5. DEPARTURE
メッセンジャー号は全長47m、幅19mの円筒形だ。本来、港と港を行き来するための船で、天体に接岸あるいは着陸する構造は持ち合わせていない。今回の調査のため大幅に改造されたのは化学燃料を積むタンクの増設と小惑星スミーアに軟着陸する時の足にもなるショックアブソーバが船体片面に18か所取り付けられている。その足に守られるようにロケットエンジンも16基顔を出している。
スミーアの軟着陸側の重力は月とほぼ同じ1.5 m/s2。スミーア自体の質量から来ているものではなく、あくまでもスミーアの現在地での太陽の重力加速度である。
要するに、静止状態で太陽に落下するのをスミーアが止めている時の加速度だ。
船内は航行時以外は無重力である。居住区は船体内で数ミリの隙間を持って超電導磁気浮上している。航行が始まる時には居住区が回転を始め人工重力が発生するのである。
出発はあっけない。メンバー全員が船内に入りハッチが閉まると、船内コンピュータのアンジーから床に接するよう指示があった。ジョディの位置からだと床は真上だ。彼女はすぐに壁をけって床に身体全体を接触させた。やがて、接触から横たわる感覚になった。航行が始まって人工重力が発生したのだ。
さぁ、2ヶ月後にはスミーアに会える。ジョディは自室でムーンベースのコンピュータに頼んでおいたデータを見ることにした。アンジーに出してもらうように言うと、アンジーはたった15分で見れますか?と言った。ジョディがどういう意味か尋ねると、「食堂に19:00に集合との連絡が入りました。」「じゃぁそれを先に言ってよ」ジョディは機械相手に文句を言いながら食堂へ向かった。
食堂ではカーン博士とパイロットのマイクが何か話をしていた。あと、まだ話をしたこともない人が数人席についていた。みんな知り合いらしい。やがてベンソン教授も席につき、全員が揃った。
カーン博士から、調査チームのグループとメンバーの紹介があった。
パイロットはマイクとローラの2名。パイロットと言っても船を操縦するわけではない。船の状態確認とメンテナンスが主な仕事だ。一応マイクが船長になる。ローラとはムーンベースでお友達になっていた。
エンジニアがジェフ、タケル、アラン、ナブラ、フロイド、ショーンの6名。チーフはジェフ。ムーンベースでのミーティングで軌道遷移再開の可能性について質問した男性が、このチーフのジェフだ。
そして、研究者グループが、カーン博士、ベンソン教授、ジースとジョディの4名。計12名だが、あと1名、カーン博士の友人でもある、ドクター兼コック兼博士のチェスの相手、Dr.セバスチャン・キャボット。
ジョディは船のコンピュータ、アンジーについて質問した。先ほどの意地悪な言い回しのことだ。悪意はないのだろうけど、今後のこともあるのでジョディは確かめておきたかったのだろう。もちろん、この会話はアンジーにも聞こえている。
エンジニアチーフのジェフが何かを調べ出した。しばらくしてジョディに答えながらみんなにもわかるように説明を始めた。
「前の船長の渡しメモによると、アンジーは大変気の効く良い子らしい。」それを聞くと一斉にみんながアンジーに「よろしくアンジー」と騒ぎ出した。ジェフは騒ぎを鎮めるように大声で「ただし、気が効きすぎて理由の前に結論を話す癖があるらしい」一斉に笑いだした。「そらそうだ、納得してから行動したがるのは人間だけだからなぁ。」誰かが言った。ジョディはなんだか自分が人間だということをバカにされたような気分になった。でも、考えてみればスミーアへ行くのも軌道遷移の意味を納得するために行くのだから、そのとおりだとも思った。
やがて、セバスチャンが立ち上がって言った。「一応わたしはコックも兼ねているが、私が料理するのは月に一度だけ。普段はアンジーに任す。そこで、今夜はその月に一度ということにして、皆さんに無重力でこねて作った特製ハンバーグをごちそうしたい。」一斉に拍手と歓声が上がった。セバスチャンはアンジーにも勧めたが、アンジーは「今日は体調が思わしくないので遠慮させていただきます。」と答えた。再び笑いが起こった。
みんなそれぞれ料理を受け取り、気の合う者どおしで座って食事を始めた。焦げ目のついた料理は普段は食べれないので、みんなおいしそうに食べ始めた。
ジョディはローラに声をかけて一緒に座った。と、そこへ同じ研究グループのジースが割り込むように入って来た。
彼は惑星地質学者だ。彼はおおよそ科学者とは思えない軽いノリで話しかけてくる。どうもパイロットのローラに興味があるらしいが、ローラは全く意に介さず普通に会話している。
ジョディは、ジースにスミーアのことを尋ねた。
「ジース、スミーアはどのようにしてあの場所に静止していられるのか想像はつくの?」ジースは答えた。「いいや、まったく。行ってスミーアに聞いてみるさ。」ジョディは予想していたとはいえ、あまりにもの答えにあきれた。なぜ彼が正規メンバーで私が飛び入りなのよ。と言いたい気持ちを抑えて続けた。
「私は、スミーアは天体じゃないと思うの」するとジースは少し真面目な顔で答えた「へぇーッ、じゃ君はスミーアは誰かが作ったとでも?」「そういうわけではないけど・・・」ジョディは言ったことを後悔した。
ジースは言った「スミーアは極々平均的な炭素系のC型小惑星だよ。と言ってもスペクトルを調べただけだけどね。」そのあとジースが奇妙なことを言った「ただ、平均的な地質の小惑星ではあるのだけど、最初にスミーアの異常を発見した小惑星捕獲艦(Asteroid capture ship)のドライバーがスミーアとすれ違う時にセンサーを打ち込んだんだよ。当たりはしたが固定できなかった。」ジョディもローラもそのことはムーンベースのミーティングで聞いて知っていた。ジースは続けた「その時の映像を解析したのだけど、質量が計算と合わないんだよ」今度はローラが聞いた「合わないってどういうこと?遷移する前の軌道はわかっているのでしょう。なら潮汐力からも調べてみたの?」
ジースはカーン博士に報告した内容をそのままここで話す羽目になった。
ジースの話はこうだ。小惑星捕獲艦のドライバー、マットの打ちこんだセンサーの速度がスミーア到達時点では微小ながらもスミーアの引力で当然大きくなる。しかし、その量が計算より少ないというのだ。
そこでコンピュータにそれらのデータとスペクトルデータ、そして今まで採取したあらゆるデータから予測可能な結果を聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「スミーアはC型小惑星。炭素系成分95%。珪素2%、不明金属3%。
その不明金属3%が原因とされる空洞があることが予想されます。」
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