散り消え行く者
四人で火を囲み、地べたに座っていた。
レイブルは、頭部へのダメージを受けたためか、ろれつがおかしい。
二、三言話すと、あとは黙ってしまった。
傷は、帽子で隠してあるので、よく見えない。
グリップは困惑し、ジグは憤っていた。
「わざと、奴らを逃がしたな、ランディ?」
ジグの口調は、詰問するかのようだった。
「彼らを倒す引き換えに、ジグ、お前を失うところだったのだ」
「俺一人の命よりも、奴ら三人を殺すべきだっただろう」
「それでは、困るのだ。エスはどうか知らないが、私は望まない」
グリップの眼の色が、変わった。
「意味が、よくわからないな、ランディ」
「エスは、戦力となる人材を求めている。テラント・エセンツたちは、その候補。だからエスは、彼らに協力している」
「エス……俺たちの前に現れた、白い男か。敵と、繋がりがあると」
「彼らの力を、エスは測っている。お前たちと戦わせることでな」
「俺たちは、そんな理由で戦わされていたのか」
「納得できるとは思わない。だからせめて、私は道を残した。お前たちは勝てば、ストラームの傍にいれる。『コミュニティ』に怯える必要もなくなる」
「待て」
ジグが口を挟んだ。
「俺たちが、無理に争う必要はないのではないか。俺たちも、奴らも、エスに協力すればいい」
「エスは、この程度で死ぬような弱者は、淘汰されればいいと考えている。それに、テラント・エセンツたちは引かんぞ。おそらく、何かしらの報酬が約束されている」
「戦闘は避けられないか」
グリップが、新たに準備した剣を抱くようにしながら言った。
兵士が使っていた物である。
「ジグも奴らも失うのは望まない、と言ったな。それはどういうことだ」
「私としては、勝つ方には全員生き延びて欲しい。それが、ストラームやルーアのためになる」
「……わかった。どの道、俺たちは勝つしかない。それは決まっていたことだ」
「待てグリップ」
立ち上がったグリップを、ジグが制止した。
「まだ、確認しないといけないことがある」
眼を光らせた。
「俺たちは、ランディ、お前を味方だと考えていいのか?」
「……お前たちが望んでくれるならば、お前たちの勝利のために剣を振るうつもりだ」
「今こうして、全部話してくれているんだ。疑うなよ、ジグ。お前たちもランディも、俺が連れてきたんだ」
「お前は甘すぎる。……だが、お前が言うなら、ランディを信じよう」
ジグの言葉に、レイブルも無言で頷く。
たいしたものだ、とランディは素直に思った。
ジグやレイブルといった男たちに、グリップは信頼されている。
もし、道を踏み外していなければ、何かやり遂げていたかもしれない。
「お前がリーダーだ、グリップ。だから、もう一つ、お前が決めろ」
ジグが、後方を親指で差した。
遠くに、火の光が見える。
先程、テラント・エセンツたちと戦闘した場所に近い。
彼らは、そこにいる。
「すぐに戦いを仕掛けるか、時間を開けるか、だ」
どちらを選んでも、利点と欠点がある。
理由はわからないが、テラント・エセンツたちは人数が欠けている。
時間を開けると、相手の戦力が合流する恐れがあった。
だが、時間が経過するほど、消耗したジグとレイブルは回復できる。
「日が、地平線に触れるまで」
しばし迷って、グリップが言った。
ランディならば、即座に戦いを仕掛ける。
人数の多さが、数少ないこちらが勝る点だからだ。
だが、口は挟まなかった。
リーダーはグリップである。
「狙い目は、魔法使いのお嬢ちゃんだな。ジグの話を聞く限りでは、素人だ」
それは、おそらく正しい。
戦闘が始まったら、彼女は何もできずに死んでいくだろう。
それも、仲間の足を引っ張りながらだ。
そうなれば、こちらの勝ちだった。
ランディだったら、戦闘経験が乏しい者は、参加させない。
テラント・エセンツはどうするか。
もし戦力と計算して近くに置くのならば、まだまだ甘く、若い。
いずれ、答えは出る。
そしてそれが、勝敗の分かれ目になると、ランディは確信していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
辺りが、薄暗くなってきた。
テラントは、大胆にも寝転がっていた。
小さく、寝息を立てている。
