ロシアンルーレットティー③


 レストランに行った夜は、久しぶりに面白いものを見た気がして、清々しい気持ちよさすらあった。

 しかし、一夜明けて学校がまた始まった瞬間に、そんな気持ちも消えた。


 学校にいると、感覚が麻痺してしまう。似たような毎日を繰り返しているだけで、ここには何も心を満たしてくれるものはない。

 欲しいのは、刺激だ。

 もっと、心を大きく動かす何かが欲しい。


 数日後の放課後。

 校門の壁に寄りかかり、和馬を待ち伏せする。ただ待っていても暇なので、動画サイトを開いた。


 面白い物はないかと漁っていると、この学校の出身者らしき女の動画を見つける。

 コメント欄に「首吊りかけた子だ」とあった。

 気になって調べてみると、5年前に屋上で何か事件があったらしい。

 そのときの動画も前は出回っていたようだが、今はどれも消されていて観ることはできなかった。

 

 舌打ちをして、他の動画を探す。

 海外のショート動画で目ぼしいものを見つけたところで、和馬が校門から出てきた。


「おい、和馬」


 和馬はびくっと体を震わせて、顔を引きつらせた。


「最近、つれなくね?」


 和馬に近づくの、逃げられないようにがっちり肩にを回す。


「ああ、いやぁ。先輩からの呼び出しが多くてさ。行かないわけにはいかないんだよ。先輩怒らせると、地元に居づらくなるしさ」

「へえ。俺とその先輩、どっちが恐いわけ?」


 和馬は「いやぁ、だからさ」とか、あからさまに困った顔をする。


「今日くらいは、付き合えよ。な?」

「……わかったよ」


 乗り気ではない和馬を半ば強引に引きつれながら、俺は学校を離れた。



 学校の近くとは違って、駅前となれば通りも少しは賑やかになる。

 目的の場所は、全国的に有名な大型のディスカウントストアだが、本屋の前を通りかかったとき、ふと店内に見知った人物を見つけた。

 一度は通り過ぎた店の前まで戻り、ガラス窓越しに中を覗く。


「辰也、どうしたんだよ?」

「見ろよ、あれ淳史だろ」


 店内の一ヵ所を指さすと、隣から和馬も覗き込む。


「本当だ。うわ、しかも見てんの参考書じゃん」

「真面目腐りやがって」


 見逃す気にはなれず、俺は自動ドアを抜けて店内に入っていった。

 しかし、すぐには淳史に声をかけないで、棚の陰に身を隠して様子を見る。


「おい、辰也。なにしてんだよ」


 後ろから追いかけてきた和馬が声をかけてくるが、「静かにしろ」と睨む。


 和馬を大人しくさせたところで、俺はポケットからスマホを取り出してカメラを起動した。

 淳史に狙いを定めてカメラを構えると、動画モードに切り替えて録画ボタンを押す。


 画面の中で、淳史はきょろきょろと辺りを見渡している。周りに人の気配がないことを確かめると、手に持っていた本をそっと鞄の中に忍びこませた。


 予想通りの展開が起きて、俺は口元を思いっきり緩ませる。

 録画を止めると、棚の陰から飛び出し、淳史のところに向かう。


「おい、淳史。なにしてるんだよ」


 呼びかけられた淳史は、肩をびくりと震わせながら振り返った。


「なんでいるんだよ。てか、いつからいた」

「いや、和馬と歩いてたら、お前のこと見つけて寄っただけだよ。俺たち、これから面白いことするからさ。お前も来いよ」

「……もう、やめとけよ。そういうの」

「は?」

「だから、そういう悪ノリっていうか、しょうもない遊び、やめとけって言ってんだよ。身内でやってるだけなら、まだいいかもしれねえけど、この前みたいなのはなしだろ」


 この前というのは、ねずみ花火での一件を言っているのだろう。


「ふうん。要は、ビビってんだ」

「いつか取り返しの付かないことになるぞ」


 お互いに無言で数秒睨み合ったあとで、俺はあえて明るい声を出す。


「そうだよなぁ、お前には明るい未来が待ってるんだもんなぁ。大学に行って立派な大人になるんだもんな?」


 大袈裟に振る舞うと、淳史は嫌な予感を察知したのか顔をしかめる。


「でもさ、淳史。俺は人間、そう簡単には変われないと思うんだよ」


 俺は淳史に肩を回しながら、スマホを出した。再生ボタンを押して、さっき録画した映像を流す。

 淳史は顔を強張らせ、画面から目を逸らした。


「俺たち、中学の頃からの仲だろ?」


