第7話 入学式前

「似合ってるわ!」


 ジェシカは、『うん、うん』と頷きながら、制服とローブに身を包んだセシルをためつすがめつしている。

 いつまでだって眺めていられる自信がある。


 制服とローブは、魔法を使って綺麗に洗った。

 完璧にシミ抜きをし、繊維が潰れてテカテカになっている箇所も直した。

 シワだってひとつもない。

 がんばった甲斐があり、よほど目を凝らさなければ、新品と間違えてもおかしくない状態にまでなった。

 中級程度までの魔法とはいえ、自由に使えることのメリットを実感する。


 心配していたオーバーサイズのほうは、裾を詰めただけでも、想像以上にマシに見えるようになった。

 第一、ほかの新入生だって、セシルほどではないにしろ大きめのサイズを着てくるに違いないのだ。

 それこそ、いかにも新入生らしく。

 その集団に紛れてしまえば、意外と気にならないかもしれない。


 肩の位置が合わなくて腕を動かしにくいことを心配していたが、古着なことがかえってよかった。

 着古されて生地が柔らかくなっていた。


「ねえ、ママはまだ着替えないの? 入学式に遅れたら嫌だよ」

「そうね。今から着替えるわ」


 入学式にはまだ十分時間があるが、楽しみで待ちきれない気持ちなのだろう。


(大きくなったと思ったけど、やっぱりまだまだ子どもね)


 マーサの整えてくれた髪を乱さないように着替える。

 式典に相応しいように、ととても上品に仕上げてくれた。


 その場で何度もお礼を伝えたが、『やだなあ、水臭い』と言われてしまった。

 彼女とは距離が近い分、もう十分に感謝の気持ちは伝わっていると思っていいだろう。

 次に何か彼女に困り事が出てきたときに、手助けして返せたらいい。

 これまでも互いにそうやってきた。


 リアナの母親は、ワンピース、靴、ハンドバッグ、それからブローチまで貸してくれた。

 ブローチはガラス製でたいした価値はなく、買い取ってもらえなかったから手元に残しただけなのだそう。

 リアナは『気に入らなければ無理につけなくていい』と言い添えてくれたが、気に入らないだなんてとんでもない。

 小さくて控えめながら、光があたると何色にも輝いて、とても美しいと思う。

 こういった装飾品の類いを身につけたことがないジェシカの心は躍る。

 

──こういうのはお互い様だから。


 リアナの母親はそう言っていた、とリアナから聞いた。

 けれど、ジェシカには返せるものがない。

 きっと借りっぱなしになってしまう。

 でも、きっとそのことを向こうも承知している。

 『お互い様』というのは、ジェシカに気を遣わせないためのただの方便に過ぎないのだ。


 せめて、セシルの制服にしたように、新品に近い状態にして返却したい。

 それと、心を込めてお礼の手紙も書こう。


「ママがいつものママと違ーう」

「そうでしょう?」

「うん、すごく綺麗だよ!」

「ふふっ、ありがとう。それじゃあ、そろそろ出発しようね」



 通学ルートを確認しながら歩く。


 魔法学校のほうが、幼児保育所よりも家からずいぶんと遠い。

 朝のスケジュールを大幅に変えなくてはいけなくなる。

 自分はいいが、セシルの負担が大きくなってしまうことは気がかりだ。

 天候の悪い日は特に大変だろう。


 そして、登校以上に心配なのは下校だ。

 人通りが多く、シンプルな道順を教える。

 慎重に考え選んだ通学ルートだったはずだが、実際にこうしてセシルと歩いてみると心配になってくる。


「いい? これからは毎日ひとりで帰ってこないといけないの。なるべく大通りを歩いて帰ってきてね」


(本当は、学校の近くに引っ越せたらいいんだけど……)


 今の下宿と同じ家賃では到底探せない。

 魔法学校の周辺は環境がよく、人気のエリアなのだ。


(セシルが小学生になることだし、工場長に勤務時間の延長をお願いしてみる? だけど、初等部は授業が早く終わってしまうのよね。ひとりで長くお留守番させるのは可哀想だし……)


 通学の利便性と母子の時間。

 どちらを取るべきか。


 ジェシカが考えこんでいるのとは対照的に、セシルの表情は明るい。


「友達、いっぱいできるかな?」

「入学式ってどんなことやるの?」

「学校の先生は、保育所の先生より怖い?」


 質問が次々に投げられる。

 自分が過ごした魔法学校での生活を思い出しながら、ひとつずつ丁寧に答える。


 そうしているうちに、ずっと閉じていたままにしていた記憶の蓋までが開く。

 その開口は最初は小さかったが、話しているうちに徐々に大きくなる。


 入学式の日、緊張しながらくぐった正門。

 実際よりも大きく感じた。

 式はカチカチになって座っていたら、よく分からないうちに終了していた。

 最初に話しかけてくれたリズ。

 すぐに仲よくなれた。

 担任のハーマン先生は声が大きくて、始め厳しそうに見えたけれど、実際にはお茶目で優しかった──


 魔法学校に到着する頃には、すっかり記憶に浸っていた。


 ジェシカの通っていた魔法学校とは違う学校。

 にも拘らず、


(懐かしい)


