アリス

ロッタはクラウスのアトリエに入ろうとして

「待って」とアリスに止められた。

耳を澄ませてみれば、中から揉めている様な声。

「ーーー指輪を渡せ!」

「ーーーなんだ?」

「ーーー証だ」

「ーーー知らない」

仲裁に入るべきか誰か呼んでくるべきか、迷っている間に鈍い音がして、足音が向かってきた。

咄嗟に物陰に身を隠す。

クラウスと同じ髪色と瞳の青年がクラウスをどこかへ連れて行こうとしていた。

ふと、彼が連れていた騎士の様なドールと目が合う。

ドールはロッタと、彼女が連れているアリスを見て一瞬目を見開いた。

「女、クラウスの関係者か?」

「幼馴染よ」

素直にこたえる。

「継承の指輪、心当たりがあるならもってこい。場所はーーー」

引き換えにこの男を返してやると言って、ドールは先行している青年の元へと駆けて行った。

「…継承の…指輪?」

聞いたこともないと首を捻る彼女の横で、アリスはただドールの向かった先を睨んでいた。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


クラウスのアトリエは荒らされていた。

さっきのドールが言っていた継承の指輪を探したのだろう。

「カナデ!」

アリスが叫ぶ。

小さく声が聞こえた気がして、作業場に行くと、カナデは部屋の片隅に膝をついていた。

「クラウスが…」

「うん、わかってる」

弱々しいカナデをロッタが抱き起こす。

「守れませんでしたわ」

「仕方ない」

落ち込むカナデをアリスが慰めた。

元々戦闘向きではないのだ。仕方が無い。

「自警団…かな?駐屯所?通報した方が良いよね?」

ロッタが言う。「無駄だよ」とアリスは返した。

「相手は侯爵家、揉み消されるよ」

「内容もお家騒動ですものね…」

カナデもため息をつく。

「お家騒動?どういうこと?」

わかってないのはロッタだけの様だった。

「クラウスのこと、捨てないでくれますか?」

今にも泣き出しそうな顔でカナデはロッタを見上げた。

「知っても、避けないって約束して」

続けてアリス。

「大丈夫…と思う」

ロッタはうなづいた。クラウスがなんであれロッタにとってはちょっと変わった幼馴染だ。


「クラウスはダグラス家の跡取りだよ」

「正確には跡取りの息子ですわね」

ロッタの知るクラウスの母、コーネリアおばちゃんは実はダグラス家の次期当主だった。

けど、クラウスの父であるライエルを愛し、また、自由を選んで、家を捨てた。

「継承者の証である指輪を僕の中に隠して…」

アリスが淡々と語り…

「はあ?!」

ロッタは声を上げた。

「え?なに?そんな大事なもの、なんであんたが持ってるの?って言うかいつから?!」

「最初からだよ。クラウスを継承者にしないために、僕に隠してロッタに預けた」

「おばちゃーーーーーん!!!」

思わず叫ぶ。今は亡きコーネリアおばちゃんに。アリスとカナデが耳を押さえている。解せぬ。

「ちゃんと先のことも考えてましたのよ?」

カナデは言う。

「クラウスが望むなら侯爵家に帰れるように、鍵としてライエルが私を作りましたの」

「おじちゃーーーーーん!!!」

ーーークラウスをお願いってそういう意味だったのか!

