好奇心は吸血鬼をも殺す
はちゃち
序幕「地上最強の吸血鬼」
[1]リネーシャ・シベリシスの追憶
無数の命が流れた鮮血を前にしても、その
空腹というわけではない。
しかし脳裏にこびりついた
「
返り討ちにあい、山のように積み上げられた
「……つまらんな」
満たされないのは食欲ではない。
リネーシャは物心ついた頃から血で血を洗う闘争に身を置き、命のやり取りの中でしか
同族を滅ぼし、世界最古のエルフ国家を
しかしどれほどの天才や
そうして地上最強の座を手にしたリネーシャが得たものは「退屈」だった。
「全く
「――くッ、遅かったか……」
肩で息をしていた男はすぐに呼吸を整え、
そして男は面と向かってリネーシャに問いかける。
「念のため聞くが……生存者は?」
「お前だけだ」
男はただただ無念そうに「そうか……」とだけ
そして男は積み上がった
そんな
「それで? お前は、そろそろ私を
戦闘狂の吸血鬼から殺害予告に等しい期待を向けられ、糸のように細い男の目元はいっそう
リネーシャはこの男の成長に期待している。そのため、誤って他の雑草と一緒に抜かないよう注意を払い、何度となく見逃してやった。実際、
「俺という果実は、もう充分に実ったのか?」
だが実力差は
しかし、今はまだ弱いはずの男の口調は、最強の吸血鬼を前にしても対等だと言わんばかりで
心が折れていない内はまだ強くなれそうだな――と、リネーシャは感じるものの、今は「期待外れだ」とばかりに告げる。
「ようやく
男は「だろうな」とため息をつき肩をすくめ、戦闘態勢を解除する。それは、リネーシャの求めるモノが一方的な
すなわち、男は今回も見逃してもらう前提ということだ。
――少し、味見しておくか。
不意の状況にどれほど対応できるか吟味しようとリネーシャが目を細めた直後、割り込むように男が「ところで話は変わるが――」と軽い口調で話題を変える。
「ちょっと
突然、男が
そのためリネーシャは心が
言葉を返す価値すらない――と。
それは男も気がついているはずだ。
状況から見ても、無数の死体が転がる場所で口にするような
だが男は、構わず言葉を続けた。
「最近『
「……。無駄なことだ」
無言の否定を続ける限り延々としゃべり続けそうな気配を察し、リネーシャはようやく
「けど、退屈しのぎにはなる」
だが男は間髪を入れずに食い下がる。
面倒に思えてきたリネーシャは、結論だけを教えてやることにした。
「お前は知らんだろうが『
「この前見てきたよ。これまで『
世界の外側には『
だがリネーシャにとっては取るに足らない
「だからと言って『他に何もないことの
「そんなことをして何になる」
「違うな。『何になるのか』『意味があるのか』――そこは重要じゃない。その『過程』が楽しいんだよ」
リネーシャは「興味ない」とあしらったつもりだったが、男は嬉々として続ける。
「未知への探究において、苦労が実を結ぶことは少ない。でも……いやだからこそ、上手くいった時の達成感は
男は破顔しながら続けざまにリネーシャへと語りかける。
「リネーシャにもぜひ『
男が語る『仲間』とやらにリネーシャを引き込もうとしている意図は明快だ。地上最強の戦力を
実際にこれまで、そういった下心からすり寄ってきた
「くだらん」
リネーシャは都合良くすり寄ろうとする下心について「くだらない」と
「そう、
リネーシャは会話の
「……」
理解できない。
理解はできない……が、少しばかりの共感はできる。
闘争に身を
――無論、その知的好奇心が「下心のない純粋なもの」だったならば、だが。
リネーシャがそう感じている間にも、男は嬉々として言葉を続ける。
「俺にとっては幸いと言うべきか――この世界は多くの未知や謎であふれてる。
男は間を置かず、そのまま「それに――」とたたみかける。
「世界中の未知を解明していけば、戦闘関連や軍事技術に大きな革新が起きるかもしれないだろう? そうなればリネーシャの求めている
毒気を抜かれたリネーシャはため息をこぼす。表情で暗に「失せろ」と示しても一向に口を閉じないその男に対し、呆れ果てるかのように。
「……まぁいい。今はその口車に乗ってやろう。どうせ、退屈していたところだ」
そして肩をすくめるとリネーシャは
――。
――――。
――――――。
時代は巡る。
人の寿命は短い。
たかだか100年程度で
あの「男」もそうだ。
激動の世界大戦を生き抜き、後に
だがすでに
「今からでも遅くはない。
勇者の
そして彼は、今回も
「いいんだ、リネーシャ。人として生まれたからには、これが道理の通った
リネーシャが目を伏せると、男は息苦しさを押し殺し、優しく微笑みながら言葉を続ける。
「それに、今、とても好奇心がうずいて仕方がないんだ。この世界には明らかに
「……」
「リネーシャ。お前は強い。……だが、
それが彼と交わした
そして勇者は、わずか100年ほどの人生に幕を下ろした。
勇者は生涯、武の
だが、彼の知的好奇心に付き合ってきた中で罠だったことはなかった。下心があるような
そして――共に歩んだこの数十年、リネーシャは不思議と退屈を感じていなかった。
「……」
国を挙げて
「全く
気がつけば、地上最強の吸血鬼は闘争に飽きていた。
代わりに未知なる
その後、リネーシャは勇者の研究機関を引き継ぐと、知的好奇心の
そればかりか、より効率的に研究を進めるために国を手に入れ皇帝の座に着くと、金、権力、人脈の全てを
――。
――――。
――――――。
勇者が
時はラザネラ
その日、リネーシャが新たな論文に目を通していると、勢いよく扉が開かれ、室内に大声が響き渡る。
「ねぇリネーシャ、デートしましょ! でぇ~えぇ~とっ!」
リネーシャが皇帝の椅子を手に入れた国、レスティア皇国。その第一皇女であるエルミリディナ・レスティアの奇行に、室内にいた者たちは驚きながらも「なんだ、いつものか――」と慣れた様子で平常運転に戻る。
だが当事者のリネーシャだけは呆れたような表情を浮かべ、
「
「あらあら、そんなこと言っていいのかしらぁ?」
しかしエルミリディナは一度デートを断られた程度で諦めたりしない。
スッ――とリネーシャの目の前に歩み寄ると、手にした紙の束をチラつかせる。
「興味深い報告が上がってきてるわよぉ?」
そしてエルミリディナは勝ち
その報告書には、ヴァルシウル王国の地底にて『特異性を有する
リネーシャは報告書をめくりながら、思わず口角があがる。
「地底の氷層――
「でしょぉ? あわよくば『
そんな短いやり取りでリネーシャは
「
「
その日、リネーシャは新たなる未知との
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