 そう感じた。

 学校全体が醸す雰囲気が同じなのだ。


「ママ?」

「うん?」


 過去へと飛んでいた意識が、現実に戻る。

 見ると、セシルが不安そうな顔になっている。


「どうしたの?」

「僕、ここでママとお別れ?」


 セシルの視線の先では、受付を済ませた子どもと保護者が、手を振り合って別々の方向へ移動している。


「そうみたいね。でも、安心して。入学式がおこなわれる講堂にママもいるわ。セシルのこと、見守ってる。終わったら、今日は一緒に帰ろうね」


 そこまで言うと、セシルの表情は柔らかくなる。


 ジェシカたちも受付に並んだ。

 順番が来てセシルの名前を告げると、クラスは『A組』だと教えられる。


「セシルさんはこれからA組の教室に行ってください」

「ここからは先生の言うことをよく聞いてね」

「うん。じゃあ、ママ、あとでね」


 まだ少しだけ不安そうだけれど、大丈夫だろう。

 誘導係の上級生もいる。


「保護者のかたはこちらへお願いしまーす」


 ジェシカもまた案内に従って歩いた。



 まだ保護者しかいない講堂。

 しかし、これから始まる入学式が楽しみな空気がすでに充満している。


 ジェシカは保護者の中で一際若いが、クラシックなワンピースを着ているお陰で目立たずに済んでいる。

 それよりも、夫婦で来場している保護者ばかりの中、ひとりで来校していることのほうに肩身の狭さを感じた。

 セシルと一緒だったときには平気だったのに、ひとりになると急にそのことが気になり始めたのだった。


(私、セシルを拠り所にしていたんだわ。学校に入って、あの子も少しずつ手を離れていくでしょうから、子離れしていかないと……)


 挨拶し合っている保護者たちの声がそこここから聞こえてくる。

 この学校の卒業生が多いようだ。

 中には久々の再会に驚き、喜んでいる者たちもいる。


 やはりまたもや孤独を感じ、淋しくなってしまう。


(セシルが私の母校に入学してたら……)


 保護者の中に見知った顔があっただろうか。

 もしかしたら、ジェシカが教わった先生もまだ残っているかもしれない。


(さすがに校長先生は退職してるでしょうけど)


 年齢からいえば、ハーマン先生やムーンウェイン先生は、まだ在籍していても不思議ではない。


 セシルが彼女たちから授業を受ける姿が思い浮かんだ。

 けれど、それをすぐに打ち消す。


 セシルは、ここノーステリア州立魔法学校で学ぶことを楽しみにしているのだ。

 第一、田舎のヨルデン州立魔法学校によりもここのほうが、教師陣の層が厚いし、設備も備品も整っている。

 より質の高い授業を受けられるだろう。

 だから、セシルが自分の母校に入学していたら、などと想像する必要はないはずだ。


(今日はやたらと昔のことを思い出すせいで、感傷的になってしまってるのかも??)


 きっとそうだ。

 セシルをヨルデンの魔法学校に通わせたいわけではない。

 ジェシカ自身がもう一度あそこへ戻りたいのだ。


 間違えてはいけない。

 気を取り直す。


 比較的静かな一画に空いている席を見つけた。


(セシルの入場を見逃さないようにしないとね。あの子、きっと張り切って入ってくるもの)


 静かに座って開式を待つ。


 と、教員が一列になって講堂に入場してきた。

 彼らは講堂の脇に用意された席に着く。

 同時に、保護者席のさざめきが止む。

 まだ立っていた保護者たちも速やかに着席した。


 ジェシカの位置から教員席までは距離があるが、教員席に羨望の眼差しを向ける。

 かつて教師になりたいと願っていた。

 ジェシカの諦めた夢を叶えた者たちは、ジェシカの目には眩しく映る。


(私、魔法理論の教師になりたかったのよね)


 どの先生が魔法理論の教員だろうか。


(あの先生は、いかにも古典魔法学っぽいわ。隣の先生は魔法実践学?)


 視線を、前方から後方へと順々に移していく。

 かつての恩師たちの雰囲気と照らし合わせて推理していく。

 何だか楽しくなってきた。


 ところが、ジェシカはある席にたどり着いた瞬間、パッと俯いた。

 その席に座る教員と視線が交わったからだ。

 しかも、その教員の顔には見覚えがあった。


(嘘⁉︎)


 冷や汗が噴き出る。


(そんな、あり得ない! 見間違いよね⁉︎)


 あり得ない、見間違いだと思うなら、もう1度顔を上げて確認すればいいだけのこと。

 しかし、どうしてもそれをする勇気が出ないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る