作り手にとって、『神様』とは誰のことだろう?
以前、お客さまは神様だ。と言う言葉が存在した。
しかし、プロとアマの垣根がなくなった昨今では、なんでもやったもの勝ち。悪名が無名になら勝ってしまう。そんな世の中。
そんな世の中において「お客さまは神様」はすでに死語に成り下がっている。
じゃあ誰が神様なんだ……!?
本作は、そんな現代社会を痛烈に皮肉った……
…… ……ものであるかどうかは志草先生にしか知るところではないが、
この問いに一つの答えを出してくれている。
神様の願いを叶えるため……、
脚本家の書いたものは無惨に破り捨てられ、
登場しないはずの、素人のボウヤが前触れもなく現れてしかもその声がソリッドスネーク!!(多分)
さっき死んだはずの登場人物は、エンドロールには生き返り往年の懐メロを歌う!
多分死人が出ているのにハッピーエンド!!
『ラジオの時間』と言う、三谷幸喜の伝説的な芝居があった。
上演されたのは数十年前だが、その時から、
神様は観客じゃない。脚本家ですら、現場を回している監督ですらない。
すなわち……実際にパンを与えてくれる人間なのだと言う一つの結論が出ていた。
それはそうなのだ。
人が二人以上集まれば、必ずそこには意見の違いが発生して争いになる。
その争いに正義などないのであれば、人間はパンをくれる人について行くのだ。
本作は、ミステリーの皮を被った何かだ。と、作家先生は公言なさっている。
私が思うに、人生そのものがミステリーだ! とこの先生は言いたいのではないだろうか……絶対違うが。
なんても思ようにはいかないし、必死に作り上げたものは至極滑稽で歪で歪み歪んだものになってしまう。
本作はこの世の不条理を見事に切り抜いていると言える。
一つの世の理たり得るかもしれない。
ご一読を。
探偵役にも色々ある。
医者、弁護士、刑事、小学生、おしり。
本作で選ばれたのはのミステリー作家の鷹飼隼人。きちんと助手役もついている。
鷹飼が有名化粧品メーカー社長の誕生日パーティーに招待されて、物語は動き出す。
館ものと並んでミステリー界の二大巨頭を成す「パーティーもの」だ。
ミステリー作家がパーティーに参加すれば当然事件は起こる。
探偵役がいるから事件が起こるのか、事件が起こるから探偵役となるのかは議論の余地がある。
そして探偵役がいる以上、必ず犯人は生まれる。
特定されるのではなく、生まれる。
犯人がいるから探偵役が生まれるのか、探偵役がいるから犯人が生まれるのかにも議論の余地がある。
探偵役という使命を背負う鷹飼は、今宵も華麗に事件を解決することができるのか。
コメディをふんだんに盛り込んだミステリー短編作品です。
「表」と「裏」の二部構成となっており、真実を推理しながら読み進めることができます。
「裏」があると提示されていることによって、その伏線を探しながら謎解きを楽しめます。
難易度の高いミステリー作品で謎解きに挑戦してみてはいかがでしょうか。
この真相は予想しきれなかった……。
推理作家の鷹飼先生が殺人事件の真相を暴き、それをネタにして小説を書いている、というコンセプトになっている本作。
とある女社長が毒殺される事件が起こり、いつものように「名推理」を働かせようとする形に。
いくつもの散りばめられた伏線。推理ものの小説とかドラマとかアニメとかに馴染んエでいる読者なら、「これがきっとトリックに違いない」なんてことも予想しそうな感じにもなります。
しかし、明かされる真相は「まさか」という形に。
一体、なぜそのような事態が起こったのか。
――そして、明かされる「本当の真相」。
「表」と「裏」の二部構成になった本作。折り返しの第四話になったところで物語の構成がガラリと変わることになります。
実はひそかに、「犯人に辿り着く答え」以外にも、色々と「違和感」というか「気になるポイント」みたいなものが散りばめられていたことに気づかされます。
「なんなんだ、この現代にはまず存在しない珍妙なフレーズは」、「なんかこのキャラ、存在そのものからしておかしいぞ?」などなど。
裏の事情を紐解く中で次々と見えてくる「違和感」の正体。そして怒涛のエンディングへと向かっていくのは、ひたすら「やられた!」と頬が緩みっぱなしになります。
果たして、この「ミステリーな世界」が迎える結末はハッピーエンドになるかバッドエンドになるか。是非とも驚愕の真実と共に見届けて頂きたいです。