遣されるのだ。だから無謀な行動を取ってはならないという理由にはならない。すぐに代わりが来るのだから。彼らには何の不利益も生じない筈だ。だが、ここでそれを言ってしまうと――。
そう思っていると、まるで思考を読んだかのようにスオウが溜息混じりに言ってくる。
「今回は全面的に僕達が悪かった。君達を二人にした僕達のミスだ。…君達ダストは人間が相手だと途端に非力になるって分かっていた筈なのに。君達を二人にしてしまった。これは明らかに僕の判断ミスだ。…本当にごめんね。だからもう二度と同じミスはしない。君達は今後、どんな事情が背景にあったとしても単独行動の全てを禁止する。今回の一件で君達は無条件で人間を守らなければならないって事が分かったからね。そんな事は絶対許さない。救うべき者は救い、見捨てなければならない時は見捨てる。それは外で生きる者にとっては大原則だ。だから君達も守る事。人間だからと無闇に救出へと走らない事。いいね?」
「「……」」
一体どうしたものか。思わず二人は互いに顔を見合わせていた。スオウの言葉はダストにとって、絶対に不可能ともいえるものだったからだ。つまりは、である。ダストである二人に対して「人間を見捨てろ」と、そう言っているのである。かなり無茶苦茶な話である。
そう二人でどうしたものかと困惑していると、そこへジュナが笑みを湛えながら「あら、返事はどうしたの?」と二人へと言ってくる。…明らかに脅しである。
最早そこに別の選択肢などなく、二人は慌てて「了解しました!」と頷くしかなかった。すると彼らは一様に安堵の表情を浮かべていき、それに二人は情けない顔をするばかりだ。だがトウヤは自らの体の状態を思い出して、苦い顔をしながらマックスへと頼んでいた。
「…悪いがマックス。肩を貸してくれないか。ペガサスに乗りたいんだ」
「へ? そりゃいいけど――」
そう言ってマックスが手を伸ばしていくが、それをシスが不機嫌顔で遮っていく。
「早々に単独行動らしき話をアリガトウさん。ペガサスちゃんに乗って何処へ行くつもりなのかな~? …トウヤ君、俺達の話をちゃんと聞いていたかな? 君達だけで行動させないって話をしたばかりじゃないかな? 君は俺達の話をちっとも聞いてなかったんだね」
「……」
何とも気色悪い言い方をされて、トウヤは思い切り苦い顔をしていた。だが自らの現状を思い出すとここで引き下がる訳にも行かず、止むを得ずそれを彼らへと説明していく。
「違う。…一度都市へ、都市にあるプラントに戻りたいんだ。そこで体を修理して貰う必要がある。まさか破損した部位をそのままという訳にはいかないだろう? だから一度都市へ戻らせて欲しいんだ。それに俺のメイン・システムは一度強制終了している。戻って精密検査を受けないと危険だ。今度システムがダウンすれば再び意識が戻る確証は無い。だから」
戻らせて欲しいと必死に頼み込んで行くと、何故か彼らはそれぞれ沈黙していく。そしてジュナがぽんっと手を叩いてきて、ならばと笑いながらトウヤへと言ってくるのだった。
「だったら私達のジープの方に乗りなさいよ。そっちで送って行ってあげるわ。そうしたら単独行動せずに済むでしょ? …ねぇ、代わりにペガサスに乗せて貰えない? あの子達に一度乗ってみたかったのよ。あの子達って大人しいし、人間も乗せてくれるみたいだし」
どうやらジュナは、トウヤのペガサスに男が乗っているのを見て自分達も乗れるのだと判断したようだ。いや、確かに問題は無いが。何となくジュナの眼が輝いているような?
気のせいかとトウヤは内心困惑しつつ、思わず相棒であるマックスを見る。しかし彼女は嬉しそうに微笑むばかりで、ジュナの発案に意見する気は無いようだった。
そうして気付けばジュナの案が採用されており、ならばとシスが動こうとしないトウヤをジープへと乗せるべく、トウヤの体を持ち上げようとして驚きの声を上げる。
「…って、お前メッチャ重! どうしてそんなに重いんだよ。見た目はちっこいのにっ」
「ちっこいは余計だっ! 体の大半が機械なんだから重いに決まっている。人間と一緒にするな! だからペガサスで戻ると言っているだろう。どうせ俺は――」
即座にトウヤは切り返していき、それにシスは「あ~、はいはい」と笑いながらトウヤをどうにか持ち上げていき、ジープの後部座席へと寝かせていく。そしてマックスに言った。
「お前は助手席な。お前のペガサスちゃんには俺が乗らせて貰うから」
「へ?」
突然何を言うのだ。そうマックスは眼を瞬かせるが、その間に二人のペガサスにはジュナとシスが跨っていき、スオウはジープの運転席へと座ってマックスを促してくる。
「さぁマックス、乗ってよ。良ければ僕も後でペガサスに乗せて貰っていいかな。本当言うとね、僕も乗ってみたかったんだ。だからシス、後で運転を交代してよ。いいだろ?」
するとシスから「お~」と短い返事が戻って来て、彼らは二人の返事を待たずにジープを走らせ始める。その動きに合わせて門が開かれていき、同時に二頭のペガサスが飛び立つ。
トウヤとマックスを乗せたジープが茜色に染まった夕焼けの下を行く。そんな夕焼けを地上から見つめながら、思わずマックスは後ろに寝かされたトウヤへと言うのだった。
「お前の眼が覚めて良かった。…完全に壊れてなくて良かった。良かった。本当に――」
「…マックス」
思い掛けない彼女の言葉を聞き、だがトウヤは敢えて言葉を返さなかった。スオウは二人の会話を聞いていない振りをしており、何も言わず黙ってジープを運転し続けた。
夕焼けに染まった赤砂の大地を行くジープ。そしてその上を二頭のペガサスが翔る。二人にとっては何とも不思議な光景であった。…でも偶には良いかも知れないと、そう思った。
だって彼らも楽しそうだから。だから偶には良いと、今はそう思えた。こんな風に思えたのは何年振りだろう。もう少しだけこんな時間が続けばいい。…もう少しだけで良いから。
永遠には続かない穏やかな時に二人は顔を綻ばせる。そしてそんな二人を大人達もまた穏やかな表情をして見つめていた。少しずつではあるが確実に近づいている互いの距離。
それを喜ぶ大人である三人と、決して長く続かぬ時を悟っているダストである二人。でも今という時を大切に想うのは互いに同じであった。だからそれでいい。それでいいのだ。
今だけは今という時間を噛み締めよう。…それだけで今は十分なのだから――。
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