マジックドールの憂鬱
上野 まきえ
ドールテイラー
それはロッタがまだ幼い頃のことだった。
幼馴染、クラウスの母親ーーコーネリアがロッタを呼び出し、一体の
「この子はね、アリスっていうの」
コーネリアは儚げな笑みを浮かべて、ロッタにドールを抱かせた。
ゴシック風の衣装を纏った少年のようなそのドールは、じっとロッタを見つめている。
「これからは、ロッタちゃんがこの子の
「ますたー?」
おうむ返しにロッタ。コーネリアはうなづいた。
「そう、これからよろしくね」
言われて、ロッタはぎゅっとアリスを抱きしめた。
そしてコーネリアは続ける。
「クラウスのことも、よろしくね」
「あい!」
ロッタは元気に返事をした。大好きな近所のお兄ちゃんのことを任された!そんなところだろう。
そんな彼女の頭をコーネリアは優しく撫でた。
コーネリアが亡くなったのはそれから3日後のことだった。
幼い時のことなので良くは覚えていないが、
雨の降る日で、ロッタは泣いているクラウスの手をずっと握っていたらしい。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
この世界の人々は、
1人1体、少なくても一家に1体あるのが普通だ。
ドールに各々好きなファッションを着せて、目で楽しみ、また、仕事なども手伝う優秀な相棒だ。
そんな相棒専門の
相棒のアリスをモデルに、今日も可愛いデザインを作り出している。
……はずだった。
「なんなのよ!あいつ、ムカつく!」
まるでエールを飲むように、ぐびぐびとオレンジジュースを飲み、クダを巻いている。
「あいつってクラウス?また負けたの?」
出窓に腰をかけてアリスが尋ねる。
クラウスはロッタの幼馴染で、近所に同じドールテイラーのアトリエを構えるライバルだ。
得意ジャンルは和風ロリータ。ついでに人間用の服飾デザイナーでもあるカリスマだ。
「またってなに?!またって!!」
「またはまただろ?コンテストで優勝掻っ攫われたの…もう5回目だっけ?」
「6回目よ!」
ガンっとジョッキを机に叩きつける。
アリスはため息をついた。
「もう諦めたらよろしいのに」
言ったのはアリスではなかった。
ロッタが鬼の形相でそちらを向くと、「まあ怖い」とパステルカラーのフリルをふんだんに使った和装のドールーークラウスの相棒カナデがそこにはいた。
「なんのようなのよ?笑いに来たの?」
絡むロッタにくすくすと笑うカナデ。
「まさかですわ、伝言に参りましたの」
「伝言ん〜?」
訝しげにロッタ。気にせずにカナデは続けた。
「《コンテストの服も素敵だったけど、いつになったら、僕の作った服を着てくれるの?》だそうです」
「うがーーーーっ!!」
そうなのだ、クラウスは事あるごとに自分の作った服をドールにだけじゃなく、ロッタにも着せようとするのだ。
「カナデ!伝言お願い!」
『誰が着るか!次こそ勝つ!』
「かしこまりました」
口元を隠し、くすくす笑いながらカナデ。
「お二人とも、素直になれば宜しいのに…」
小さく呟いたのを聞き取ったのはアリスだけだった。
「ロッタ、僕、カナデを送ってくるよ」
出窓から飛び降りてアリス。
「はいはーい、いってらっしゃい、あの変態によろしくー」とロッタは適当に手を振って、2体を見送った。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ロッタの店のほど近く、クラウスのアトリエはある。
「よろしく、ですって」
クラウスの用意した紅茶を口にしながら、端的にカナデは伝言を伝える。
「ロッタ、かなり荒れてたよ」
同じく紅茶を口にしながらアリス。
「意識してた?」
「そりゃあ、もう…」
アリスがため息混じりに答えると、クラウスの口角が上がった。
「意識、してくれてるんだね、よかった」
その声はどこか恍惚としている。
