甘味への逃避行

「……落ち着いたかい」

 数時間後に目を開けた健斗に声をかける。

「ああ……寝ている間に色々整理した」

「すぐに飲み込めるモノでもないだろう……話相手くらいにはなるよ」

「じゃあ……これから少しずつ、頼むわ」

 起き上がった彼に水を渡し、私は咳払いをする。

「健斗……これからは毎日地下図書館に来てくれ」

「……は?」

「これない時は電話をするんだ、いいね?」

「いやいや、なんなんだいきなり」

「君が自殺しないか心配なんだよ」

「…………」

 少しの沈黙……

「いやいや、しないよ自殺なんて」

「このままだとするのは分かっているんだ」

「なんでそんなに言い切るんだよ」

「……君、初めて地下図書館に来た時、どうやって来たんだい?」

 彼は少し考えた後に答える。

「マンホールから落ちた」

「なんで落ちたんだい?」

「……?」

 どうやら記憶の整理はまだ終わっていないようだ。一部の記憶はまだ脳の深いところに押し込められてしまっている。まあ……それは時間が解決するだろう。

 それより健斗がマンホールから落ちたわけだ。

「君は……自殺しようとしたんだよ」

「は?」

 地下図書館の入り口近くにはカメラを仕込んである。私はそれで見ていた、健斗がマンホールに落ちる姿を。

 何故そんなところを選んだのかはわからないが……健斗は自分から落ちたのだ。

 その旨を健斗に伝える。

「……じゃあ落ちている途中に偏食漠に記憶を喰われたって事か?」

「おそらくそうだろうね」

「……寝る」

 彼はそう言って布団を被る。

「色々ありすぎて混乱しているし疲れた」

 明るく振舞っているが、彼は彼なりに考えたい事があるのだろう。

「そうか……おやすみ」

 私は彼を部屋に残し、台所に向かう。流石に頭を使いすぎた、甘味が欲しい。

 冷蔵庫を開けるとチョコレートがあった……今回の報酬という事にして貰おう。

 割った一欠片を口に放り込む

「……苦」

 ブラックじゃないか。

 全く、余計に甘味が欲しくなる。

「そうだ」

 彼が起きたら一緒にとっておきの甘味を食べに行こう。

 今の彼には甘味が必要だ。そうに違いない。

 私は自分に言い聞かせ、とっておきを想像する。考えるだけでほんの少し幸せな気分になる。

 これからが大変なのだ。今くらいは甘味に逃げたって……いいだろう?

 私は誰かに、恐らくは自分自身にそう問いかけた。

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