 淳史の耳元で声を落として囁く。

 中学の頃からある手癖の悪さは、今も直っていないのだろう。どんなに取り繕ったところで、人間の本質はそう変わるものじゃない。


「俺はただ、ずっと変わらお前と遊びたいって言ってるだけなんだけど?」


 淳史は諦めたように静かに目を閉じて、それからゆっくりと開けた。


「……わかったよ。だから、その動画消せよ」


 その立場で、何を偉そうに命令しているのだろう。

 俺は鼻で笑って、淳史の肩から腕を外した。


「後でな」


 こんな退屈な場所に用はない。

 1秒でも早く抜け出したくて、俺は足早に店の外に出た。



 ディスカウントストアで目的の物を買い、ファーストフード店で腹を満たしている間に、辺りはすっかり暗くなっていた。

 時間帯もいいころ合いになったところで、駅の近くの駐輪場に場所を移し、袋から買ったものを取り出す。

 クマのキャラクターのマスクが3人分。


「これ、なんのマスクなん?」


 受け取ったマスクを眺めながら、和馬が尋ねてくる。


「海外のホラー映画のキャラ。ヒロインを襲う犯人が、これを被ってるんだよ」


 映画の本編を観たわけではないから知らないが、大学のフットボールサークルのマスコットキャラクターとして出てくるらしい。

 クマのキャラ自体は別に怖くないが、夜道で急にこのマスクを被ったやつに襲われるシーンは、逆に妙な怖さがあるという評判だ。


「海外じゃ今、その映画の犯人を真似するのが流行ってるんだって。このマスク被って人を驚かすっていう動画が、バズってるんだよ」


 ターゲットがわめき散らしながら逃げ惑う様は、かなり滑稽だった。実際に目の当たりにしたら、さぞ楽しいだろう。


「へえ。それで、みんなが真似している動画の真似を、俺たちは今からするわけだ」


 皮肉っぽく言う淳史に苛立ちを覚えながら、マスクを差し出す。


「じゃあ、やめるか? 別にやめてもいいよ。今日はもっと面白い動画が撮れたわけだし、そっちをアップしたっていいしな」


 暗に万引きのことをほのめかすと、淳史は黙ってマスクを被った。撮影係に回るつもりなのか、スマホを取り出してカメラを起動している。


「まあ、ドッキリ番組みたいなもんだしな」


 和馬もどこか自分を納得させるように言いながら、マスクを被る。

 準備はできている。あと必要なのは、ターゲットだ。

 通りに目を向けると、会社帰りらしき女がひとり歩いてくる。脅し甲斐がありそうな女で、ターゲットとしてはもってこいだと思った。


 女はスマホをいじりながら、高架下の階段を下っていく。階段は線路を跨いで反対側へと続く地下通路で人通りはそこまで多くない。


「ちょうどいいのが来た。行くぞ」


 淳史と和馬は、準備ができていると知らせるように頷き返す。

 俺たちは一斉に駆け出し、女の後を追った。階段を降りて行くと、地下通路の真ん中くらいのところにいた女が振り返る。


 雄叫びを上げながら駆け寄ると、女は絶叫した。

 恐怖に顔を歪め、足をもつらせながら、必死で逃げていく。笑いがこみ上げてくるのを感じながら、俺たちはさらに追いかける。


 階段を駆け上がり、女が先に地上に出た。

 それを追って、俺たちも階段を上りきると、近くで車の急ブレーキの音が聞こえてきた。

 次いで、ドンッという鈍い音が響き渡る。

 見ると、道路の上に女が横たわっていた。急停止したらしき車の運転席から運転手の男が慌てて下りてきて、女に駆け寄る。


「大丈夫ですか!」


 男が必死で声をかけているが、女は起き上がる気配がなく道路に突っ伏したままだ。


「ああ、どうしよう、どうしよう」


 男は頭を掻きむしりながらも、スマホを取り出して電話で救急車を呼び始めたようだ。

 俺たちは離れた場所から、その様子を眺めていた。


「おい、やばくね? どうする?」


 マスクをしたまま、和馬が怯えた声で聞いてくる。


「知らねえよ。あの女が勝手に飛び出したんだから」


 俺たちには関係ない。たまたま女が道路を渡っていたところに、車がやってきただけだ。


「ずらかるぞ」


 俺が地下通路に引き返すと、淳史と和馬も少し遅れて後を付いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る