ダグラス侯爵
オスカー・ダグラスはその日緊張していた。
今日こそは後継者として認められる…そう思っていた。
傍で彼のドールであるサフィーが彼を励ますように見上げている。
オスカーは扉をノックした。
「お祖父様、入ります」
よく通る声でそういうと、部屋の中へ足を踏み入れる。
「よく来たな」と彼の祖父は笑った。
「侯爵殿は今日はずいぶん機嫌が良いようだ」
とサフィー。聞こえたのか公爵は「わかるか」と返した。
「何かあったのですか?」
「ああ、愛しき娘が見つかるかもしれん」
尋ねるオスカーに侯爵。
「コーネリア伯母様ですか?」
いってオスカーは苦いものを感じた。
コーネリア・ダグラス…本来なら女侯爵になるはずだった人。
後継者でありながら『夢を叶えたい』『愛する人と共にいたい』とオスカーの2つ上の従兄弟を連れて出奔した…馬鹿な女だ。
「なぜ、お祖父様は伯母様にこだわるのですか?」
「あやつが、私の正統後継者だからだ」
「コーネリア様が継承者の証である指輪を持っていた…と私も聞いたことがあります」
言ったのはサフィーだった。侯爵はほーぅと笑う。
「オスカーよ、お前もお前の父同様、この座が欲しいようだが…」
侯爵は言葉を切った。そして冷たい瞳でいう。
「欲しければ継承者の証を持ってくることだな」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
隣街に行ってから数日。注文していた荷物も届き、さあやるぞ!と思っていたロッタだったが、針はあまり進んでいなかった。
何を作っても中途半端な気がする。
「いい加減仲直りしたら?」
呆れたようにアリス。
「服を着るだけでしょ?」
「いや、そうだけど、そうじゃないんだよ…」
ロッタは苦笑した。
あれからクラウスどころかカナデにもあっていない。
どうしたんだろうと思う気持ちと、気恥ずかしさが綯い交ぜになりみうごきが取れない。
「人間ってめんどくさいね」
アリスはため息をついた。
そんな時、からら…とドアベルが鳴った。
「お邪魔いたしますわ」
「カナデ!」
数日ぶりに見るカナデだった。人間ではないのでやつれたり、隈があったりはしていないが、どことなくヨレッとしている。
「ロッタにお願いがありますの」
カナデはそう言うと、ロッタの手を取った。
「クラウスは素直じゃないですし、不器用なんですの」
「ロッタよりは器用に作品作ってるよね」
「アリスは黙っていてくださいまし!」
パシリとカナデはアリスを叩き、何もなかったかのようにロッタの手を握り直す。
「でも、とても一途なんですの」
じっとロッタの瞳を見つめる。ロッタは目を逸らしたくなったが、許してくれそうもない。
球体関節の彼女の指の力が少しだけ強くなった。
「ずっとずっと1人だけを想ってますの」
誰のことかは言われなくてもわかる。
「一着、一着で良いんですの…」
どうか…と涙の流れない瞳で彼女を見る。
「まあ、意地になってた私も悪いと思うけどさ…」
ぱあぁっとカナデの顔が輝いた。
「では!では!」
来てください!すぐ来てください!今きてください!と彼女の手を引いた。
「クラウス、食事もとってくださらないんですの」
ロッタが来てくれればもう大丈夫ですわ!とカナデはグイグイと引っ張る。
その後ろをアリスがしっかり鍵を閉めてついてきていた。
クラウスのアトリエに着くと、カナデが急かすようにロッタを2階に促した。
いつか来たクラウスの寝室前に立つと2度ノックした。返事はない。
「クラウス?入るよ?」
そっとドアを開けると、クラウスが信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「…ロッタ?…ホンモノ?」
「偽物の私って一体何よ」
彼女が苦笑すると、クラウスはよろよろと歩いて彼女の前まで行き、そっと抱きしめた。
そして首筋に顔を埋め深く息を吸い込む。
「あぁ…ロッタの匂いだ…」
「ちょ、何変なこと言ってるの?!」
クラウスの腕が離さないとばかりに強くなった。
「もう…あってもらえないと思ってたんだ」
その腕は少し震えていた。
「ライバル宣言で?!」
「僕はずっとライバルだなんて思っていないよ」
「……っ!」
悔しさにロッタが息を飲む。
「あ、違う…そういう意味じゃなくて…」
彼はそれを感じとって否定し
「ロッタは……僕だけお姫様なんだ」
ーーー僕のだけのお姫様
その言葉に、ロッタは懐かしさを覚えた。
どこかで聞いた…そんな気がする。
「それ…前にも…?」
聞いた気がするといえば、クラウスは笑顔でロッタの瞳を覗き込んできた。
「覚えてる?」
「……覚えてないけど…覚えてる気がする…」
そうか…とクラウスは彼女を抱きしめなおした。
「君は僕のお姫様だから、僕の服で飾りたい…わがままかな?」
「…一着なら…着ても…いい…」
ロッタが答えた瞬間だった。
「本当に?!」
凄い勢いで顔が上がる。
「どれにしようかな…一着か…最高のお洒落着にするか、普段から着てもらうか…難しいところだな…」
そして悩み始めた。
「き、着心地良かったら、リピーターになってくれたりしない?」
さらに尋ねる。
「なんで?!」
「ダメかぁ…」
それでも、なんやかんやで立ち直ったようで、ロッタはほっとしていた。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
オスカーは悩んでいた。
爵位を継ぐためには継承の証が必要だ。
だがそれは、伯母であるコーネリアが持っていってしまった。そして伯母は現在行方不明だ。
「手がかり無しか…」
くそっ!とゴミ箱を蹴り上げる。
紙ごみが散らかった。
「いいえ、手がかりならございました」
イラついているオスカーにサフィー。
「先程、侯爵様は仰ってました。『愛娘が見つかりそう』だと…」
「つまり、誰かが伯母様か関係者を見たということか!」
「おそらく」とサフィーはうなづく。そして
「調べてまいります。少々お待ちを」
と言って部屋を後にした。
「まってろ…後継者は、俺だ!」
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