第五話 『分離不安』

 ニーナがこのまま校内にいるわけにもいかず、匿う場所を探していたが──

 結局それは、ヤマゲンの寮の部屋になった。二人部屋だ。もちろん、すでにもう一人いるわけで──問題が山積みである。

 二人部屋にすでに二人いるのにどうするんだ? とヤマゲンに言うと、ヤマゲンは


「二人も三人も変わんないって」


 と、さらっと言いやがる。


「とりあえず数日ね。その後のことは追々考えようよ」


「ああ、そうだな」


 つまり、何も考えてなかったのか。


「ルームメイトには、何て言うつもりなんだ」


 ヤマゲンのルームメイトは、琴之葉美霧ことのはみきりというらしい。クラスは違うが同学年である。話したことはおろか、会ったこともない。そして、ヤマゲンからも彼女の話が出たことはない。ようするに彼女のことは、未知数である。


「友達が遊びに来たので、しばらく泊めてあげてって言う」


「それで大丈夫なのか?」


「大丈夫でしょ」


 不安しか無い。しかし対案がない今、ヤマゲンの言うその可能性に縋るしか無い。

 

 放課後、ヤマゲンは一度寮に戻り、貸せそうな制服を持ってきた。サイズは微妙に合っていない気がするが、選り好みしている余裕はない。

 それに、これでだいぶ目立たなくなるはずだ。少々胸の辺がきつそうだけど、大丈夫だろうって言ったらヤマゲンに怒られた。


 帰りのバスの時間があるので、俺は引き上げるしかなく、後はヤマゲンに任せるしかなくなった。少々、いや、かなり心配である。


「大丈夫なんだろうな? ヤマゲン」


「まっかせなさーい!」


 ドンっと胸を叩き親指を立てて見せるヤマゲン。その脳天気な仕草に、ますます不安が増大する。


 とはいえ、一緒に寮に行くわけにもいかない。行きたいけどね。いや、ニーナが心配っていう意味だよ? 他意は無い。( ー`дー´)キリッ


 大きな不安を抱えながら、停留所でヤマゲンとニーナに見送られ、バスに乗り込む。軽く手を振って二人とお別れ。バスが走り出すと、いつもとは違う一番後ろの席に座り、二人が居た場所を眺めた。

 

 二人は見えなくなるまで、ずっとこちらを見続けていた。




 夜9時ぐらいになると、そわそわしてきた。

 

 ニーナは大丈夫か?

 ヤマゲンはちゃんとやってるのか?

 ルームメイトはちゃんと承諾したのか?


 自宅の部屋でベッドの上で悶々としていた。


 ルームメイトについては最悪、ニーナの、アレでなんとかしてしまえるから。いいといえばいいんだけど、やっぱり出来る限り使って欲しくない。やっぱりそういう人を超えた力を使われると、恐怖を感じる。

 ニーナは良い子っぽいけど、だからといって絶対変なことをしないとは言えない。


 我慢の限界だった。


 携帯を取り出して、ヤマゲンに電話をする。ヤマゲンの携帯番号を初めから知っていた訳ではない。

 今日、ニーナを預けるので、何かあったときのために、お互いの携帯の番号とメールを交換しておいたのだ。

 自分の携帯に登録される初めての異性がヤマゲンになるとは………素直に喜べない。あ、母親は別な。

 ヤマゲンはヤマゲンで、こういった事情があったせいか、特になんの感傷も無く素直に交換に応じてたしな。多少の照れとかあるとまた良かったんだけど。

 良かったってなんだ。別にあいつの反応とかいらないからな。ほんとうだよ?


「はい?」


 ええっと……ヤマゲンだよな。電話に出てるの。なんか初めての電話って緊張するよな。面と向かって話すのはなんでもないのに。


「お、おう、山根だ。そっちどんな感じだ? ルームメイトは大丈夫だったのか?」


「……あーうん。ダイジョウブダイジョウブ」


 なんか軽い返事だな。本当に大丈夫なのか? それに返答にちょっと間があった気がする。


「ニーナはどうしてる?」


「あんた保護者みたいね」


 ヤマゲンは楽しそうに、くすっと笑った。

 保護者って……。他に言いようがあるだろうが。


「ニーナは寝てるよ。よっぽど疲れてたんだねえ」


「そっか」


 そうだよな。大変だったみたいだし。なんとなくイメージで見せられてるけど、実体験とはまた違うだろうしな。


「お風呂に入れてから寝てもらおうと思ったんだけど、ニーナさん、ぱったりと倒れこむように寝ちゃって」


「そっか」


「やまねこ、なんかお父さんみたい」


 ヤマゲンは、今度はゲラゲラと笑った。お父さんって。せめてお兄さんとお言いって、違うか。まあ、ニーナが心配で仕方がないことは事実だ。なんでかわからないけど。頼られた以上は、ちゃんとなんとかしてあげたいというか。こういうのを保護欲と言うのだろうか。やっぱり保護者なのかもしれない。


 ルームメイトの話をしないのは、意図的か、それとも素で忘れているのか? 聞くのが怖くなってきた。それとも、さっきのダイジョウブってことで完結したということだろうか?


「そろそろ切るね。美霧が寂しそうにしているから☆」


「おう。わかった。じゃあな」


 プープープー


 明日はどうなるだろうか。

 俺に何が出来るだろうか。


 そして、何が一番いい選択なのだろうか。

 

 今の自分には、まったくわからなかった。

 

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