第3話 魔道具工場

 ジェシカは始業開始から淡々と作業し続けていた。

 同じ作業の繰り返し。

 これをもう何年も続けている。


 が、木箱に納まっていたガラス容器を全て清浄水で満たし終えると、おもむろに椅子から立ち上がった。

 腰を左右に回し、深呼吸をひとつつく。

 そうしてから、膝を深く曲げ、木箱に手をかけた。


「よしっ!」


 気合いを入れて背筋を伸ばすと、腰を痛めないように注意を払いながら、ゆっくりと木箱を持ち上げる。


 この職場は、腰を悪くした女性が多い。

 彼女たちはジェシカに、『若いからって油断しないで、今のうちから気をつけて』と、口酸っぱく忠告してくれていた。

 ジェシカは、それを忠実に守っている。

 何しろセシルには自分しかいないから。


 ジェシカは重たい木箱を持ったまま、建屋を出て倉庫に向かった。


「よっ、お疲れさん」


 途中、マシューから声をかけられた。

 マシューもまた第二班の製品を倉庫へ運んでいる最中だ。


 しかし、マシューは第二班の所属ではない。

 こうした運搬であったり、工場内の清掃や設備管理といった業務を担当している部署があり、マシューはそこのメンバーだ。

 彼らは魔法を使えない。


 マシューが今運んでいるのは、食品を保管できる箱だろう。

 アイスクリームすら溶かさないというその製品は、貴族や成功した商人のような限られた高所得者向けだ。


 第二班の従業員は、カレッジにて高等魔法を学んだ者たちばかりだ。

 彼らが自身の作った製品を倉庫に運ぶことはない。

 そんな時間があるなら、もうひとつ余計に製品を作らせたほうがよいからだ。


 魔道具工場の商品でありながら、魔道具ですらない清浄水を作っている第七班とでは、立場が違うのである。

 あくまで噂レベルの話だが、第二班の賃金は第七班の3倍だという。


 重たい木箱を抱えるジェシカの横に、マシューが並んだ。

 そうしてジェシカの細腕を横目で見た。


「そっちの班の分も運んでやれればいいんだけどなあ」


 それを言ったところで一体どうなるというのか。

 そんなことができるわけないのは、お互い重々承知だし、何の慰めにもなりはしない。


「その気持ちだけ頂いておくわ」


 ジェシカは出来る限り素っ気なく返す。

 マシューがジェシカに対してそういった下心がありそうなことに、以前から薄々気づいているからだ。

 早めに、やんわりと拒絶の意を示しておきたい。


 実際、この工場で働く従業員同士でカップルとなるケースは多い。

 子持ちとはいえ、まだまだ若いジェシカは十分対象になるのだろう。

 それにジェシカ自身は自覚がないが、ジェシカは容姿に恵まれている。

 美人ではないがとても可愛いらしいその外見は、その境遇も相まって男性の庇護欲を掻き立てる。

 『支えてやりたい』と言い寄ってくる男が時折現れるのも当然といえる。


 しかし、当の本人はそんなことは望んでいない。

 それどころか、ひとりでセシルを育てる、ととうに決めてしまっている。

 だから、そういったアプローチは、はっきりいって煩わしいだけでなのである。


 マシューから解放されたいのと、腕が重さに耐えきれなくなりそうなのとで、ジェシカは早足で歩いた。

 倉庫の前に到着すると、庇の影になっているところに慎重に木箱を下ろした。


「それじゃ」

「あっ……」


 マシューは話し足りなさそうだったが、ジェシカは、倉庫の入口を入ってすぐのところに山積みになっている新聞紙とハギレを取りに行く。

 これから商品が割れないように、梱包作業をするのだ。

 出荷できる状態にし、倉庫内の所定の場所に積むところまでが第七班の仕事なのである。


 マシューはしばらく所在なさげに立っていたが、ようやく諦めてくれたようで、倉庫の中にいる別の従業員に声をかける。


「梱包よろしく」


 第二班の製品は、贅沢にビロードで包まれ、丁寧に箱の中に納められる。

 さらには、開封されるまでに損傷しないように防護魔法までかけられるのだ。


(何から何まで大違いね)

 