これまでの戦闘で、最も負担がかかっていたのは、間違いなく彼だった。
今は、身動き一つしない。
寝返りする体力の消耗すら惜しい、という感じだった。
見張りは、シーパルが受け持った。
ずっと山の中で生きてきた。
ヨゥロ族はみな、人並み外れて視力がいい。
シーパルは、意識を緊張させた。
アジトから向かってくる、人影が四つ。
「……来るか」
起こすまでもなく、テラントが頭を上げた。
一瞬、シーパルは寒気がした。
普段よりも、テラントが纏う空気が鋭くなっている。
この男がいれば、とシーパルは思った。
相手がどれほどの手練れだろうが、人数が多かろうが、負けることはないような気がする。
「調子はどうですか?」
「微妙」
テラントは、軽く体を動かし、凝った関節を解し始めた。
「デリフィスの野郎は……遅刻か」
「そのようです」
「あとでお仕置きだな」
「ティアに付けたのは、あなたでしょうに……」
ランディたち。
近付いてくる。
「どう戦うべきか、わかるな?」
問い掛けに、シーパルは首を縦に振った。
短期決戦。
それしかない。
それも、最初の交錯で、誰かを倒したい。
ランディ、ジグ、レイブル、シーパルは初めて見る、褐色の肌の剣士。
いずれも、危険な雰囲気だった。
単純な戦力としては、こちらが劣る。
まともにぶつかれば、消耗していくのはシーパルたちだった。
そして、時間が経過するほど、力は擦り減り、苦しい状況となっていく。
「残念ながら、俺は万全とは言えん。だからシーパル、お前を中心に戦う」
「はい」
「好きにやっていい。俺はそれに合わせる」
かなり、距離は詰まってきた。
もう少しで、魔法は届く。
大声を張り上げれば、聞こえるだろう。
今更、掛け合う言葉はないが。
シーパルには、相手が一枚岩だとは思えなかった。
ランディが彼らに加わったのは、最近なはず。
十分な信頼関係が築かれたとは、思えない。
そして、ランディが加わらなければ、自分たちと戦うことはなく、兵士を失うこともなかった。
猜疑心が生まれてもおかしくない。
それは、森でのランディとジグとのやり取りからもわかる。
どれだけ仲間だと自分に言い聞かせても、どこか信用しきれない。
人の心は、それほど単純ではない。
命が掛かる場面では、尚更だった。
魔法が届く間合いに入った。
突くべきは、その心の隙。
シーパルは、腕を振り上げた。
この距離なら、どのような魔法でも、有効打にはならない。
受け止めることもかわすことも、難しくはないはずだ。
構わなかった。
「ヴァル・エクスプロード!」
巨大な火球を、ランディたちの前に叩きつける。
さらにシーパルは、破壊的な魔法を、所構わず何発も放った。
辺りがすっかり、土煙と炎に覆われる。
急減した魔力に膝が折れそうになるが、シーパルは耐えて左に走った。
テラントが、黙ってついて来る。
移動しながらも、魔法は放ち続けた。
この状況では、視覚も聴覚も正常には働かない。
当てることが目的ではなかった。
次々と魔法が飛んでくる状態では、四人でまとまってはいられない。
そして、ランディと、褐色の肌の剣士には、シーパルたちの正確な位置はわからないはずだ。
だが、ジグとレイブルは別である。
魔法使いは、他者の魔力が感知できる。
煙を吸い込み、咳込みながらシーパルは走った。
いつの間にか、テラントは姿を眩ましている。
前方に、レイブルの姿。
やや離れた右手にはジグ。
ランディたちの姿はない。
望み通り、『悪魔憑き』が突出してくれた。
もしこれだけ掻き回しても団結していられたら、一旦退却して、いつ来るかわからないデリフィスやルーアを待つしかなかった。
シーパルとレイブルが、同時に手を上げる。
ジグからも狙われているのはわかっているが、距離がある。
そして、手が回らない。
「ライトニング・ボール!」
シーパルは叫び、光球を放った。
レイブルの声は、くぐもっていてよく聞こえなかったが、同じ魔法である。
ルーアに、頭を叩き割られた影響が残っているのだろう、ごく小さな光球。
シーパルの光球も、魔法を連発した直後のため、たいした威力はない。
いきなり、テラントが土煙から飛び出してきた。
レイブルの光球を、光の剣で斬る。
至近距離で破裂した光球に、テラントはたたらを踏んだ。
(また無茶なことを……!)
