7
涼平が来なくなってから、一週間が経とうとしている。
毎食、カップラーメンかコンビニ飯。何をするにもやる気が出なくて、絵の仕事も休みをもらっている。ゲームを一人でやる気にもなれない。
「暇だ…あ、馨誘ってゲームしよ」
プルルルル…プルルルル…
ワンコール目、出ない。二コール目、出ない。三コール目にやっと連絡がつく。
『はぁい…休日暇すぎて、まだベッドの馨ですよ…』
昼寝でもしていたのだろう。電話越しの馨の声は眠そうだ。
「暇ならちょうどいいや。ゲームしない?」
『ゲーム!いいよー!』
眠そうだった声がいきなり明るくなった。あまりの切り替えの速さに苦笑いしながらも、二人でできるゲームのURLを送る。
馨は、普段からゲームをする人じゃない。なんなら画面酔いするから、と言って苦手なくらいだ。
ただ、暇なことが馨にとってはなにより苦痛であることを、私は知っている。暇を持て余すくらいなら、苦手なものでもやるタイプなのだ。
ゲームが始まった。キャラクター同士のお腹が紐でつながっている。二人で協力するタイプのゲーム。
『あー!?落とさないでよ!仲間だよね!?』
「ごめん、邪魔で」
『…なんか怒ってる?」
私の声に含まれる僅かな怒りを、馨は感じ取ったらしい。気にしていないふりをしても、やっぱり声には出るものらしい。
「んー、涼平と喧嘩したからかな」
『涼平、くん…』
馨にならいいだろう。私は胸の中に溜まったものを、全部吐き出すことにした。
「『いただきます』って言わなかっただけで怒っててさ。なんか言い合いになっちゃって。こんな何もしなくなるまで面倒見ててくれたのはあっちなのにさ?それに察しろとか無理じゃね?ちゃんと言葉に出せっつーの。弟のくせに姉に口答えするとか、」
『ねぇ、ずっと言おうか迷ってたんだけどさ』
私の言葉を、馨が遮る。その声には、少し困惑と動揺が感じられた。
『…涼音って、弟いたっけ?』
「…は?」
馨の発言に、コントローラーが、手の中から滑り落ちる。
ガタンッ
重厚な作りなので、結構大きな音が鳴った。
『涼平くん?の話が出てきたのって、大学からだったなって思って。高校の頃はそんな話、一度もしてなかったじゃん。ずっと彼氏の話してるのかと思ってたんだけど、弟って…涼音って一人っ子だよね?』
馨の言っていることが、何一つ理解できない。頭がぐちゃぐちゃになる。正常な判断ができない。
「一人っ子…?私が…?」
『もしかして、ネットの深いつながり…みたいな?ほら、ネットで彼氏彼女呼び合うみたいなあるよね。でも、あんまのめり込みすぎないようにね〜…涼音?え、大丈夫?何かあっ、』
ブツッ
通話を切る。馨の声が途中で途切れた。
パソコンの電源を落とす暇もなく、私は立ち上がった。
「…実家行かなきゃ」
電気もつけっぱなしで、今の服に上着を着ただけの私は、財布だけを手に家を後にした。
パソコンの画面には、『GAME OVER』の文字が浮かんでいた。
電車に揺られること一時間。坂を走って上っていき、両親の住む家にたどり着いた。
ピーンポーン…
「はーい!」
インターホンを押すと、母さんが出てくる。料理していたのか、家からは生姜焼きの美味しそうな匂いが漂ってきたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「あれ、涼音?帰ってきたの?」
「はぁ…っ、はぁ…っ、りょうへ…」
母さんの横をすり抜け、土足のまま家に入り込む。
「ちょっと!?靴!!」
部屋の扉を片っ端から開けていく。どこにも、涼平はいない。
「どこ!?涼平!どこにいるの!?」
トイレの便座の中まで覗き始めた私を見て、さすがに異変を感じたのか、母さんの手が私の腕を掴んだ。
「涼音!落ち着きなさい!」
「ね、ねぇ…涼平はどこ?帰ってるんだよね?コンビニ行ったの?会いたいの、教えて…」
母さんの肩を掴みながら弱々しく尋ねる。涼平がいない。実家に帰っているのではなかったのか。
「なに言ってるの!!涼平なんて名前の子、この家には来ていないし、見たこともない!それより、あなたフラフラしてる…やっぱりちゃんとご飯食べてないんでしょ?」
私の肩やお腹を触りながら、体調を心配してくる母さん。母さんの声を聞きつけたのか、部屋で仕事をしていたらしい父さんも出てくる。
「なんだ、どうした」
「お父さん!この子が…」
「涼平…涼平…」
「涼音!!」
後ろから聞こえる母さんの声は耳に入らない。弱々しい足取りで、私は自分の家へ帰る道を歩き始めた。
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