第2話:外道市長と、鼻持ちならないエリート官僚
大霊脈鳴動(だいれいみゃくめいどう)。
数年前、日本全域で地底の龍脈が暴走し、全国の廃墟や空き家から一斉に怪異が溢れ出したあの災厄を、世間は「人智を超えた神の祟り」と呼ぶ。
だが、成神 廠(ながみ しょう)に言わせれば、そんなものは単なる『インフラの整備不良』に過ぎない。
人間が土地を荒らし、放置し、管理を怠ったから結界が壊れた。
そしてその混乱に付け込み、「祟りを鎮めたくば数億円払え」と自治体を脅す陰陽師協会は、ただのタチの悪い地上げ屋だ。
システムに欠陥があるなら、法の穴を突いてハックする。それが行政の長たる市長の仕事――あるいは、私利私欲を貪るための正当防衛である。
◆
「……信じられん。重機で解体し、特殊コンクリートで埋め戻すだと? そんな正攻法ならぬ暴論で『黒祓の主』を鎮圧したというのか」
市長室のフカフカなソファに座り、不機嫌そうに書類をめくる女がいた。
ピシッと隙なく着こなされた紺のパンツスーツ。知的でシャープな銀縁メガネの奥から、冷ややかな視線を走らせている。
内閣府対魔災危機管理局から派遣された特例査察官――氷室 玲香(ひむろ れいか)だ。
「暴論ではなく実績だ、氷室査察官」
廠は市長デスクに脚を組み、優雅に紅茶のカップを傾ける。
「陰陽師に三億円払うはずだった予算が、地元の土木業者への支払い五百万円で済んだ。差額の二億九千五百万円は市の黒字だ。国から表彰されてもいいくらいだが?」
「ふざけないでいただきたい!」
玲香はバンッと音を立ててテーブルを叩き、立ち上がった。
「怪異は神聖にして凄惨なる霊的災害です! それを行政代執行などという泥臭い手続きと重機で処理するなど、陰陽庁の権威を失墜させる愚行! そもそも、あなたのやり方はあまりにも非人道的で外道です!」
「権威?」
廠は心底おかしそうに鼻で笑った。
「一発数十万円の護符を売りつけ、数億円の鎮魂料を要求する利権団体の権威か? 綺麗事じゃ腹は膨らまないんだよ、メガネ。税金をドブに捨てるのがお前ら中央官僚の仕事か?」
「くっ……! 毒舌しか言えないのですか、このクズ市長は……!」
玲香の眉間にしわが寄る。
東大を首席で卒業し、最年少で対魔災のキャリア組となった彼女にとって、目の前の男は理解不能な異物だった。
顔とスタイルだけは無駄に良いが、口を開けば私利私欲と毒舌ばかり。市民への愛着など微塵も感じられない。
だが――報告書にある数字は嘘をついていなかった。
神祓市の怪異被害件数は、この男が市長に就任してから劇的に減少し、市政の赤字は爆速で削減されているのだ。
「いいでしょう。ならば次の件も、その“外道な手腕”で解決してみせなさい」
玲香は冷笑を浮かべ、一枚の通達書をデスクに叩きつけた。
「国からの正式な決定です。神祓市に対する『地方交付税交付金』の三割カットが決定しました。期限は今月末。補填できなければ、この市は財政再生団体――事実上の破産です」
「な、なんですって!? 三割カット!?」
横で控えていた秘書の一ノ瀬あおいが悲鳴をあげた。
「そんなの理不尽です! 神祓市は怪異の発生率が高くて、ただでさえ予算が足りないのに!」
「中央の判断です。実績の乏しい地方自治体に甘い顔はできませんので」
玲香は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、フッと勝ち誇った笑みを浮かべた。
国に従わなければ街が潰れる。自尊心の高いこの若手市長が、自分に頭を下げて助けを求める姿を期待して。
しかし。
「へえ」
廠の口元が、ニヤリと吊り上がった。
「国が俺の財布(市の予算)に手を突っ込んできたわけだ。……いい度胸だな、官僚サマ」
「……な、何ですか、その目は。反論があるなら正当な行政不服審査を――」
「面倒な書類仕事はしない。国が金をくれないなら、国から毟り取るまでだ」
廠は組み替えた脚を下ろし、玲香の至近距離まで顔を近づけた。
あまりの顔の良さと、放たれる圧倒的な威圧感に、玲香は思わず息を呑み、一歩後退る。
「氷室査察官。お前、今週末の予定は空けておけ」
「は……? なぜあなたにそんなことを指図されなければ――」
「お前の大好きな中央省庁の『法の穴』を突いて、国から数億円を合法的にカツアゲする現場を見せてやる。せいぜい特等席で、自分の無力さを噛み締めるんだな」
そう言って不敵に笑う廠の横顔に、玲香の心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。
(な、何なのこの男は……! 私を見下して、馬鹿にして……絶対に許さないんだから……!)
激しい怒りと屈辱。
だがその裏側で、冷徹なエリートとしてのプライドを完膚なきまでに揺さぶられた玲香の瞳は、すでに『外道市長』成神 廠から目が離せなくなっていた。
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