だがその一瞬の閃光が、レイブルには眼眩ましになったのだろう。
障害がなくなり突き進む、シーパルが放った光球が、レイブルの胸を穿つ。
「……かっ!?」
レイブルは、体を震わせた。
テラントが、ダメージはあるはずだが、再び土煙へと飛び込む。
シーパルは、照準をレイブルに合わせた。
「フォトン……」
「させるかぁ!」
ジグ。
ここまで魔法を使っていない。
だから、ジグの魔法の方が早く発動することはわかっていた。
だが。
もう、驚きを通り越して呆れるしかなかった。
一体、どういう身体能力をしているのか。
テラントが、ジグのすぐ真横に踊り出た。
残ったジグの右腕が切断される。
「……ブレイザー!」
シーパルが放った光線が、動けないレイブルの上半身を吹き飛ばした。
テラントが、光の剣を振るう。
ジグの体を袈裟斬りに斬り裂き、返す刀で首を撥ね飛ばした。
地に、頭部が転がる。
時間を置いて、ジグの体が仰向けに倒れた。
テラントは、空気を求めるように喘ぎ、片膝をついた。
やはり、無理をしている。
テラントの所へは、向かえなかった。
シーパルへと向かってくる影。
褐色の肌の剣士だった。
シーパルは、指を向けた。
「グランド・ジャベリン!」
大地から、無数の錐が突起する。
細かいステップでかわし、あるいは剣で払い、迫る褐色の肌の剣士。
この男もまた、人間離れした動きだった。
シーパルは後退しかけて、それでも踏み止まった。
まだ、魔法は持続している。
シーパルが動けば、狙いがずれる。
この男も、無理をしているはずだった。
危険だとわかっていながら、退かずに向かってきている。
我慢比べだった。
先に逃げた方が、劣勢となる。
両者共に譲らないのならば、シーパルの魔法を操作する技術と、男の身体能力の勝負だった。
男の射抜くような視線に、シーパルは怯みそうになった。
この男は、止まらないのではないかと思う。
剣が喉元に迫り、シーパルは身を翻した。
褐色の肌の男が、シーパルの横を通り過ぎ、地面を転がる。
左足のふくらはぎから、おびただしい出血をしていた。
大地の槍が、貫いたのだ。
それが、男の前進を半歩分遅らせた。
もし、それがなかったら。
シーパルは、自分の首筋に触れた。
血は出ていないが、痺れたような感覚がある。
汗が吹き出た。
紙一重の勝負だった。
男が、剣を杖代わりにして立ち上がる。
短い間に、様々な攻防を繰り広げた最初の交錯だった。
そして、シーパルたちには、最良の結果となった。
『悪魔憑き』二人は死亡。
褐色の肌の剣士は、足に重傷を負った。
ふと、シーパルは呻きを耳にした。
ランディ。
シーパルに剣先は向けていたが、足は完全に止まっていた。
胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。
顔色は真っ青だった。
(……?)
何が、あった?
「ぼさっとすんな!」
テラントの声。
「終わらせるぞ!」
褐色の肌の男に斬り掛かる。
そうだ。
あとこの男さえ倒せば、自分たちの役目は全うしたことになる。
テラントの剣を弾き、しかし男はよろめいた。
シーパルは、掌を向けた。
その足ではかわせないはずだ。
だが、強烈な重圧に、シーパルは振り向いた。
ランディが、跳ねるように駆け出した。
悲鳴を上げそうになる。
無駄と知りつつ短槍を投げ付け、シーパルが次にとった行動は、逃亡だった。
「フライト!」
後方に飛ぶ。
唸りを上げて振り下ろされたランディの剣が、シーパルの体をかすめ地面をえぐった。
恐怖に感情を支配されながら、飛行の魔法を持続する。
魔法使いでは、ランディに歯が立たない。
とにかく、距離を取ることだ。
誰かとすれ違い、シーパルは飛行の魔法を解除した。
ランディが足を止め、眼を細める。
「遅かったな、デリフィス」
テラントは、口許を緩めていた。
「もう、大詰めだ」
「……」
デリフィスの溜息が聞こえた気がした。
「……最後くらい、譲ってもらうぞ」
「好きにしろ、よ!」
テラントが、剣を抜きランディに激しく斬り掛かった。
火花が散る。
「俺は俺で、こっちと続きがある!」
ランディが、小さく笑った。
テラント。
まだ頭部の負傷の影響は残っているはずだが、ランディの相手を一人でできるのか?
