エピソード3-3

 時間は、すこし巻き戻る。


 三人の女たちに囲まれたブレイジールは、店への勧誘を断りつづけていた。


「もう! 一杯くらい、いいじゃないの」


「いえ、そろそろ連れのところに戻りやせんと」


「連れ? あの金髪の坊ちゃん?」


「へえ」


「そういえば、姿が見えないわね。さっきは柵のところにいたと思ったけど」


「でも、坊やなら放っておいても大丈夫でしょ。若い娘だったら危ないけど」


「若い娘なら、なんで危ないんで?」


「最近、若い娘が何人も消えてるの。それも真っ昼間に」


 ブレイジールの顔から笑みが消え、次の瞬間には、女たちを残して走り出していた。


「……逃げも隠れもしないって、言ったじゃない」


◇


 路地にも、柵のまわりにも、表の通りにも、街にレギウスの気配はなかった。


(お嬢がさらわれたとしたら、きっと城のなか……)


 城は、街の奥の高台にあった。


 城のようすがうかがえる木立に身を隠して、ブレイジールはしばらく動かなかった。時刻は夕方になろうとしていた。


 見張りは正門にふたり。裏門にひとり。壁の上を、巡回がゆっくりとひと回りする。厨房の裏口は、荷を運び込むときだけ内側から開く。


(裏口が、いちばん楽でやすね)


 そのとき、大きな足音が、真後ろから近づいてきた。城の見張りをまったく気にしていない、堂々とした足取りだった。


(なんだって、こっちを通るんで)


「おい、そこの」


 振り返ると、若い男が立っていた。


 背は高いが、まだ少年の面影がある。褐色の肌に、銀色の髪。耳の上には短い角が一対、首筋には光の加減でうっすらと浮く鱗。


(竜人族……)


「なにしてる、そんなところで」


「へえ。景色を眺めておりやして」


「ふうん」


 若者は興味なさそうに言って、それから、すん、と鼻を鳴らした。


「……あんた、人族じゃないな。魔族か」


 ブレイジールは、竜人族を観察しながら、笑みを作った。


(逃げるか。黙らせるか……)


 頭の隅で、そのふたつを量りにかける。


 だが、若者は、表情も変えずに続けた。


「別に、あんたが魔族でもどうでもいいことだがな」


「……どうでもいい?」


「おれたちは、人族と魔族の争いには関わらない。竜神ドラクの掟だ。あんたが人を食うってんなら止めるが、そうじゃないなら、おれには関係ない」


 若者は、あっさりと話題を戻した。


「おれはレェルという。おれの主が、この城に捕まっているらしい。……あんたも城に用か」


「へえ。連れが、なかに」


「そうか」


 それだけ言って、レェルは城のほうへ歩き出そうとした。


「ちょいと。どうやって入るおつもりで」


「正面から」


「……正面から?」


「門番を殴って、扉を蹴って、主を助け出す」


「見張りが、壁の上にもおりやすが」


「殴る」


「なかにも、兵が」


「そいつも殴る」


 ブレイジールは、心のなかで天を仰いだ。ついでに、そろばんを弾いた。


(正面が派手に騒げば、城の兵はそちらへ集まる)


(その間に、あっしは裏から入って、お嬢だけを担いで出てくればいい)


「……その策、乗りやした」


「あんた、強いのか」


「いいえ、まるっきり。でやすから、後ろからついてかせてもらいやす」


 そう言って、うやうやしく腰を折る。


「……変な魔族だな」


「さ、派手にやりやしょう。景気よく、正面から」


◆


 城の三階に、豪華な浴室があった。


 窓はない。壁に並んだろうそくの火が、大理石の湯船を赤く照らしている。


 湯船を満たしているのは、湯ではなかった。


 どろりとした赤黒いものが、縁までなみなみと張られている。


 そのなかに、女がひとり、肩まで身を沈めていた。長い黒髪が縁に垂れ、白い喉から鎖骨へ、赤い筋が幾筋も伝い落ちている。


「……ぬるいわ」


 女は目を閉じたまま、不満げに言った。


「それに、薄い。今夜の娘は、いくつだったの」


「に、二十五……です」


 壁ぎわで、侍女が震える声で答えた。


「二十五。……だから言ったでしょう。二十歳を過ぎたのは、味が落ちるって」


 女は、気だるく脚を組み替えた。赤黒い液体が、ぱしゃりと縁を越えて床に散る。


「若い娘を。もっと若いの。……そうね、赤毛の子がいたでしょう。あの子を」


「か、かしこまりました……」


 侍女は、逃げるように出ていった。


 女は、傍らの銀の盆へ手を伸ばした。


 盆の上には、人間の細い指が、白く積まれていた。


 そのひとつをつまみ上げ、女は、干した果物でも食べるように、無造作に口へ運んだ。


 がり、と骨を噛み砕く音がした。


「あなた」


 部屋の隅の椅子から、男が身を起こした。


 でっぷりと肥えた、赤ら顔の初老の男。仕立てのいい上着。だが、その目には、なんの光もない。


「今日の奴隷たちは、いくらになったの」


「金貨で……七十二枚、でございます。ミレーヌ」


「そう。よくやったわ」


 ミレーヌは、赤く濡れた手を伸ばして、男の頬をなでた。


「あなたの奥さまは、年もいってたし、太りすぎで味が悪かったけど。……あなたは、大事にしてあげる」


 男の頬に、赤い跡がひとすじ残った。カナン名誉男爵は、ぬぐいもしなかった。


「あなたは、わたくしのものよ」


「……はい」


「もっと、たくさん。若い子を集めてちょうだいね」







あとがき


「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」3-3を読んでいただき、本当にありがとうございます!!

さいらすと申します。


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※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。

・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿

・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック

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