 ジェシカは地べたに座り、ハギレで瓶を磨き、新聞紙で包んでいく。

 無駄なく手を動かす。

 早く梱包作業が終わらせ、作業机に戻らなければならない。

 次の空き瓶が待機しているんだ。


 簡単な作業内容のはずなのに、魔法を使うことで精神が擦り減る、肉体労働をすることで体力が削られる。

 こうして、毎日就業時間の終わりにはクタクタになってしまうのだった。


 ジェシカは大きくため息を吐いた

 さらにもうひとつ、今日はやらなければならないことがある。

 そのことがジェシカの心を重くしていた──



 休み時間になると、マーサとリアナが声をかけてきた。


「今朝の話の続きだけど、セシルくん、よかったわねえ」

「ほんとに。おめでとう」

「ありがとう」

「それで、入学式はいつなの?」


 いつもならここで3人一緒になって、ひと息つくところである。

 しかし、今日に限っては行かなければならない場所がある。


「話はあとでまた聞いてくれる? 今から工場長のところに行ってくるから」


 マーサとリアナは、それだけで何となく察してくれたようだった。


「がんばって」

「検討を祈ってる」


 気持ちは重いが、休み時間は短い。

 そして、行かないという選択肢もまた、ありはしないのだ。

 ジェシカは工場長室へと急いだ。


 重厚な木製のドアをノックをする。

 最も緊張した瞬間だった。


「第七班のジェシカ・ウォルコットです」


 工場長は『第七班』と聞いただけで、あからさまに興味のなさそうな態度を取る。


「用件は?」

「給与の前借りを、」


 工場長はジェシカの耳に届くように、大仰なため息を吐く。


(断られたらマズいわ‼︎)


 ジェシカは慌てた。


「息子が! 魔法学校に入学することになったので、その支度金が必要なんです‼︎」


 工場長の眉がピクッと動くのと、ジェシカは深々と頭を下げたのはほぼ同時だった。


「どうかお願いします」


 張りつめた空気の中で続く沈黙──

 今この瞬間にセシルの未来が真っ暗な谷底に落ちていきそうで、ジェシカは恐怖でいっぱいになった。


「魔法学校、ねえ……」


 この工場の魔道具を作っている者たちは皆、魔法学校で魔法を学んできたはずである。

 第二班の従業員だってそうだ。

 それなのに、工場長の声からは侮蔑の意が感じられた。


 ジェシカは頭を下げ続けていた。


「君は第七班ということは、どうせ大した魔法は使えないのだろう? 魔法学校を卒業しても、その程度だ。息子も魔法学校に行かせたところで、金の無駄ではないのか?」


 反論は絶対にしてはいけない。

 セシルの未来だけでなく、己れの職まで失ってしまうわけにはいかないからだ。

 スカートをギュッと握って堪える。


「第一、前借りしたとして、その後はどうすると言うのかね?」

「魔法学校は最初の入学準備にお金がかかるだけで、授業料は無料なんです。今、毎月、児童保育所に納めている保育料の分が浮くので、その額を毎月の給与から引いてください」

「ふん」


 まだ不満そうではあったが、それ以上は何も言われなかった。

 一応は了承されたと受け取っていいだろう。


「よろしくお願いします」


 ジェシカは工場長室をあとにした。



 セシルの入学支度金を確保できた。

 そのことには安堵する。

 しかし、ジェシカの心はひどく傷ついた。


 工場長の悪意に満ちた発言が反芻される。

 過去を後悔したくはない。

 そのはずが、あのとき両親の言う通りにしていればこんなふうに蔑まれることはなかったのに、という考えが頭をよぎってしまう。


(あー、ダメダメ! 私はセシルとふたりでしあわせなんだから)


 そうなのだ。

 セシルといれば、貧しくともしあわせなのだ。

 それなのに、第三者がしあわせではないと思い込ませようとする。


(いっそのこと、私とセシルしかいない世界に閉じ籠れたらいいのに……)


 そんなことを考えるほど沈んでしまったジェシカを掬い上げたのはマーサとリアナだった。


「あっ、おかえりなさい」

「どうだった?」

「うん。『セシルの入学支度金を前借りさせてほしい』ってお願いしてきたんだけど、まあ、何とか無事に」


 喜ばしい報告にも拘らず、ジェシカがヘラッと弱々しく笑うので、マーサもリアナも何があったのか想像できた。


「どうせ嫌味を言われたんでしょう? 工場長は末娘が魔法学校に受からなかったそうだから」

「えっ、そうだったの⁉︎」

「工場長、面白くなかっただろうね。それなのにお願いできて、よくがんばったじゃない」


 創業者でもある先代の工場長は、優れた魔術士だった。

 しかし、そのひとり息子でもある現・工場長は、魔法を使えない。

 工場長がそのことにコンプレックスを抱いていることは、従業員なら誰もが知っていた。


「ようやく魔法の素質がある子ができたって喜んでたのに、気の毒ではあるわ」

「だからって、工場長ともあろう人が八つ当たりするのはどうかと思うけど?」

「確かに。そこで『おめでとう』って気前よく前借りさせてくれれば、こっちは感謝感激ものなのにねえ」

「悪い人ではないんだけど器が小さいから、そんなのムリよ、ムリ」


 ジェシカの心のモヤは晴れてしまう。

 それどころか可哀想な気がしてくるから不思議だ。


 個人の事情は異なれど、似たような境遇の者たちが集まった第七班。

 歳の近い同僚という枠を超え、励まし合って、慰め合ってきた同士でもあるのだ。

 今日もふたりに救われたジェシカだった。

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