「ライバルとして…だけどね」
「それで良いんですの?」
呆れたようにドールたち。
「いいんだよ、約束を忘れているのが悪い」
「そんな20年も前のことなんて、覚えてる人の方が少ないですわ」
「そもそも当時、ロッタは3歳だろ」
「それでも覚えていて欲しかったんだよ、……大事な約束だからね」
彼はそう言ってドールたちにマカロンも出す。
その声は寂しそうだった。
アリスはマカロンに手を伸ばし「なら伝えればいいじゃん」と小さくつぶやく。
「それができればね…」
「できないんですの?」
尋ねるカナデにクラウスは苦笑した。
「だって悔しいじゃないか。僕だけ好きみたいで」
「それで嫌われてたら世話ないじゃん」
球体関節を器用に動かし、新しい紅茶を入れながらアリス。
「嫌われてないよ、彼女は嫌わない、僕のことを」
「どこからその自信が来るんですの?」
アリスの入れた紅茶を啜りカナデ。
「愛のパワー」
クラウスはそう言いながら、部屋の奥に飾られた1枚のワンピースを手直ししていた。
それは派手すぎず、地味すぎず、彼の好きな和ロリにしては大人しい落ち着いたデザインだった。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ドールテイラーとしてファッションコンテストでクラウスに負けたと言っても、ロッタは暇ではない。
街を歩くアリスを見て彼女の得意とするゴシックロリータの衣装を欲しいという人は後を絶たない。
「ありがとうございましたー」
今も1人見送って、デザインに戻る。
「楽しそうだね」
定位置である出窓からアリス。ちゃっかり紅茶を持ち込んでいる。
「好きだからねー」
ニコニコしながらペンを走らせる。
「アリスももっと女の子みたいなの着てくれればいいのに…」
「ドールに性別は無いよ」
紅茶を口にする。紅茶のお供は昨日ロッタが焼いたクッキーだ。
「それに僕はこういうのが好きなの」
ふーん…とロッタ。まあいいけど、とデザインに戻る。
しばらくして、からら…とドアベルが鳴った。
ロッタは、パッと立ち上がり「いらっしゃいませ」と挨拶をして…「何しに来たのよ」と即、嫌そうな顔をした。
「ひどいなぁ…」と入ってきたのはクラウス。
「君にお願いがあってきたんだ」彼を無視してカンバスに向かおうとするロッタの手をそっと握って言うと、彼女はその手をパッと払った。
「着ないわよ」
「まだ何も言ってないのに…」
「どうせ、あなたの作った服を着ろって言うんでしょ?」
「うん、それもある」
彼は素直にうなづき…テーブルの上にあったロッタお手製クッキーを遠慮なく手に取った。
「アリスはいいな、いつも君の手料理が食べられる」
クッキーを齧りながら彼は出窓にいるドールを見た。アリスは無言で視線を逸らす。
「で、なんの用なの?」
「デートしない?」
「はぁ?」
予想外のお誘いにロッタの目が点になる。
「なんで?」
「隣街に仕入れに行こうと思ってね、折角だから君を誘おうと思ったんだ」
ウインクしながらクラウス。
「あ、なんだ、仕入れね」
彼女は即納得し…
「行くけど、アンタの服は着ないわよ」
と返した。
「それは残念」とクラウス。
「じゃあ、また連絡するよ、よろしく」
そう言って颯爽と帰っていった。
「よかったね」
見守っていたアリス。
「仕入れは行きたかったしね。隣街の方が珍しいものありそうだし」
彼女は立ち上がって、仕入れカバンを取り出した。
「明日、何着て行こうか?アリスもオシャレしようね?」
「僕はこれでいい」
アリスは自分の服を見る。黒を基調にしたその服は以前ロッタが最高傑作だと自信満々に口にしていたものだ。
アリス自身も気に入っている。
「ダメだよ、折角の都会だよ?」
なんだかんだいっても楽しみなのだ。
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