「あ、もちろんクラウスとロッタの意見も聞いてましたのよ?ロッタは覚えていらっしゃらないみたいですけど」

「私の?意見?」

「それに関しては私が話して良いものだとは思いませんの。クラウスを取り戻してから話してくださいませ」

頭にハテナを浮かべるロッタにカナデは微笑んだ。

「じゃあ、行く?」

アリスが言う。

「取り出して持ってけばいいんじゃ無いの?」

そうロッタがいうと「簡単ではありませんの」とカナデ。

「私の所有者はクラウスですわ。クラウスがいなければ鍵は使えませんの」

「2人と僕たち2体、指輪を取り出すのに必要だ」

だから行くよ、とアリスは言った。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢


港の倉庫、その一つにクラウスは捕らえられていた。

抵抗できない様、椅子に縛り付けられている。


「指輪はどこにある!?」

縛られたクラウスの顎を掴み、オスカーが尋ねる。

「知らない」とクラウスが答えれば、

「とぼけるな!」

と、彼の腹を蹴った。椅子が倒れ、クラウスは地を這う。

「ぐあっ」

「指輪を渡して、継承権を放棄しろ」

「継承権なんていらない!指輪なんて知らない」

また蹴った。容赦がない。そのまま踏みつける。


と

「やめて」

倉庫の扉が開き、ロッタたちが入ってきた。

「指輪はここよ!」

彼女が叫ぶと「ほーぅ」とオスカーが笑う。

「誰だかわからんが早くよこせ!」

そして彼は手を伸ばした。

無視してロッタはクラウスへと駆け寄る。

「…ロッタ…きちゃ…ダメだ」

「大丈夫!」

心配そうなクラウスの縄を解く。

「何勝手なことをしているんだ!」とオスカー。

サフィーが動こうとしたが、それをアリスが牽制した。

「指輪は僕の中だ。取り出すにはクラウスも必要だ」

「ならば貴様を壊せばいい」とサフィー。

「僕を壊せば指輪も壊れる」

アリスは淡々といった。

「どう言う…こと?」

不思議そうなクラウスに「説明は後ですわ」とカナデ。そっとクラウスと手を繋いだ。

クラウスの反対の手をロッタが繋ぎ、ロッタとカナデの間にアリス。4人で円を作った。

「『我、扉の番人なり。今、約束の時』」

アリスとカナデが同時に言う。

初めにカナデが光り、アリスの腹部が光った。

眩い光が収まるとロッタの目の前に古い指輪が浮いていた。

「これが…」

オスカーが息を呑んだ。

繋いでいた手を解き、ロッタはそれを掴んだ。

そして、オスカーへと歩み寄る。

「そうだ、小娘、もってこい」

オスカーが言った…瞬間だった。

指輪を握ったロッタの拳が彼の頬を打った。

「「「え」」」

時がとまった。

「何をする田舎娘……っ!」

オスカーが怒鳴ると同時に反対の手でもう1撃。

「…かい…何回暴力を振るったの?」

「ロッタ…それも暴力…」

アリスが呟くがロッタには聞こえない。

最後にロッタは指輪を握った右手を突き出した。

また殴られると思い、オスカーの体がぴくりと跳ねる。

「いらない」

「は?」

「こんなの私たちにはいらない」

そして手を離した。

指輪が落ちて小さな金属音がすると、コロコロと転がっていく。

呆然としているオスカーに変わり、サフィーがそれを拾う。


ロッタは気が済んだのかクラウスの元に戻ってきた。

「勝手に決めちゃったけど、いいよね?」

そしてイタズラっぽく笑う。

クラウスはそんなロッタを抱きしめた。

「うん、僕にはロッタとカナデがいるからね」

出自なんて関係ない、そばにいさせて…とロッタの髪にキスをした。

そして、ふと気がつき、彼女の耳元で囁く。

「僕の服、着てくれたんだね、ありがとう」

走ったり跪いたり殴ったりしたので汚れてしまってはいるが、それはクラウスの作ったワンピースだった。

そういえば、これを見せるためにアトリエに向かったことを今思い出した。


指輪を手に入れ、やっと正気に戻ったオスカーが2人と2体を見た。

「女!よくやってくれたな!」

そして大股で歩み寄る。

「ゆ、指輪ならあげたじゃない!」

そんな2人の間に…ロッタを守る様にクラウスが立つ。

オスカーは舌打ちして、一瞬クラウスを睨み、視線を彼女に戻した。

「女、名は?」

「教えなくていい!」とクラウスがいうが、

「ろ、ロッタ…だけど…」と彼女は名乗っていた。

クラウスは嫌な予感がした。

わかってしまったのだ。僅かでも同じ血の流れているこの男の胸の内が。

「ふん、庶民臭い名だな」

言いながら鼻の頭を掻いている。子供だ。

「うっさいわね!」

先程彼を殴った勢いはどこへやら、ロッタはクラウスの背に隠れる様にしてむくれてみせた。

「侯爵夫人に興味はあるか?」

「ないわよ!」

オスカーの問いに即答。そりゃそうだ。興味があればクラウスに持たせていたであろう。

「オスカー、ここは出直した方が…」

何かを察したサフィーが促す。

彼はまた舌打ちして「またあおう」と言ってさっていった。


「「いや、もう会いたくないし」」

思わず声が重なった。

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