シーパルが参加しても、邪魔になるだけである。
デリフィスは、テラントたちには興味なさ気で、褐色の肌の男へと歩みを進めた。
「……グリップ」
「……よぉ、デリフィス」
褐色の肌の剣士、グリップの頬を、一筋二筋と汗が伝った。
それは、足の痛みのためか、別の理由か。
デリフィスは、グリップの左足を見つめた。
次に彼が何を言うか、シーパルはわかるような気がした。
「……シーパル。グリップの怪我を、治してくれないか?」
(やっぱり……)
激高したのは、グリップだった。
「おい! おいおい! 馬鹿にしすぎだ、デリフィス!」
「馬鹿にしている訳ではない。ただ俺は、万全なお前を斬りたい」
「それを馬鹿にしてるって言うんだ! いいか! この怪我は、俺がそこの緑のに劣って、戦場で受けた傷だ! お前だったら、それを言い訳にするか!?」
「……わかった、命は貰うぞ」
「こい!」
グリップが、剣を構えた。
気が漲っている。
デリフィスが、地を蹴り一瞬で間合いを詰めた。
グリップは、なんとかデリフィスの剣を受け止める。
それは、称賛に値することだった。
足を引きずりながら、デリフィスの剣を受けることができる者は、そうはいない。
しかし、グリップの抵抗もそこまでだった。
次の斬撃で、グリップの剣が跳ね上がる。
そして、デリフィスの剣が、グリップの肩口を深々と斬り裂いた。
「……ちくしょう」
心臓にまで達するほどの傷に、グリップの体が痙攣する。
「……強ぇなぁ……やっぱり……」
グリップは微笑し、地に伏した。
「……終わりましたね」
「まだだ」
デリフィスは、剣を空振りさせて、刃に付いた血を切った。
「テラントが満足していない」
絶え間無く続いていた剣撃の音が、途切れる。
テラントが、口の端を上げた。
「俺たちの、勝ちだな」
「そのようだ」
静かにランディは認めた。
「自分の眼を、節穴だとは思わない。グリップたちにも、それぞれ見所はあった。だが、全ての面で、お前たちが勝っていた」
「これ以上、続ける必要はない。けど、久しぶりに興奮しちゃってるんだ。もちょい、付き合ってもらえるか?」
「いいだろう。私も久しぶりに、いささか血が熱くなっている」
短く気を吐き、再び二人はぶつかった。
激しく剣を打ち合わせる。
一撃必殺の斬撃の応酬だった。
まるで竜巻と竜巻が、ぶつかり合っているかのようである。
それが、五分、十分と続いた。
一体、どれほど剣を合わせたか。
まず、ランディが動きを止めた。
二人とも、激しく肩で息をしている。
ランディが、咳込んだ。
そして、何かを飲み込む。
口の端から、血が溢れ出た。
「……残念だけど、ここまでか」
テラントは、剣を収めた。
「……いいのか?」
「これ以上は、エスに文句を言われそうだしな」
「そうか」
「楽しかったぜ」
お互いに、背を向けた。
「……いいんですか?」
シーパルは、愚問をしてしまった。
テラントの顔は、満足感に浸っている。
「十回勝負すれば、五回は勝てる。六回勝てるかはわからん。ランディも、同じふうに感じたかもしれんがな。俺としては、十分だ。それにあとは、ルーアの仕事だろ」
テラントは肩越しに、遠ざかるランディの背中に眼をやった。
じゃあな、彼は小さく呟いた。
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